15.他者

「ワタシはちょっと休んでるから、三人で遊んでて」



少しだけ痛む右肩を自分でマッサージしつつ、砂浜に足を取られながらパラソルの下に座り込んだ。

後輩たちとのビーチバレーで羽目をはずしたせいか肩の筋を違えたようだ。



三角形になってトスを上げる後輩三人を遠目に、ビニールシートに寝そべった。

なんだか、自分に似合わない時間を過ごしている気がするな。



いつものワタシだったら休日はせいぜい寝て過ごすか

部活に使う道具の手入れで一日が終わっている。


それなのに、いまこうして海に来ているのが非現実的に思えて仕方がない。


去年の夏休みって何してたっけ。


合宿に行って、それから……それから?


目をつぶって記憶を探ってみたけれど、手ごたえはゼロに等しかった。


「ああ、そういえば美術館に行ったなぁ……。あれは去年だっけ……」


やっとのことでつかんだ記憶が自然と口から溢れてきた。


背中に砂のじんわりとした熱が伝わってくる。

パラソルの下だから日に当たっていないはずなのに。



ワタシの夏休み、ていうか毎日って、案外薄っぺらいんだな。



何日もかけて構想を練った絵が完成して、「よかったよかった」だなんて喜んで良い気になっていられるのもせいぜい二日か三日程度で、夜が明けたらまた誰に求められているわけでもなく絵を描き続ける。



この歳で人生を語るなんて偉い人に鼻で笑われてしまうけど、こんな日雇いの毎日がワタシの人生そのものなんだろう。


自分の為だけに生きるだけで精一杯だ。




「部長、もう肩は大丈夫ですか?」

空気が抜けてベコベコになったビーチボール片手にパラソルのもとにやってきたのは丹羽くんだった。


「うん。意外と重傷じゃなかったみたい」


このとおり、と肩を回す。

まだ違和感は残っているけどこんなの誤差の内だ。



「僕たちはこれから泳ごうと思ってるんですけど、部長も一緒にどうですか?」


丹羽くんの後ろでは波打ち際でキャーキャー騒いでる皐ちゃんと功刀さんの姿があった。いつもの部活動の時間とは違って、まさしくピチピチのジェーケーだ。


「ちょっとワタシは海岸の端っこまで散歩してくるね。あとでそっちに合流するから」



同い年で盛り上がっている空間に、年上がいては何かと気を遣わせてしまうだろう。


部活の一環と言うことは忘れて、楽しんでほしいという部長からの親切心が半分、来年は受験で忙しくてきっと海になんて行けないんだから今のうちに満喫しておきなさいという親心がもう半分。



「わかりました。なにか面白いものが見つかったら教えてくださいね」


「はいはい。そっちもあんまり遠くに行かないでよ。ここの海って遠浅じゃないらしいから」


こんなことはワタシが言うよりも、毎年来てるサツキちゃんのほうが絶対に詳しいのだけどいちおうここではワタシが保護者みたいなものだから、忠告はしておく必要がある。


何かがあってからでは遅いというのはよく言うことだ。



「ミサキ部長ってなんだか、僕たちの親みたいですよね」


「部長なんだから当たり前でしょ」







「すっごいなあ……こんなスポットがあるなんて……」


海水に濡れた岩を手をつきながら降り、ゆっくりと目当ての場所に向けて歩みを進める。


ここの海水浴場の端はなんとも不思議な形をしていた。

一言で言うなら岩場というべきなのだろうけど、よりふさわしい言葉を選ぶとしたら洞窟だ。


は相変わらず砂だけど、日陰になっているぶん熱くはない。むしろ冷たいと言ってもいい。


気が遠くなるほど長い時間をかけて、波が岩を削っていったんだろう。空洞の内側は歪な凹凸を描いている。


「感傷に浸るにはちょうどいい窪みかな」


すこし湿った地面に腰を下ろし白い脚を伸ばした。

自分で言うのもなんだけど、日に焼けた腕に比べてワタシの両脚は雪のように真っ白だ。これは美脚といっても差し支えないだろう。


「いまごろみんなは何してるんだろう……」


同級生たちは慌ただしい一日を過ごしているはずで、海で遊んでいるワタシとはきっと対照的だ。

 


『ミサキちゃんって自由奔放で悩みとかなさそうだよね』



これまで何度、刃物のような言葉を向けられたことか。

おまえは能天気だ、と示唆しているのかもしれない。

まあ、きっと良い意味ではないだろう。



たしかに授業中は基本寝てるし、ずぼらだし、制服は着崩してるし

―と言っても腕を捲っているだけだが―、いわゆる清楚とは程遠いい人間だと自覚している。


けれど、その性格とストレスフリーだと思われていることには繋がりがない。

悩みを身体に出さないだけだ。



ワタシがみんなにどう思われているか。



表を取り繕っているつもりはない。

自分のどの瞬間を切り取ってもそれは素の姿だ。


だからこそ、と言ってもいいかもしれない。


ワタシではない誰かの目に、ワタシはどんなキャラクターに映っているだろう。

脇役か、ライバルか、かませ犬か。

それとも、主人公か。





脚にまとわりついた砂粒が、小さな針がワタシを刺激する。

痛いわけではないがどうしてもそこに意識が集中してしまう。


重い腰を上げ、冷たい海水に足を浸した。

砂が水に流れ落ちていくのがわかる。

だけど、一歩砂浜を歩けば濡れた脚になおさら多くの砂が絡み付く。


悪循環って、こういうことか。


悩みに悩んで、解決策を探し求めるだけで良い気になって、答えは出ずに余計深みにはまる。


濡らさなければいいだけのこと。

答えを求めなければいいだけのこと。


それでもワタシは懲りずに光を欲している。


自分がどんなキャラクターなのかを確かめたい。

結果がどうこうじゃない。結果につながる行動がしたい。


「来週は要くんたちと花火見に行くんだっけ……」


ちょっと遊びすぎかな、とは思っている。

でも、物語に終わりを告げるにはいい機会かもしれない。

感動するクライマックスには期待せずに、ありのままを受け止めよう。


滑る岩場を用心深くよじ登ると、遠くで皐ちゃんたちがキャーキャー言いながら遊んでいるのが見えた。


ワタシもせっかくだしひと泳ぎしよう。

今後一生、海に行くことなんてないのかもしれないし。



深呼吸にも溜め息にも似た呼吸をひとつ。

結局、最後まで忘れることなんて出来なかったんだな。



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