第49話ままならない想い

      ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 翌朝、セレネーたちが悪魔を封印した巻物を見せると、院長をはじめ修道女たちは目に涙を浮かべて大喜びしてくれた。


「ありがとうございます! フレデリカ姫を部屋から出しますから、どうかお会いになって下さい。彼女もイクス様とセレネー様にお礼を伝えたいと申しておりましたから」


 昨日の昼間に案内してくれた中年の修道女に客間へ案内されると、セレネーとイクスはソファーへ座り、フレデリカの訪れを待つ。


 並んで座る二人の間は大きく空いており、その間を埋めるには小さなカエルがセレネーの隣へ座った。


「フレデリカ姫を助けてくれてありがとうございます、セレネーさん」


 改めて礼を言われるのが照れくさくて、セレネーは頬を掻く。


「王子が頑張って悪魔を刺したんじゃないのよ。アタシとイクスはただいつも通り暴れていただけだし……」


「お前がそうしろと言ったからやったんだろうが! まったく……王子の呪いが解けたら、その瞬間から覚悟しておけよ!」


 腕と脚を組みながら、イクスがフンッと鼻息を鳴らす。それから落ち着かなさそうに右人差し指でトントンと腕を叩きながら、珍しくイクスから尋ねてくる。


「ところで……本当にフレデリカ姫が王子の呪いを解いてくれるのか?」


「恐らくね。解呪に必要なのは王子への純粋な愛を込めたキス……姫は昔から王子を想っていたみたいだし、年季が入っている分だけ愛も大きいと思うわ」


 セレネーの答えにイクスが顔をしかめる。よくある光景だが、心なしかいつもと違う雰囲気がして、セレネーは首を傾げた。


「何よイクス……確実じゃないのかっていう文句はやめてよね。魔法は万能じゃないんだから」


「それはとっくの昔に分かってる……アシュリー王子、アンタはどうなんだ?」


 突然話を振られてカエルの肩が跳ねる。


「私、ですか……? えっと、たぶん、姫はこの呪いを解いてくれると思います。昔から慈悲深く優しい人でしたし、妃に相応しい人ですし……」


「……俺はよく分からないんだが、こういう呪いを解く時に必要なのは真実の愛ってやつなんだろ? 俺から見れば、アンタがそれを別のヤツに向けているようにしか見えないんだが……それでも解呪ってできるものなのか?」


 イクスのヤツ、何を言ってるの?

 理解できずにセレネーは眉間にシワを寄せるが、カエルは思い当たることがあるのか、口を閉ざして俯いてしまう。


「もしかして……王子、フレデリカ姫のことが嫌なの?」


「とんでもありません! むしろ私にはもったいないほどの人です! こんな私には――」


 奇妙な空気が広がっている最中、扉が開き、フレデリカが姿を現わした。


「皆様、ありがとございます! なんとお礼を言えばいいか……アシュリー様も私のために危険を顧みず、悪魔と対峙してくれたと聞きました。嬉しくて私……」


 水晶球で見た時も美人だとは思ったが、実際にこの目で見ると眩さすら感じるほどの美人。本当に目がくらんでしまいそうで、セレネーは笑顔で目を弧にして誤魔化す。


「力になれてよかったわ。ただね……いつもなら見返りは求めないんだけれど、昨日話した通り、どうか王子の解呪のために力を貸して欲しいの」


「もちろんですわ! 一体何をすればいいのですか?」


「それは……さあ王子、貴方の口から姫に伝えて」


 セレネーに促されて、カエルはフレデリカの前まで飛び跳ねながら出てくる。

 途中立ち止まってチラリとセレネーを見て、少し寂しそうな眼をする。きっと旅の終わりを惜しんでいるのだろう。そう思うと、さらに別れが惜しくなるほど長い旅にならなくて良かったとセレネーは思う。


 ――今でさえ心苦しいのに、もっと長く一緒にいたら胸が耐えられないかもしれない。

 もしかすると、今が別れを耐えられるギリギリのところのような気がした。


 カエルは再び動き出し、フレデリカと見つめ合える間近の距離まで近づき、頭を下げた。


「フレデリカ姫……呪いを解くためには、私に心からの愛を捧げてくれる乙女のキスが必要なのです。どうかこのカエルの身にキスして頂けませんか? そして私の……妃になって頂けませんか?』


 少し言葉を詰まらせながらのお願いごと。フレデリカは一瞬も迷わずに頷いた。


「私で良ければ喜んで! ずっと貴方と結ばれる日を夢見ておりました……私の愛で呪いが解けるというのなら、この身が燃え尽きるまで注ぎましょう。アシュリー様、愛しています」


 いくら姫とはいえ今は修道女。聖職の身とは思えない真っすぐで強い思いを告げながら、フレデリカは両手でカエルを持ち上げ、その頬に口付けた。


 ようやく呪いが解け――ると思っていたが、カエルにはなんの変化もなかった。


「「「……え?」」」


 思わず困惑した三人の声がきれいに重なる。


 ただひとりイクスだけは、「やっぱりか……」と呆れ半分に息をついていた。

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