2nd.Chapter 青は藍より出でて朱に交わり真っ赤っか

第13話・猛るおとこのこ

 「ちょっ、ちょっと誰か!誰かいる?!」


 毎度お馴染み、三姉弟の勝手を見つめる学監管理部室。

 そこに泡を食って飛び込んできたのは。


 「なんだよ、会長じゃん。珍しく慌ててどしたん?」

 「…それ以上にこの部屋に来るのが珍しいと思うがな」


 嘉木之原学園高等部自治会長、阿方伊緒里その人だった。


 「ああ居た、ちょっと二人とも、あんた達の所の悪の親玉はどこ?!」


 招かれてもいないのにやってきて酷い言い草なのだが、いつものことなので次郎も三郎太も特に気にしない。


 「姉貴ならなんか待ち合わせー、とか言って出て行ったけど?上機嫌で」

 「スキップまでしてたな、あれは」

 「アレが上機嫌とか餅でも降ってきそうだなあ」

 「先年小講堂の棟上げ式で配った時以来だな」

 「ホントに餅降るんだからな、この学校の場合…」

 「冗談言ってる場合じゃないわよ!」


 別に冗談でもなんでもないのだが、真剣さの足りないやりとりは、どー見たところで伊緒里をおちょくっているようにしか見えず、顔を真っ赤にした伊緒里によって次郎は襟首引っ掴まれて前後に揺さぶられるのだった。


 「ちょーっ!痛い痛いというか顔近い!離さないとキスするぞっ?!」

 「うるさい!そんな度胸も無いくせに口ばっか!」

 「…会長、何か洩れたら拙いものが洩れてないか?」

 「くっ!」


 一人冷静な三郎太のツッコミで我に返った伊緒里は、次郎を解放すると乱れた襟元を正し、反動で椅子から落っこちた次郎を冷たく見下ろした。


 「で、何の用だ?姉さんなら次郎の言った通り、席を外しているが」

 「ああ、まだ戻っていなかったか…けどちょうどいいわ。あなた達には教えておかないといけないだろうし」

 「姉貴に内緒話か?後が怖いから勘弁して欲しいんだけど」


 尻のホコリをたたきながら次郎が立ち上がって言う。大概な物言いではあるが、生まれた時からずっと一緒にいた身内ならではの、正確な推測である。三郎太も同意するとばかりに、大きく頷いている。


 「吾音が怖いなら後で自分から言っておきなさい。どうせあの子に関係する話なんだし」

 「そりゃ会長が大慌てでここに来るってんなら姉貴の話以外に無いだろうけどさ。で、何ごと?」


 椅子に座り直しながら次郎が聞く。

 伊緒里は、その前にあるテーブルにのっていた、何枚かの紙片とサイコロ、筆記用具を見て怪訝な顔をしたが、構わず続けた。


 「いい?聞いて驚きなさい。さっき見たんだけどね。吾音がね…その、男の子に……に…」


 顔を赤くしているのは興奮しているからだけではあるまい。

 三郎太は冷たい水でも持ってこようかと給湯室の方をチラリと見た。


 「男の子に告白されてたのよっ!!」


 …だけで、その足が運ばれることは無かった。




 伊緒里の話によれば、以下の通りである。


 曰く、先日の経営研究所での騒ぎを受けて、非公式にではあるが高等部に抗議があり(「ケツの穴の小さい奴らだな」「三太夫、下品」)、一応事情聴取をするために吾音を探していた。

 校内で見かけたので、声をかけようとしたら、人気の無いところに入り込んでいくので、怪しいと思って後をつけた。

 そのまま校舎裏の(「ベタだなあ」「うるさいわね!黙って聞きなさいよ!」)誰も居ないところに行ったので、物陰から様子を見ていたところ、多分三年生の男子と一緒にいた。

 これは見逃せないと聞き耳を立ててたら(「野次馬根性旺盛なこって」「…否定はしない」)、男子の方から吾音に交際を求めるよーな雰囲気だったので、これ以上はマズいと思ってそっと現場を後にした……と。


 「…って、何でそんなに不満そうな顔をしてるの?」


 こまめにちょっかいを入れられながらも、見聞きしたことを一通り話し終えた伊緒里は、ウンザリした様子の次郎の視線にたじろぎつつ言った。


 「だってよー…そこまで見ておいて一部始終見届けないとか役立たずにも程があるんじゃね?」

 「それはいくら何でも失礼っていうか吾音にだって知られたくないことくらい、あるでしょう?」

 「いや、俺達姉弟の間に隠し事は、ない。まあね、俺だったら最後まで見届けて相手の正体調べ上げて姉貴のためにならないようだったらご注進仕るね」

 「そして覗き見されてたことを知った吾音にボコられるのね」


 きっと満面の笑みで弟を折檻するだろう吾音の姿を思い浮かべながら、伊緒里はオチを付けた。


 「…ところで三郎太くんはずっと黙ってるけど。どうかした?」


 会話の最初の方でこそ茶々を入れてた三郎太だったが、次第に口出しが減り、というか皆無になり、伊緒里が話し終えた頃にはどよ~んとした空気と共に肩を落としているのだった。


 「あちゃー…おい三太夫。別に姉貴に男が出来たって決まったわけじゃないって」

 「え、どういうこと?」

 「いやまあな…」


 伊緒里の席からは三郎太の表情までは見えない。何事かと体を伸ばして顔を覗きこもうとすると、三郎太はやおら立ち上がって、次郎の顔を見下ろしながら言った。


 「…次郎。チンしに行くぞ」

 「結論はえぇっ?!」

 「え?ちん?…って、何のこと?」

 「水に沈める、と書く。どんな野郎だか知らないが、姉さんに手出しをするというなら俺を斃してからにしてもらおう」

 「え?たおす…?誰が?っていうか三郎太くんどうしたの?」

 「待て待て待てって!まだそうと決まったわけじゃ…会長コイツ止めるの手伝えってくれぇ!」

 「え?え?」


 腰に抱きついた次郎を引きずりながら部屋を出て行こうとする三郎太を、伊緒里はずり落ちた眼鏡を直すことも忘れて見守るしかなかった。


   ~~~~~


 「…あ~、危ないところだった」


 足下に倒れ伏す三郎太を、本当に意識が無いかどうかつま先で突きながら安堵の息を吐く次郎と、テーブルに突っ伏して脱力する伊緒里。


 「……ちょっと、どういうことよこれ…」

 「どういうもこういうも…まあ手伝ってくれたことは助かるけどさ…説明しろと言われると…」


 つい先程、全身殺気の塊となって出て行こうとした三郎太だったが、次郎がそれにしがみついている間、その次郎に必死に頼まれて伊緒里が持ってきた火かき棒により、三郎太は打ち倒された。

 いや流石に伊緒里がやったわけでなく、「俺の代わりに抑えといてくれっ!」「ええっ?!出来るわけないでしょ?!」「いや頼む俺は弟が三面記事を飾るような事態にはしたくないっ!」「…後で借りは返しなさいよっ!」「そもそもおめーがそんな話しなけりゃこんなことにはならなかったんだよっ!」「責任転嫁しないでよっ!!」………とかいったやり取りの末に、次郎の手で延髄をやや外れた位置に鉄の塊が打ち込まれて、進撃のなんとか的なコレは、ようやく動きを止めたのだった。


 「ええと、要するに三郎太くんは、吾音に彼氏が出来そうになって、怒った…ってこと?」

 「そんな単純な話じゃねーんだけど…まあ大体合ってる」

 「…シスコンって感じには見えなかったんだけど」

 「だからそんな単純な話じゃねーんだって……会長、なんか飲む?」


 混乱した状況からなんとか立ち直り、次郎は給湯室に足を向ける。


 「…遠慮しとく。これ以上いたらなんだか犯罪の片棒担ぎに来たみたいになるし」

 「三郎太ならこれくらいでケガしたりしねーよ」

 「本当でしょうね?全部私におっ被せてしまおう、とか考えていないでしょうね?」

 「どんだけ悪党なんだよ俺は…まあ女の子に悪党呼ばわりされるのは悪かないけど」


 それは意味が違うでしょーが、という伊緒里の声を背中にしながら、次郎は冷蔵庫を開ける。

 が、中にあったのは、次郎が常備している二リットルサイズの水のペットボトルだけだった。


 「ちぇ、なんもねーでやんの。かいちょー、水でもいい?」

 「せめて味のついてるものにしてちょうだい」


 伊緒里のもっともな要求を受け、コーヒーか紅茶の類でもないかとあちこち開けたものの、もともと三人が好き勝手に飲みたいものを持ち寄るだけの場所だ。来客用の用意などあるはずもない。

 やむを得ず、冷蔵庫の奥にあった水以外の液体を持ち出し、グラスにあけた冷たい水に混ぜる。

 吹き矢だ!とかいって吾音が遊んでいたストローの残りがまだあったので、それを添えて持っていった。


 「ほい。こんなものしかねーけど」

 「ありがとう、頂くわね………って、なにこれ?」


 よほどのどが渇いていたのか、中身を確かめもせずに伊緒里はストローを使って、次郎の饗したものを飲んだのだが、よほど妙な味でもしたのか、吐き出しこそしないがなんとか呑み込んだという態で次郎に問うと。


 「ん?去年使ったかき氷のシロップが残ってたんで混ぜてみた。会長、ブルーハワイ好きだったろ?」

 「なんてもの飲ますのよあなたはっ?!」


 ストローを投げつけられた。


 「別に毒じゃねーって。一応味見したけど悪くはなってなかったし」

 「そういう問題じゃないでしょうが…ああもう、ここに来るとろくな目に会わないわ。もう二度と来ないからね!」


 そいつは残念、とそんな捨て台詞を信じてもいないような次郎が、手をひらひら振って大股で去って行く伊緒里を見送ろうとした、のだが。


 「たっだいま~。なーんかね、いいネタ仕込んできたわよぉ…って、三郎太どうしたの?」


 …最悪のタイミングで戻ってくるのが、鵜ノ澤吾音という存在なのだった。

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