オカルトチックな先輩とマジメくん

『私の名前は、黒浜くろはま夏澄かすみ。さあ、いらっしゃい。迷える子羊ちゃんたちよ……』

程なくして、ガラガラっとドアが開く。

部屋を暗くしている上に、暗幕を窓に貼り付けているため、中は更に暗くなっている。

最早暗すぎて肉眼では誰が入ってきたのか分からないけれど、はぁっ、というため息から男子生徒だろうという予想はついた。

『あ、暗すぎて前が見えないわね。今照らすから』

手元のライトで彼の足元を照らす。やがて光に導かれるように、私の向かいに座った。

「……」

彼が座ったのを確認してライトを消し、机の脇に置いた。机の中心には水晶が置いてある。

「……あの、なんでそんなに声が大きいんですか?」

第一声がそれだった。うん、雰囲気とか全く関係なしね、この人。

『ああ、私の声量だとBGMに負けてしまうのよ』

さっきから神秘的且つ怪しげなBGMを垂れ流しにしている。

私のお気に入りだった。

「そのBGMとあなたの声、廊下まではっきりと聞こえてましたよ。先生達が来るのも時間の問題かと」

『う……』

それはマズイかも、と思って慌ててBGMを切り、スピーカーをOFFにする。

「こほん」

わざと咳をして、空気を変える。

「……これでよし。さて、迷える子羊ちゃん。あなたの悩みは、一体なんなのかしら?」

「あ、はい。実は、部活の先輩のことなんです」

「……部活の?」

あまりに小さな質問でびっくりした。

もっと、ほら、無いのかしら?

UFOを見たとか、第三種接近遭遇に会ったとか、友達がUFOから発射された電磁波で焼け死んだとか。

「……そんなことあるわけ無いでしょう?」

彼が呆れた声を出す。

おっと、私としたことが。口に出てしまっていたらしい。

「……それで、ウーを見たの?」

「何の話ですか? 部活の先輩の話ですよ。ていうか、絶対分かっててやってますよね、?」

「なっ……!」

私が絶句した直後、彼が席を立ち、パチンと電気を付けた。

「うわっ、眩しい」

「……ぁ、ああっ!! 死ぬ、死んじゃうからぁ!!」

椅子から転げ落ち、床を転げながら悶えてみる。

「……」

彼の視線は明らかに困惑していた。

「……こほん」

私は恥ずかしくなって立ち上がり、スカートを正してもう一度咳をする。

「先輩。何ですか、その格好?」

彼───後輩の田中くんが、私の出で立ちを指摘する。

「……黒いローブまでなら、まだ分かります。フードを頭に被ればそれっぽいですし。でも、とんがり帽子を被って、その上からフード被るとか、見た目面白いことになってますよ?」

「……っ」

私は姿見鏡の前に駆け寄って、出で立ちを確認した。

確かに、ローブのフードがおかしな盛り上がりをしていて、自慢のとんがり帽子もグシャっと潰れていた。

中身は丸縁メガネに黒いセミロングの髪、普通の制服に身を包んだ、地味を地でいく私がいる。

「……これは神秘的も何もないわね」

とんがり帽子を脱ぎ、そのあたりにポイと投げ捨てた。

「で、何だったかしら? 私のことについて悩みがあるのでしょう? 聞いてあげるから、まるっと話しちゃいなさい」

「言い回しが時々学生じゃないですよね、先輩」

彼は大きく息を吐くと、一気に喋り始めた。

「先輩にいっつも迷惑かけられてばっかりって言うか。この前だって、やめといた方がいいって言ったのに、グラウンドにミステリーサークル書くの手伝わされたし。先生が怒鳴って来たら先輩はすぐに逃げたし。あの後、僕一人だけで怒られたんですよ?」

「……結局は私も怒られたし」

「当たり前でしょ!?」

彼はまたため息を吐くと、今度は部室に新しく増えたモノ達を眺めていた。

「このCDプレイヤーはどこから?」

「体育館から」

「そのピンマイクは?」

「放送部からかっぱらった」

「あのよく分からないBGMはどこから?」

「私の家にあったのを」

彼は頭を抱えていた。

また怒られるのかぁ、とやけに落ち込んでいた。

「……その前は自転車で二人乗りして怒られたし」

「そりゃ二人乗りは怒られるでしょ」

「先輩が無理矢理乗ってきて、『行け! 飛ばせ! イーヤッホーッ!!」って叫んだからバレたんでしょ!?」

あ、そうだった。今度は私が頭を抱える番だった。

「……叫んじゃダメだったよね」

「そこじゃないですよっ!!」

田中くんの顔は真っ赤になっていた。それを少し名残惜しく思いながら、私はポツリと呟いた。

「それも、今週で終わりだからね」

そう。私は今週で部活を引退する。

それを聞いて、田中くんはハッとしたように顔を上げた。

「……先輩に迷惑掛けられたってのも、確かにありましたけど、言いたいのはそれだけじゃありません。いっぱい面倒見て貰ったり、相談乗って貰ったり、いつも迷惑掛けられてばっかりだけど、そういう時だけは頼れるお姉さんって感じで」

「ま、実際にお姉さんだけどね?」

「はい。本当に、何度も助けられました」

珍しく何も言い返すこともなく、素直に肯定した彼に驚いてしまった。

「それで、先輩。……好きです」

一瞬の空白。

そしてその意味を十二分に咀嚼した上で、

「うん」

私は頷いていた。

「……あの、先輩。返事は──────」

私が彼に抱き着いたことで、言葉が途切れる。

そんなの、言わなくても。

テレパシーなんてなくても、分かるでしょう?

「せんぱ──────」

彼の唇に人差し指を当てる。

彼に軽く体を預け、胸に顔を埋めた。

彼の匂いがした。

「……言わなくても、分かるでしょ?」

顔を見上げる。そこには、私を見下ろす彼の顔。

驚いたような、少しホッとしたような、よく分からない表情していた。

その顔が可愛くて。

「──────私も、好き」

その唇に、そっとキスをした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る