第9話 三傑


気が付くと

私は横になっていた



女中は一仕事終えたような感じで

私の目が覚めたことを確認すると部屋を出て行った


どうやらここは城の医務室か


カイガンにやられた部分を見てみようと体を起こしたが

ダメだ

あえなく失敗


指すら動かない


痛みはそこまで感じない

ケシの汁が効いているようだ

ただ胸の辺りに違和感を感じる



大きな穴が開いているかも



ばかばかしい推測だが

今生きている事が不思議なので間違っていないかもしれない



いや

さすがにないか



どうやら先ほどの女中が戻ってきたな

足音は二人かな


入ってきたのは



ウイジールだ



ウイジールは女中をはずさせると

横たわる私のそばに腰を落とした


ひとまず私はウイジールに謝罪をせねば

そう思い再度体を起こそうとしたが

またまた失敗

体は麻痺したままだ




ガランサス

体は痛むか?



ウイジールが聞いてきた

私は大丈夫ですと答えた


ウイジールは私の胸元にかかる布を払い

具合を確認した


ウイジールの顔が少し強張っていた

どうやらあまり見れた状態ではないようだな


それから目線を私の顔に移してきた




盛り上がっていたぞ

お前が気絶してからも

ガランサス・・・ガランサスと観衆は名を叫んでいた


ウイジールはそう話し始めたが

私を讃えるような口ぶりではなく

ただ冷静にゆっくりとしていた

おそらく怒っているだろうな




お前は英雄になりたいのか?


一介の奴隷から立身出世という筋書きかな?






いえ

そのような事は



・・・



申し訳ありません





私は謝ることにした


それしかできないので


王子の名を出し許しを乞う事も出来たが


あのとき勝てぬ戦いだと悟っていながら

馬からおりずカイガンに向かっていった自分が恥ずかしかった

自分の招いた失態である

ウイジールは私に失望したような面持ちである

沈黙が続き私はひたすらに圧を受けているのみだ


すると足音がこちらに向かってくるのが聞こえた


足音の主は部屋に入り

私の顔を見つめた





坊主!

大事無いか!?




甲冑を身に着けた大男

それはガイガンだった


ずかずかと私の元に寄ると


おぉ!ウイジール殿!と声をかけ


では失礼と


長椅子に座るウイジールの横に座り始めた

大柄なガイガンに押し込められたウイジールはとても窮屈そうだ




正直滑稽な様子だったので

笑みがこぼれそうだったがここは我慢


窮屈そうなウイジールを尻目にガイガンは話し始めた




坊主!

歳はなんぼだ?




14ですガイガン殿



私の代わりにウイジールが応えてくれた




なんと!

随分と若いですな


その歳で根性がある


坊主


お前の家はどこだ?





困った


私は奴隷の身だったので

応えられる家名などない





この者は私の落とし子です


家名は与えておりません




ウイジールが答えた



奴隷という素性は隠すらしい

私はウイジールの落とし子か




なるほど!!


ウイジール殿の子か

それは知らなくてすまなかった




いえ


この者をこの城に招いたのは最近でしてね


無理もない

お気になさらず



スラスラと嘘が出てくる

ウイジールは眉一つ変えず嘘の私を

ガイガンに説明していく


ひとしきり聞いていたガイガンは私の目を見つめ



坊主!!


わしの家にこんか!?


ウイジール殿!


この坊主わしにくれんか!?



まさかの申し出であった


ウイジールもさすがに驚いている


しかしすぐに笑みを浮かべ


正式に断っていた



ガイガンはそこをなんとかと


再度頼み込んでいたがあえなく

断念となる





はぁ…



残念だが仕方ありませんな


よし坊主

行くぞ!




横たわる私の体を無理やり起こし

担ぎ始めた



なっ!?


私は思わず声が漏れてしまい

成すすべもなかった




ガイガン殿どこへ?

ウイジールが尋ねる



馬上槍試合の決勝です!


参加者として見届けねば

この坊主もしかり!


そう言い残すと

ガイガンは私を医務室から連れ出した



私はガイガンに降ろすよう頼んだが

聞き入れられず私を担いだまま

会場へ向かっていく


やがて会場が近づき

観衆の声援が聴こえてくる




ついたぞ!


おや?


もう始まるようだ


あれが見えるか?





まったく見えなかった


観衆達が立ち上がり

騒いでいるので遠目からでは

試合が覗けない


その様子に気づいたガイガンは仕方ないな

と言うと

私を肩に乗せ始めた


完全に子ども扱いだ


私は肩車された子供と同じ状態となった



さぁどうだ!?


見えるだろう?



さすがに二メートルを超える大男に肩車されたら視界は随分広がる


見えてきた光景は

観衆達に囲まれ

中央にて決戦を繰り広げる騎手二人


奥の御前にはアリュメト王と傍らにいる軍団長ガンダール


その近くにアルメンドロスもいた


遠目で観衆の中からむくりと飛び出した私の姿に気づいたアルメンドロスは


大笑いしていた


肩車されている私が面白くて仕方ないらしい


死ぬほど恥ずかしかった


ガイガンに急遽降ろすよう頼みたかったが

観衆の声が大きすぎて聞こえていない


羞恥心で押し潰されそうだったが

しばらくすると

観衆の声はまた一気に大きくなった


決勝戦の戦いに決着がついた瞬間だったのだ


中央の騎手一人が

もう一人の騎手に馬から突き落とされ

試合は終わった


観衆達は勝者に称賛の声をかけている


アリュメト王も勝者に拍手を送り

喜んでいる


やがて王は立ち上がり

優勝者の騎手を御前へと手招いた



その時ようやく気付いたが


優勝した騎手はカルーラ王国の代表騎手であった

試合前に話しかけてきた彼である


王は彼に称賛の言葉を送り始めた



優勝おめでとう


とても良い試合であった


では兜を脱いで今大会覇者の面を皆に見せてやってくれ



カルーラの騎手は礼をし

兜を外した



すると目の前のアリュメト王はとても驚いた顔をしている


兜を脱いだ騎手は観衆の方にも顔を向けるが

観衆達もどよめいていた


みな一様に驚いている




なんと・・・




私を肩車している熊男ガイガンも驚いている




私はいまいちピンと来ていなかった


騎手の姿は精悍な面構えでさっぱりとした黒髪


歳は40そこそこだろうか


しかし私にはわからない


誰です?とガイガンに聞くと


今度は私に驚くガイガン




なに!?


知らんのか!?


あのお方は

カルーラ王国継承権第一位

第一王子のジュリアス陛下だ





私はあっと声が出た


どうやらカルーラ王国の王子にして

次期国王のジュリアス陛下がお忍びでこの大会に参加していたようだ


もちろん名前等はウイジールに教わっていたが

目にするのは

初めてだ


ジュリアス陛下はアリュメトの姫君アルマと婚姻を結んでいるので

実質アリュメト王やアルメンドロス王子とは縁戚関係にあたる


そんな人物の登場に

私もまた観衆達と同じように驚いていた


注目を集める中

馬に跨るジュリアス王子はそのままで喋り始めた





アリュメト国王

そして私の妻アルマの父君よ



此度は驚かせしまい

申し訳ありません



家中の者達に知れると

止められる故


こうして姿を隠しての参加となりました

どうかお許しを




ジュリアス王子は軽く会釈をし

アリュメト王の言葉を待っている




ジュリアス王子


言ってくれれば

席を設けたというのに


よくぞこの国にお越しなられた


アリュメト王は先程までの口調を改め

ジュリアス王子に話しかけていた

王といえど

かの国の第一王子に対しては王たる圧を伏せているようだ




ご無礼を

アリュメト王


このジュリアス年甲斐もなく

大会の開催を聞いた折にとても心躍ってしまい


このように無茶を推して参りました






なるほど


それはそれはジュリアス王子


聞きしに勝る勇猛ぶりだ


では改めて今大会馬上槍試合覇者


カルーラ王国第一王子

カルーラ・ジュリアスを讃えよう




観衆は声を上げた


今大会覇者のジュリアス王子を讃えている


歓声に対しジュリアス王子は手をふって応えている









ではジュリアス王子


優勝者には


この先トワに続く名誉と


アリュメト王国

そして

そなたの国カルーラ王国から


莫大な賞金を授けよう


最後には

このアリュメト国王が優勝者に与えられる限りの望みを聞こう


好きな望みを申しなさい






大会の恒例である

優勝者に向けての文言だが




いつも決まって優勝者の望みに注目が集まる




それがカルーラ王国の第一王子とあらば

何を望まれるのかと興味津々だ




観衆達の期待を受けながら

ジュリアス王子は口を開く





我が国カルーラの国税から出た賞金を

王子である私が懐に納めたら


暴動が起きてしまう


この賞金は今回出場した騎手皆に

均等に分ける用お願いします






おぉ!!


やったな!?



私を肩車している

ガイガンが嬉しそうに私の顔を見てきた


ガイガンは確実に貰えるだろうが

替え玉である私が貰えるのだろうか


私はそんな

杞憂を考えていたが


観衆達は慎み深い提案を行う

ジュリアス王子に拍手をした










そして




最後に私が望むものでありますが






それは








この大陸に名を轟かせる

三傑の一人となる事です






会場はどよめいていた





ジュリアスは続ける





この大陸には



三人の英雄がおります


まず一人が


遥か遠くの地に君臨し数多の海を統べる女王


テティス諸島の


海神レビィ・ゲルラ



その統率力は彼女が手をかざすだけで

津波のように艦隊が押し寄せるとも言われる




そしてもう一人が


我がカルーラ王国の参謀にして中枢を統べる宰相



賢者ジズ・ラウム



空にジズの目有りと謳われ

彼の常に先を読みすべてを見通す千里眼のおかげで

我がカルーラ王国がここまでの大国になったというのも過言ではない




そして最後にもう一人


それはこの国アリュメトの軍団長にして



大陸最強の騎士と呼ばれる男


剣獣ディス・ガンダール





そこにいる彼だ


聞き知る噂はどれもこれも神話の如くだ



彼の率いる軍わずか十数騎で数百もの敵を討ち取り


数十万の大軍を持ってしても同じように少数精鋭で叩き潰された


そしてどうやら


それは奇策や類まれな作戦によるものではなく





純粋な武力でのみ成し遂げられた逸話であると





この大陸で最強を聞かれれば誰もが



剣獣ディス・ガンダールの名を謳う







皆ジュリアス王子の話を聞き入っていた

観衆達もそれに紛れる私も

肩車をしている熊男ガイガンも同じくだ

ジュリアスの口から連なる三傑の話を聞き入っている



ジュリアスと相対する

アリュメト王


その三傑の一人

アリュメト王国軍団長ディス・ガンダール


王の傍らにいる彼も話を聞いているとは思うのだが

寡黙にして鎧を纏った騎士の反応を誰一人として伺えない



それが一層ディス・ガンダールの雰囲気を人並外れた者として演出している





そしてついに


ジュリアス王子は確信に迫る言葉を放とうとしている





カルーラ王国第一王子にして

馬上槍試合覇者の私がアリュメト国王に望むのは




剣獣ディス・ガンダールとの決闘である




一応身内にも三傑の一人である


ジズがいるのだがどうにも奴の知力は上回れそうにない


いかなるゲームを仕掛けても

すべて引き分けにされ相手にされない


そこでもう一人の三傑であり

今目の前にいる剣獣ディス・ガンダール






どうかな?


受けてくれるかな?





ジュリアス王子は笑っていた


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