04 大人同士の話をしたい

「はん、成程」

 読めた、と少年は呟いた。

「お前もお前も」

 と、彼は年上のふたりを順に指す。

「僕をアストールの子孫だとでも思ったのか。冗談じゃない、アルディルムなんて姓のおかげで迷惑ばかりだ。だからもう名乗るのはやめたのに」

「え、じゃ」

「たまたまだ、馬鹿どもが。同じ姓の人間がひとりしかいないとでも思っているのか」

 苛ついた声。

「そんなことは思ってないが、だが」

「僕が英雄の末裔ならお前はシュナード王の生まれ変わりか、ああ!?」

(こりゃ)

(本気で怒っていやがる)

 いままでの嘲弄するような態度や、怒りながらも熱より冷たさを感じさせてきた少年の声から冷静さが消えた。

「この姓のおかげで何度も嫌な思いをしてきた。迷惑だ」

 レイヴァスは吐き捨てるように言った。

「お前だってそうじゃないのか、シュナード王!」

「う」

 全くだ、と古代の王の名を持つ男は思った。

(名前の一致にいい思い出はない)

(こりゃちょっとばかり悪いことをしちまったか)

(……いやいや、ミラッサの言葉を信じた訳じゃないんだが)

 信じた訳ではない。そのつもりだ。だが少なくとも「アストール・アルディルムの子孫だ」と耳にしたとき「単なる同姓じゃないのか」とは訊き返さなかった。彼ならばシュナード王のことを考え、偶然の一致だろうと思う方向に行きそうなものだったのに。

「あー、すまん」

 彼は謝った。

「名前でからかわれるのは、楽しくないな」

「そうだろう」

 ふん、とレイヴァスは鼻を鳴らした。

「ただの同姓だ、関係ないと言うのか?」

 カチエは片眉を上げて問うた。

「当たり前だ」

 両手を腰に当て、例によって堂々とレイヴァスは答える。

「では、魔物が君を狙ったことについてはどう思っている?」

「は! 馬鹿らしい」

「『馬鹿らしいと思っている』が答えか。獣人ごときに殺されはしない、と?」

「わざと言っているのか?」

 レイヴァスの表情が不機嫌そうになった。

「『僕が狙われた』など、有り得ないと言っているだけだ。獣人が入り込んだ経路や原因については街道警備隊や町憲兵隊が調べるだろう。僕はもうここを越すつもりでいるから、この場所が魔物を引き付けやすい地点だったなどということになっても、もう関係ない」

「魔物を引き付けやすい土地」

 カチエは呟くように繰り返した。

「〈狼爪〉」

「その呼び方はよせ。頼むから」

「では、シュナード」

「何だ」

「そのような土地について聞いたことは?」

「まあ、そうだな。なくはない」

 戦士はうなずいた。

「聞きかじりだが、魔術師連中が管理している土地なんてのが街道を離れたところにたまにあるって話だ。その辺りは魔物が多いと言ってな。だがこの町の近くにはないし、だいたい町のなかにそんな危ない場所があってたまるもんかとは思う」

「それもそうだ。第一、これまでにそのようなことはなかったのだろう?」

「当たり前だ」

 レイヴァスはまた言った。

「だが星辰の刻というものがある。数年、十年という程度ではなく、何百年、ことによっては何千年という単位で、遠い過去と星の位置が一致するとき、昔と同じことが起きやすい。これは魔術の知識としては初歩だ」

 いささか得意気に、少年は語った。

「遠い……過去と」

(そろそろ伝承の時が)

(近づいていますから)

 学者の卵ライノンの言葉が耳に蘇った。

「予言……」

 ぽつりと彼は呟いた。

「予言?」

 カチエが聞き咎める。

「魔術王復活の予言のことか」

「知ってるのか?」

 少し驚いてシュナードは尋ねた。

「ああ。いまでこそ巷ではほとんど問題にされていないが、何年か前、魔術王復活に備えて支度をしなければならないと説いた占い師がいたんだ。その占い師は狂人扱いされたが、不安に思う人々もいてね。神殿クラキルに調査を依頼した」

「神殿に? 何でまた」

「『魔術王』は禁術師エレスタン、つまり魔術師にして人間だが、無知なる者は悪魔ゾッフルのようなものと考えるからな」

 レイヴァスが口を挟んだ。

「神殿に悪魔祓いを依頼したというところだろう」

その通りだアレイス

 カチエがうなずいた。

「神官たちも多くは深刻に取らなかった。あまりに古い話だからね。でも一部の者は真摯に受け止めて、調査隊を組織したんだ。万一のことがあってはいけないと」

「成程。お前はその調査隊に依頼された剣士か」

 レイヴァスが言った。

「ああ」

 カチエはうなずいた。

「アルディルム姓の者がこの町にいると知ってたどり着いたのが今日だった。するとそこに、レイヴァス・アルディルムという人物の自宅が襲撃されたという話が舞い込んでくるじゃないか」

「それで〈汚れ屋〉と一緒に?」

そうだレグル。依頼を受けた班が神殿と馴染みだったんでね、私が行かせてもらうことになった」

「馬鹿らしい」

 またしても少年は言った。

「僕は英雄の末裔なんかじゃない! ほかを当たってくれ! あんたも、あんたも、あの女も、魔物もだ!」

「まあ、そう癇癪を起こすなよ」

 シュナードは両手を挙げた。

「癇癪だと!」

「ほかにどう言ったらいいってんだ? ここで怒鳴れば、そりゃあ俺とカチエには聞こえるが、ミラッサにも魔物にも届かん」

「そんなことは判っている!」

「ほらほら、お前さんらしくないぞ」

 シュナードはなだめた。

「冷静で、賢くて、とても十六歳とは思えない大人の態度のレイヴァス少年はどこに行った? 俺は彼と大人同士の話をしたいんだが」

「む……」

 先ほどのことを思い出していささかわざとらしいほどに言ってみたところ、反応があった。レイヴァスは息を整えるように少し黙り、唇を結んだ。

「――僕は冷静だ」

「だよな? もちろん、そのはずだ」

 にやりとしそうになるのをどうにかこらえ、シュナードは真顔でうなずいてみせた。

「よし、話をまとめよう。お前はアルディルム姓のためにいろいろ面倒な経験をしてきたもんだから、その姓を名乗らないようになった。いつ頃からだ?」

「そうだな。確か二年ほど前からだ」

「成程。二年程度じゃ、知ってる奴もいるわな。両親は亡く、親戚も存在するのか知らんってことだが、兄弟姉妹は?」

「いない。少なくとも知らない」

「じゃあ、そうだな。怒るなよ?」

 彼は前置きした。

「お前の付近ではという限定になるが、お前は『ただひとりのアルディルム』ということになる。お前の知り合い、知り合いの知り合い、その辺りが心当たるアルディルムはお前ひとり」

「つまり、僕の知り合いか知り合いの知り合いが英雄の末裔を探して魔術王の復活を阻止させまいなどという馬鹿なことを考え、関係のない僕を巻き込もうとしていると言いたいのか?」

「可能性だ、可能性。だいたい、もし本当だったら馬鹿なことじゃないだろう」

「本当であるとは思えないな。アストールがエレスタンを倒したというのは史実だが、封印だの復活だのという段になれば怪しい。魔術師の……人間の『封印』なんてそうそう行われることではないし、あるとしても魔術師協会リート・ディルが手がけるものだ。のちに英雄と言われようと、一剣士にできることじゃない」

「その辺りのことはよく知らんが」

「よく知らないことを知ったように語るのはやめるんだな」

 手厳しく指摘がやってくる。シュナードはうなった。

「いまは俺が考察してる訳じゃない。聞いてる話をまとめてるんだ。俺に怒るのはよせ」

 嘆息して彼は手を振った。仕方なさそうにレイヴァスは黙った。

「言っておくけれど」

 カチエが片手を上げた。

「魔術王の復活は下らないお伽話ではない。神殿の上層部でも真剣に懸念する人物が増えている。さっき話した調査隊も、最初は鼻つまみ者みたいな扱いだった。でもいまでは認められてきて、それで私のような剣士が雇われることになったんだ」

「神殿が本気で調査に乗り出すのなら好きにすればいい。僕には関係ない」

「どうして関係ないと言い切れる?」

 カチエは追及した。

「君は自分がアストールの子孫ではないという証拠を持っているのか?」

「馬鹿らしい。証拠を必要とするのは、子孫だと証立てたい場合だろう。無関係だという証拠などあるはずが」

「無い。そうだな。ならば判るまい?」

「僕は」

「関係ないと言い張るのならそれでもいい。しかしこの襲撃はどう説明する。『魔物を引きつける場所』というのが君の回答か?」

「可能性のひとつだ。情報が足りない」

 レイヴァスは首を振った。

「しかし君は、重要な情報を無視している。君がアルディルムだということ」

「関係がない」

 少年は苛立ちを隠さなくなった。

「この場合、だな」

 シュナードはこほんと咳払いをした。

「お前がどう主張するかこそ、関係がない。襲撃を企んだ者がいるとして、そいつがお前をアストールの子孫だと思っているかもしれない、そういう話だ」

「仮定ばかりじゃないか」

「仕方ない。情報が少ない」

 レイヴァスの言いようを真似てやれば、少年は彼を睨んだ。

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