おてんば姫の結婚

高岡未来@3/23黒狼王新刊発売

ふいうちの初対面

 太陽の日差しが日増しに力強くなってゆく季節のこと。

 庭園の奥に見えるのは迎賓棟。主な用途は国外からの賓客をもてなしたり、催し物を開いたり。

 豪奢だが宮殿の本館に比べると格段にこじんまりしたそこへ向かう騎士の姿が二人。


「本当に忍び込むつもりですか、ヴィー」

「ああ。もちろん」

 黒い騎士装束に身を包んだ背の高い青年たちは帯剣こそしていないもの、時折すれちがう警備兵とは明らかに異なる雰囲気を匂わせている。


「やっと俺の花嫁が到着したんだ。せっかくだから見ておきたいだろう。肖像画っていうのは五割くらい加工修正されているっていうしな」

「ああ、あなたの顔も当社比五割減で目つきの悪さが軽減されていましたもんね」

「うるさいぞ、フェリクス」

「そんなに顔を見たければ堂々と正面から会いに行けばいいのに。どうして騎士に変装してこっそり忍び込むという発想になるのだか」


 フェリクスと呼ばれた青年はやれやれと首を横に振った。

 ヴィー、いや、ヴィーラウムにも考えがあるのだ。

 トルネア王国の第一王子、要するに王太子でもあるヴィーラウムの花嫁ということは未来の王妃ということになる。その女性がどんな女性なのか、肖像画と釣り書だけではわからない。やはり実際にこの目で見て確かめたい。

 できれば素の状態で。

 二人は迎賓棟へ続く小道をのんびりと歩いている。


「念願かなってのシュヴァルアイツ王国の姫君との縁談ですからね。どんな姫でも送り返すことはできませんよ。国境での引き渡しの時にすでに結婚契約書には署名をしてもらっているんですから」

 第一王子の乳兄弟という間柄でもあったフェリクスは、ヴィーラウムと二人きりの時は昔からのような気安い話し方になる。

「わかっているよ。だからこそこうしてこっそり偵察に行くんだろう。派手好き、贅沢好みかどうかを」

「ゲルリンク家の家訓ですもんね。嫁に貰うのは贅沢・派手さとは無縁の女性って。このご時世なかなかに難しい条件だと思いますけど。しかも相手は大国シュヴァルアイツのお姫様ですし」


 国境付近で多少の小競り合いがあるものの国内周辺諸国含めて情勢は比較的安定。そうするとやはり質素倹約よりもより上質なものを手に入れたがる。


「その贅沢三昧な嫁を貰ったせいで、前の王朝はひっくり返ったんだ。教訓ってやつだろ」

「ひっくり返したのがあなたの祖先ですけどね」

「まあな」


 などと話しているうちに二人は迎賓棟へたどり着いた。

 といっても正面入り口ではない。

 迎賓棟の建物近くである。

 等間隔に植えられた木々に、客人の目を楽しませるための薔薇。

 暦の上での春に入って二か月目、花咲月と呼ばれる月初め、薔薇のつぼみはようやくほころび始めたばかり。


「それで、来てみたはいいですけどどうやって姫君の顔を拝むので?」

「うーん。午後には散歩に出るとか聞いたんだが」

 建物の外に出たところを、遠目から観察するつもりだったヴィーラウムは思案気に当たりを眺めた。

 午後の散歩には早すぎただろうか。

 しかし、正面から女官に言って取次を頼めば、それはもう正式訪問だ。

 できればその前に彼女の素を見ておきたい。

 そうすれば今後の課題も見えてくるというものだ。


「しょうがない、いざとなったら露台に登るか」

「どこの夜這い男の発想ですか、それ」

 ヴィーラウムが提案するとフェリクスの目が半眼になる。

「悪いが夜這いはしたことがない」

「当たり前です。そんな殿下に成り下がったら俺はあなたからお暇貰いますよ」


 二人は軽口をたたき合いながら迎賓棟の裏手の植木の下を歩いていく。

 すると上から女性の声が聞こえている。「姫様~」と、呼ぶ女性の声。

 見上げると、女官と思しき女が窓から身を乗り出している。

 窓の外には生い茂った木が等間隔に植えられている。常緑樹の木々は豊かな葉を蓄え、時折吹く風に葉を揺らしている。


 いったい何なのだ。

 と、そのとき頭上から人の気配を感じ取った。


 それはフェリクスも同じだったらしい。

 即座に二人は視線を交わす。

 フェリクスとは小さいころから同じ師匠の下で剣技を習っている。


「曲者か?」

 がさがさと木の上から物音がする。

(まさか王女を狙って? いったい誰が)

 ヴィーラウムは頭の中でトルネア王国の人物相関図を浮かべる。この結婚には様々な思惑が絡むのは必至。前王朝の残党貴族の仕業だろうか。

 二人の間の緊張をものともせずに木の上の何者かは音を立て続ける。


「ちょ、ちょっと。ラーラ動かないの」

 女性の声が上から落ちてきた。

 鈴を転がした可憐な声にヴィーラウムとフェリクスは顔を見合わせる。


「刺客、じゃないのか」

「……」

 二人はとりあえず声の主を探すことにした。

「あんっ。だめ、だめ動いちゃ。ちょ、ほんとに落ちる。落ちるったらぁぁぁ」

 叫び声が聞こえたのとがさがさと木が揺れる音がしたのと、ヴィーラウムが件の木の下に移動したのがちょうど同じだった。


「きゃぁぁぁぁぁ」


 盛大な悲鳴と共に何かが木の上から落ちてきた。

 ちょうどヴィーラウムの頭の上に。

 受け身を取る間もなく。

 ヴィーラウムは何かの下敷きになった。




「いってぇ……」

 柔らかなものがヴィーラウムの上に落ちてきた。しかし、大きいせいで直撃されると痛いし重い。金色のふわふわとした髪の毛がヴィーラウムの顔にかかり、くすぐったい。髪の毛からは花のよい香りが漂ってきた。

「あいたた……」

 ヴィーラウムの上から可憐な声が振ってくる。

 いや、おまえはそこまで痛くないだろうとヴィーラウムは思った。


「ちょ、ヴィー大丈夫ですか」

「姫様ー!」

 フェリクスの声と窓から身を乗り出した女官の叫び声が重なった。それから女官は「誰か! 姫様が木の上から落ちられましたわっ! 誰かー」と金切り声を上げながら窓辺から立ち去って行った。

「あ。いけない……」

 ヴィーラウムの上からいたずらが見つかった子供が言うようなセリフが聞こえてきた。


「おいこら」

 ヴィーラウムは這うような声を出す。

「あ」

 声の主は状況を理解したのか、ヴィーラウムの体の上から身を起こす。

 ヴィーラウムも起き上がった。

「あ。ラーラ。駄目よ、逃げようとしちゃあ。大体、あなたがうっかりさんなのがいけないのよ」


 少女は腕の中に白い猫を抱いていた。

 長いふわふわした毛を持つ猫は少女の腕から逃れようともがいている。

 その少女といえば。

 金色のふわふわしたくせっ毛をリボンでまとめ、身にまとうのは飾り気の少ない簡素な薄ピンクのドレス。白い肌はしかし、健康そうでさくらんぼのような唇を尖らせて猫を叱っている。


「おいこら。聞いているのかおてんば娘」

 ヴィーラウムは低い声を出す。

 人の上に落ちておいて何も言うことが無いのか。

「ええと……?」

 姫君は状況に追いついていないようで首を小さく傾げた。


「おまえが、俺の上に落ちてきたんだ。だから、そんなにもぴんぴんしているんだろうが」

 ヴィーラウムは身分とかお忍びとかそういうものを全部忘れて言いつのった。

 傍らのフェリクスがまあまあ、と宥めるのも気にせず姫君に詰め寄る。

「どうりで木の上から落ちたはずなのにあんまり痛くないはずだわ。あなたのおかげなのね。ありがとう」


 姫君は薄緑の瞳を柔らかく細めてお礼を言った。存外に気さくな性分なのだろう、騎士相手に恥ずかしがるでもなく、まっすぐにこちらを見て素直にお礼を述べた。

 そこで終わればよかったのに、ヴィーラウムはつい余計な一言を発してしまった。


「おかげで俺は痛いし重かった。とんだおてんば娘だな」

「ちょっと。重かったっていうのは余計じゃないの? 大体、わたしはあなたに助けて、なんて一言も言っていないわ」


 ヴィーラウムの言葉に反応した姫君はお礼を言ったときの微笑みを一転、きっとヴィーラウムを睨みつける。


「こっちだって助ける気もなかったよ。こんな跳ねっかえりのおてんば娘。そんなおてんば具合だと嫁の貰い手だっていなくなるぞ」

「おあいにく様、よ。わたしここにはお嫁さんになるために来たんだもの」

 姫君はヴィーラウムの嫌味に唇を突き出しながら応戦する。

「だったらおまえを嫁にもらう男は不幸だな。こんな跳ねっかえり押し付けられて」


「な、なんですって!」

 姫君の眉が跳ね上がる。


 と、腕の力が緩んだのか彼女の腕の中から猫がぴょーんと逃げ出した。

「姫様っ! ご無事でしたか」

 二人が睨みあっているところへ女官が数名駆けつける。皆館の中から急いできたのだろう、息が上がっている。

「え、ええ。平気よ。わたし、木登りは得意なの。ラーラったら高いところから降りるのは苦手なのに、なぜだか木の上が好きなのよね」

 姫君はあっけらかんと言い放つ。

 この様子では彼女の木登り歴は母国にいたころから相当に長いのだろう。


「ええと、そちらの殿方は……」

 女官たちは騎士姿のヴィーラウムとフェリクスに視線を移した。

 王女の世話役を拝する女官らはもちろんヴィーラウムの顔姿も存じている。

 彼は素早く視線で制した。今は何も言うな、というやつだ。

 女官らは王太子殿下の意向をすぐにくみ取り、口を閉ざした。


「彼が、その……一応助けてくれたの。ほんっとうに不本意だけど」

 とげのある言い方にヴィーラウムはかちんとくるがフェリクスがすぐに「たまたま通りすがって、姫君、こちらはシュヴァルアイツからいらしたリゼルティアーナ王女殿下でよろしんですよね、をお助けしたのです」

「ええ。さようでございます。姫君をお助けいただき、ありがとうございます」

 事情を知った女官らは丁寧に頭を下げた。

「さあ姫様。館の中に入りましょう」

「あ、でも。ラーラが」

「ラーラ様はわたくしどもが探してまいりますから」

 女官らは姫君をヴィーラウムから隠すように移動し、彼女に移動を促す。

「わかったわ」

 姫君は素直に頷いた。


 しかし、館へ戻ろうとしたとき。振り返って「ちょっとそこのあなた」と、ヴィーラウムを睨みつける。


「わたしだって、あなたのような失礼男なんて絶対に願い下げよーっだ。そんなんじゃあなたのところに嫁いだお嫁さんが可哀そうだわ」

 舌を出して捨て台詞を吐いて、彼女は館へと戻っていった。

 これがヴィーラウムと、シュヴァルアイツの姫君、リゼルティアーナとの初対面だった。

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