第2章

01 あの女がやったんじゃないのか

 少女ミラッサから話を聞こうという提案に、意外にもと言おうか、レイヴァスも同意した。

 彼の得ている情報からではミラッサと獣人の件に関わりを見出せないはずだったが、そこは賢い少年である。シュナードが何か隠していることに気づいたのかもしれなかった。

 しかしながら彼らのどちらも、あの少女がどこに住んでいるのかなど知らない。形跡をたどるにはひと苦労だ。

 もっとも、少女のことの前にまず、雑務を片付ける必要があった。街道警備隊の詰め所へ行って様々な面倒ごとを済ませたあと、戦士は返り血を浴びた上着を処分した。

 日常的に戦闘の有り得る警備隊では洗濯屋や古着屋の世話になることが多く、近くの商売人と契約をしている。彼は難癖ついでにその費用も警備隊持ちにさせて、町を歩いてもぎょっとされない服に着替えることができた。

 それから改めて、訓練所の所長を訪れた。だが彼もミラッサについての詳細は何も知らなかった。魔術師協会長の紹介だったという話を思い出してそちらも訪ねてみたのだが、そこでも違う町の人物からの紹介だったと聞くことができただけだった。どこの誰かという段になると「そういうことは洩らせない」の一点張りで、いろいろと粘ってみたが無理だった。

「違う町からわざわざきてたのか」

 協会を出たあと、シュナードはうなった。

「お嬢様の気まぐれだのお遊びだのって言うには、度を超してるな」

「そんなことはとっくに判っている」

 というのがレイヴァスの意見だった。

「僕がどんな言葉を浴びせても、翌日には平気な顔でまたやってきた。その辺のお嬢様なら泣いて帰って、当分は立ち直れないはずなのに」

(いったいどんな言葉を浴びせたんだ)

 シュナードは呆れたが、尋ねるのは控えた。

「それじゃお前さんは、あの子の目的は何だったと思ってるんだ?」

 代わりにそんなことを問う。

「知るものか」

 ふんとレイヴァスは鼻を鳴らした。

「理由は知らないが、あの女がやったんじゃないのか」

「あ?」

「僕が剣を覚える気になるよう、あんな獣人を連れてきたんじゃないのか」

「んな阿呆な。どうやったら嬢ちゃんにそんな真似ができるってんだ」

「冗談に決まっているだろう。本気にするな」

「あ、そうですか」

 判りにくい冗談を言いやがって、とシュナードは唇を歪めた。

「全く。俺様もつき合いがいいと言うか何と言うか」

 はあ、と彼は息を吐く。レイヴァスは片眉を上げた。

「どういう意味で言っている? 僕は一度も、お前に同行を求めるようなことは」

「積極的にはしてないようだが」

 彼は顔をしかめた。

「警備隊への説明も〈汚れ屋〉の手配もみんな俺が……まあ、この辺は何も知らない奴より知ってる人間がやった方が早いし、それこそ積極的に手を貸したさ」

「確かに僕が説明するよりも時間が短縮されたようだな。それは認めよう」

 レイヴァスはうなずいたが、感謝の言葉などはなかった。

「訓練所は俺の縄張りみたいなもんだ。そこまでもいい。だがそのあと。魔術師協会なんて慣れない場所でまで俺が話を進め、協会長からいろいろ聞き出してやったって言うのに」

「聞き出せていないじゃないか」

 少年は鼻を鳴らした。

「だいたい、頼んでいない」

「お前なあ」

「何だ。僕が何か間違っているか? あの女を探すと言い出したのも、協会までどんどん歩いて行ったのも、お前自身だろうに」

「それは、まあ、そういうことに、なるが」

「まさかとは思うが、報酬など期待しているんじゃないんだろうな。言っておくが、僕はスー銭貨一枚出す気はないからな」

「そりゃもう有難くて涙が出るほどのお言葉で」

 はあ、とシュナードは息を吐いた。

「ふん、報酬目当てだったか」

「違うわ、呆けがっ」

「何だと!」

「お前みたいなガキから金をせしめようなんて思うもんか」

「僕は子供じゃないと」

「年齢ばっかり成人してたってガキはガキだ!」

 声をかぶせるようにしてシュナードはまた言ってやった。

「十年経とうと二十年経とうと俺とお前の年齢差は縮まらない。俺から見ればお前は永遠にガキだ、ざまあみろ!」

 という台詞はちっとも「大人っぽく」はなかったが、シュナードは威張るように胸を張った。もちろんと言おうか、レイヴァスはそれでしゅんとなどしなかった。

「馬鹿らしい」

「何ぃ」

「年が上だからというだけの理由で張られる虚勢のどんなに情けないことか。それを理解できない『大人』など、下らない存在だな」

「むむ」

 口ではどうにも負ける。と言うより、いまのはシュナードがあまりにも子供っぽかったと言えるだろう。

「そりゃまあ、あれだ。単純に言えば、気になるってことだ」

 頭をかきながらシュナードは呟いた。

「お前は俺の話を聞かんが、俺がお前のところを最初に訪れたとき、あの娘とは会ったばかりだった。俺はお前に剣を指南するという依頼を受けて、そのつもりで行ったんだ。そこで拒絶されたもんだから呆然としてな」

 彼はあのときの気持ちをざっと説明した。

「それでお前の家を出たあと、彼女に苦情も言った。いったいどうなってるのか、とね。しかしあの子は」

(穢れぬ魂)

「……とにかくお前に剣を覚えてもらわなくちゃならない、の一点張りだった。話にならない、とそのまま分かれてな」

「だと言うのに、再び僕を訪れた」

 レイヴァスは片眉を上げた。

「何故だ? その理由をきちんと聞いていなかったようだ」

「あー、何故かって言われると」

 アストールとエレスタンの物語が気になったから――というのはこの場合、言えないことになる。

「どうしてるか、なー、と、思って、な」

「妙だな」

 少年は少しあごを引いた状態で戦士を上目で睨むようにした。

「お前がきた途端、あの獣人が現れた」

「……あ?」

「――お前か?」

「ちょ、ちょっと待て」

 嫌な予感にシュナードは思わず顔を引きつらせた。

「お前が獣人を導いたのか。それで僕を助けるふりで、僕に恩を着せて」

「待て待て待て」

 シュナードは額を押さえた。

「身体を張って戦ってやった俺に向かってだなあ!」

「だからそれが何かの企みの一環なんじゃないのかと言っている。ああ、そうか、そういうことか」

 ふんとレイヴァスは鼻を鳴らした。

「やはり僕を怖がらせて、剣技を身につけなければと思わせようと」

「何で俺がそんなことしなくちゃならん」

「あの女に金を積まれたんだろう」

「あのなっ、いくら金を積まれたって町んなかに魔物をおびき寄せるような真似をするかっ。だいたいどうやったらそんなことができるのかも見当がつかんっ」

 戦士は悲鳴のような声を上げた。

「それにだな、俺がやるなら裏道でちんぴらにでも襲わせるわ! その方がどう考えても簡単だろうが!」

「ふん、吐いたな」

 レイヴァスは蔑むように彼を見た。

「全く、馬鹿らしい時間を送ってしまった。僕は帰る」

「あ? おい、待て」

「言っておく。もう僕にかまうな」

 きっぱりとレイヴァスは言った。

「どんな予定だったにしろ、あの女のところに行って、巧く行きませんでしたと惨めな報告をするんだな。今度僕の前に姿を見せてみろ、そのときは容赦しない」

「おい、そこの馬鹿」

「馬鹿だと!」

 少年は怒りの声を上げた。

「よりによってお前ごときに馬鹿呼ばわりされる筋合いは」

「深慮に見せかけた短絡思考だ。いや、自分がそうだと思いたい方向に無理矢理ねじ曲げてるだけだ。判らないことを判らないと認められずに、勝手に陰謀を作り出す。いいか、これはだな」

 シュナードは息を吸った。

「ガキの! 所行だ!」

 これまた大人げないが、彼は怒鳴りつけるように言った。レイヴァスは今度は腹を立てなかったが、その代わり冷たい目でシュナードを睨んだ。

「越す手続きもしないとならない。いつまでもお前やあの女にかまってはいられないんだ」

「あ? 越す? 引っ越すのか?」

「当たり前だ。あんな悪臭のする家にもう住めるものか」

「いや、窓を全開にして空気を通せば、その内に」

「冗談じゃない」

 レイヴァスは手を振った。

「僕はお断りだ。すぐに別の住処を見つける」

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