第2話 始業式と桜井さん

 始業式の日、つまり入学してから初めて行く学校の日。


 俺は晃平こうへいと二人で学校に向かっていた。


「晃平、結局桜井さんの話なんだったの?」


「あぁあれか。実はな……あまりに男子がしつこくて、桜井さん怯えきっちゃったらしいんだ。それを見かねた女子たちが、怒ったんだってよ」


「正義感の強い女子がいたってことかな?」


「そうらしいな。あーあ、温人はるとが助けに行ってればなぁ」


「助けてヒーローになっても、同性から殺されそう」


「なんだ? その程度の愛だったのか?」


「いや……違うけど、入学初日だったからビビってた」


「ほんと、謎なところでチキンなんだよな……温人はるとは」


「それは俺も思ってる。今聞いたら、助けとけばよかったなって後悔……」


 タラレバな話をしていたら、もう学校に着いてしまったらしい。


 昇降口で靴を履き替えて、教室へ向かうと、隣のクラス、一年一組の廊下が騒がしかった。


「何だろう?」


「ちょっち聞いてくるわ」


 そう言って晃平は、一組を覗いている男子を一人捕まえて、話を聞いていた。


晃平こうへいのそういうとこすごいよな……」


 俺はそうつぶやくと、晃平は帰ってきて、


「この廊下にいる男子みんな桜井さん目当てだってさ」


「まじか……すごいな」


「あっもえ! ちょうどいいところに。きてきて!」


 先に学校に行っていた萌ちゃんがたまたま廊下に出てきたらしく、そこを晃平が捕まえた。


「どうしたの? 晃平こうへい温人はるとくんまで一緒になって……」


「あぁ……俺らはあの集団の一味じゃねえよ。でな、今学校に来た所なんだが、あれはどういうことなんだ?」


「おとといの事情を知らない人たちなんだよね~きっと。うちのクラスで話しかける人は減ったよ。遠くから見守ろうってことになったらしいね」


「じゃあ、じきに収まってくるかな」


「無理だろ……一組の男があいつらに注意できれば話は変わるけど」


「晃平が注意しなさいよ」


「いや、そういうのは温人がやるべきだろ。今度こそヒーローになれっぞ!」


「うん分かった……萌ちゃん、桜井さんが本当に困ってたら教えて」


「わかった~!」


「じゃあ俺らは教室行くから、じゃあな」


「うん、バイバイ」




 萌ちゃんと話していたらチャイムが鳴ってしまったので、俺と晃平は慌てて教室へ入ると、もうそこには先生がいた。


「遅いぞ、秋山あきやま矢島やじま! 初日から遅刻か?」


「ちっ違います、ちゃんと来てました!」


「そうっすよ先生! 俺らは一組に用があって」


「なんだ? お前らも一組の桜井に興味がある口か?」


「おぉ先生! 俺らをあの集団と同じにするんですか? 俺らは一組の幼なじみに用があったってのに。なぁ温人はると


「そうですよ先生!」


「そうか、なら悪かったな。あたしも一組の先生もあれをなんとかしたいと思ってるんだが……。まぁ、校長先生がやってくれるから、待ってな。じゃあ早く席に座ってくれ」


 俺たちは、今回は桜井さん目当てではなかったのに疑われてしまった。とはいえ、校長先生がなんとかしてくれるらしいけど、どうやって注意するのだろうか。


 そんな疑問を持ったまま、俺たちは始業式をやるために体育館へ向かう。


「ねぇ晃平、どうやってあの数の男子をやめさせると思う?」


「ん? そうだな、桜井を一目見たければ俺を倒しな! とかじゃね」


「そんなフィジカルなの! 校長先生、入学式のとき割とヨボヨボじゃなかった?」


「あれはきっと重りをつけてんだ。スーツの下にはきっと鍛え上げられたムキムキのボディが眠って……」


 と、晃平は言いかけて、吹き出した。


「あはは! やべえぞ温人。想像してみろ!」


 俺は白髪のヨボヨボの校長が、銭湯の脱衣所でスーツのジャケットを脱ぎ、ワイシャツに浮き出る筋肉。その後ワイシャツを脱ぎ、露わになったたくましい肉体を自分の方を向いてポージングしている姿を想像し……。


 サァーっと自分の体から血の気が無くなっていくのが分かった。


「おい温人はると? 大丈夫か? 顔が真っ青だぞ!」


「んん? あぁ……ちょっとリアルに想像しすぎた」


「どんな想像したんだよ」


「えっと、銭湯でスーツを脱いで徐々に露わになるたくましい筋肉を……」


「もうやめてくれ!」


 俺が想像したことを最後まで言わせてくれなかった。晃平こうへいの顔色が少し悪くなっていた。でも、俺はやめなかった。


「たくましい筋肉を、俺の前まで来てポージングしてどや顔に……」


「マジでやめろぉ! 温人はるとそんな想像したのかよ……」


「ね、血の気なくなるでしょ」


「あぁ、今のは俺が悪かった。忘れてくれ……」


 そう言って晃平は黙ってしまった。いやぁ~悪いことしちゃったな。てへぺろ。




 体育館へ着き、クラスごとに並ぶとすぐに始業式が始まった。


開式の言葉、校歌斉唱の後に校長先生の話になる。


「えー、一年生は入学、二、三年生は進級おめでとう。三年生は最上級学年としての自覚を持って……」


 と、いつものやつかなと思って話を流していると、お待ちかねの話がやってきた。


「今朝、一年一組の教室に一年だけじゃなく二年、三年も押しかけたらしい。かわいい女子を一目見ようと押しかける気持ちは、私も男だから分からなくはないが……」


「見るなら、私を倒してからにしなさい。ヌギヌギ」


 と、いいタイミングで晃平こうへいが言うもんだから、俺も周囲の人もクスクス笑ってしまった。


「私も分からなくはないが、そうやって見に行く連中というのは、本人に嫌われるものだ。おい、そこで笑ってるの! これは笑い事じゃないぞ」


 晃平のせいで校長先生に怒られてしまった。


「いいか、私の妻も美人でな。クラスに男子が押しかけたものだ。それを私の妻はあまりよく思っていなくてな、私はその男子にガツンと言ってだな……」


「おい晃平! 校長先生自分語り始めちゃったぞ、どうしてくれるんだ?」


「え? これ俺のせいなのか?」


「当たり前だろ! 校長先生を怒らせた原因は晃平なんだから」


「まじか……まぁほっとこうぜ」


「おいおい……」


 俺は小声で晃平を責めたが、本人に自覚は全くなかった。


 校長先生の話は、三十分続いた後、


「だから、えー、コホン。他クラスに群がることは禁止する。もし今後このようなことがあった場合、先生方から処分があるから気をつけるように」


 校長先生は少し恥ずかしそうに、締めくくった。


 この学校の先生たちは癖が強いのか? そう思うほどの衝撃だった。




 始業式が終わり、俺たちは教室に戻っていた。


「ねぇ晃平。あの対応の仕方って一番桜井さんが困るやり方じゃない?」


「そうだな。でも、ああ言わないと全校生徒には伝わらないからしょうがないとも言えるからな、実際どうなんだろうな」


「後で萌ちゃんに桜井さんのこと聞いてみようよ!」


「萌に? そうだな、一緒に帰るから聞いてみっか」



 先生が来るまでの休み時間は、校長先生の話で持ちきりだった。


 さっきから「校長先生の馴れ初めなんか聞いてもねぇ~」とか、「おじいちゃんになっても妻のこと愛してるなんてなんかいいね」とかいろいろ聞こえてくる。


 まさか校長先生が友達を作るきっかけになるとは入学前は誰も思っていなかっただろう。俺はずっと晃平と話してたせいで、クラスメイトと友達になる波に乗り遅れたけど……。




 担任の斉藤さいとう先生がホームルームをやるのために教室に入ってくると、教室は静かになった。ホームルームは、一人一人自己紹介をして、その後委員会を決めた。


 どうやら、委員会に対するやる気がある人がこのクラスには多いらしく、全部すんなり決まってしまった。それが先生は予想外だったらしく、


「普通は決まらないはずなのになぁ、おっかしいな……。やることなくなっちったよ……」


と、嘆いていたけれど、おかげで今日は早く帰れる。


 晃平が萌ちゃんに「正門前にいる」とメールをして、俺たちは正門に向かった。




 しばらくして、もえちゃんが桜井さくらいさんとやってきた。


「やっほ~。結涼ゆうりちゃんと友達になった~!」


 そう言って、萌ちゃんは顔の前でピースをして俺たちに向けてくる。


「萌の幼なじみの矢島晃平だ。よろしくな。そんでこっちは俺らの友達の秋山温人はると


「よよっよろしく……」


 せっかく晃平が紹介してくれたのに、俺は緊張のあまり挙動不審になってしまった。


 そのせいなのか、彼女はそっけなく「よろしくおねがいします……」と、言った。


 何やってんだよ、という合図なのか、晃平は俺を肘で小突いてきた。


「私はこれで……」


 桜井さんは今日お母さんが車で迎えに来ているらしく、挨拶を交わしたらすぐに車に乗り込んでしまった。


「じゃあね~!」


 萌ちゃんが手を大きく振ると、桜井さんは軽く会釈をして帰っていた。


 そして、萌ちゃんは桜井さんがいなくなってから開口一番、


「結涼ちゃんと仲良くなれてよかった!」


「「えっ?」」


 俺と晃平は声をそろえて、萌ちゃんを見た。


「え~何その目。信じてないでしょ!」


「あったりめーだ! あのよそよそしい感じどう考えても避けられてるだろ」


「あ~あれは晃平こうへい温人はるとくんがいたからだよ~」


「どういうことだ?」


結涼ゆうりちゃんね……かわいいからずっと今朝みたいに男子が覗き込んできて、問題になっていやな思いをしてきたらしいの。その……覗き込む男子の目が怖いらしくて」


「それで……男が怖いってことか?」

「そうそう」



「そりゃあな。さっきも温人があの対応ってどうなのって言ってたしな」


「温人くん分かってるぅ!」


「いやいや……。でもああ言わないと全員に伝わらないっていう先生の気持ちも少し分かるから、さっき桜井さんはどう思ってるんだろうねって」


結涼ゆうりちゃんはもう慣れたって言ってたけどね。ちなみに、結涼ちゃんは女子とはちゃんと話せるし、笑うとめっちゃかわいいんだから!」


「それは分かる」


「お? どうした温人。顔がにやけてんぞ」


「え! マジ?」


「本当だよ! 私がかわいいって言ったとき嬉しそうな顔したもん!」


「ほんと好きなんだなぁ」


「う、うるせっ」


 晃平はニヤニヤしながら、茶化してくる。


「そうだ! 私が恋のキューピットになってあげるよ!」


 突然萌ちゃんが、鼻をフンっとして、私を頼りなさい! と胸を張っている。


「いや、萌。お前は余計なことすんな。俺に結涼ちゃんのことを教えてくれるだけでいいから。絶対に温人が桜井を好きだとか言うんじゃねえぞ!」


「うっうん……。わかった……」


 あからさまにがっかりして、しょぼんっとしている萌ちゃんをよそに、俺たちは歩き始めた。


「まっまってぇ~」


 自分のことを慰めてくれないと分かると、走ってきた。


「萌ちゃん、ありがとうね。でも、萌ちゃんは俺のことより、桜井さんと仲良くなって男子から守ってあげることが大事だよ!」


「うんっ!」


 萌ちゃんは笑顔で強くうなずくと、何か決心したように見えた。


 ちなみに俺は、初めて桜井さんと話せた喜びを噛みしめながら、第一印象が最悪だったのでは……と少し後悔もしていた。


 なぜ好きな人の前だとこうも緊張して挙動不審になってしまうのだろうか。


 今後の対策は、桜井さんの前でのしゃべり方かなぁ、そう思った。




 晃平や、萌ちゃんがいれば桜井さんと仲良くなれるかな、俺も頑張らないとな。

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