公式お兄ちゃんの方程式

花音小坂(旧ペンネーム はな)

第1話 公式お兄ちゃん


 話は、少し前に遡る。


              *


「公式お兄ちゃん。群雄割拠ひしめくこのアイドル戦国時代に置いて、バラエティと言う名の戦場を取り仕切る軍師的存在」


 楽屋の中で、マネージャである里吹木葉ことぶきこのはが意気揚々と、なんの説明にもなっていない、ただ勢いだけの説明をする。もちろん、なにがなにやらわからないので、とりあえずググることにした。


 公式お兄ちゃん。


 アイドル番組MCの通称。彼女たちの慣れないトークをサポートする『お兄ちゃん』的な存在であることから、そう呼ばれる。


 ……なるほど。


「つまり、アイドル番組のMCってこと?」


 コクリ。


 ……なら、そう言えよ、テメー。


「いや、そんなにカッコよく言われてもやらないよ」


「王者BKA49。言うなれば織田軍。アイドルの下克上先駆け的存在。まー娘(通称マーベラス娘)。これは言ってみれば古参の赤兜軍団武田軍。坂道46。関東の覇者北条軍。農道クローバーZ(通称ノドグロ)は独眼竜伊達軍。そして……この群雄割拠のアイドル戦国時代に風雲急を告げる存在……それこそが凪坂46なんです!」


 机、ドーン!


 ……そーか、会話する気ねーな、このマネージャーは。


「いやさっきからなんで戦国時代に例えてくるんだ。俺、アイドルなんて誰一人として知らないし。やらないよ絶対に」


「いえ、というか、もう受けちゃったんで。やるしかないです」


 そんな衝撃的発言を吐いたあと、落ち着いた表情の木葉が番茶をズズッ……とすする。


「……は? どういうこと?」


「スケジュール空いてますし。チャンスですし。いい機会ですし」


「すると、木葉このはさん。あんた、俺の意向など全く関係なく、何の相談もなく、毎週放送のレギュラー番組を受けたということですか?」


 思わず怒りで敬語になった。お笑い芸人だって、自分の仕事を選ぶ権利がある。しかし、それすらもガン無視したマネージャーにボルテージが急上昇していく。


「まあ、そー言うことになりますかね」


「……は?」


「……い?」


「了承してんじゃねぇよ! なにやってくれちゃってるんだバカマネージャーさんということだよ!」


「はぁ……わかりました。もう茶番はやめましょうか、新谷さん」


「て、テメー」


 スッと立ち上がって、ツカツカとコッチに近づいてくる木葉に、思わず数歩後ずさりする。可愛らしい顔立ちをしていて、若干トキメキも感じなくはないが、全日本空手選手権2連覇というキルマシーン的な経歴を持つので、多分に恐怖が勝ってしまう。


「この前のMー1! あなたはスベり倒しましたね。そっから仕事がないんですよ。準決勝まで行った時、私はあなたの優勝を信じてました。それが……あなた何位でしたっけ?」


「……覚えてない」


 アレハキオクカラマッショウシタ。


「な・ん・い・で・し・た・っ・け?」


 い、痛痛痛い! 木葉ちゃん、鼻の穴に指突っ込まんとって!


「さ、最下位っす! ダントツがつくほど最下位でした。史上最低得点でした! ほんと、すいません!」


 今、思い出しても身の毛がよだつ。観客の冷めた笑いだけが聞こえる舞台……だからこそ今は、お笑いのことだけを考えていたい。ましてや、アイドルたちのフォローなんて。


「最下位が仕事を選べる立場だとでも?」


「い、いやそうだけど! 俺は基本ボケ担当で……」


「ツッコミに捨てられたんだからしょうがないでしょうが!」


 そ、それを言っちゃあ、木葉さん。


 『解散しよう』というメールを残し、相方はこの弱小事務所を退所。そのまま行方不明になって音信不通……ということではなく、現在大手事務所に移籍してバリバリ新しい相方と数々の賞レースを獲っている売れっ子である。


 かたや残されたのは売れない芸人……すなわち俺のことだ。


「今更他はスケジュール空いてないんです! あなたしかいないんですから、やりなさい。以上」


 おっとこ前な台詞を吐いて、木葉マネージャーは去って行った。


「凪坂46……なんぞ、それ?」


 思わずため息をつきながら、まとめられたメンバーリストを1枚めくる。


『収録までにメンバーの名前ぐらいは覚えておいてください』


 そんなタグをつけられた名簿には彼女たちの名前がズラリ。


 ……はぁ、この子たちを収録日までに覚えんといかんのか。


 ピラッ


















「って収録日2時間後じゃねぇか!」


 覚えられるわけ、ねーだろ!

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