第7話 おくりびと

 更に時は過ぎて、氷河期ながらようやく少しは寒くないかもしれない、程度には暖かい日が訪れるようになった五月頭。群れでょっとした事件があった。

 いい事件ではない。文字通り事件であり、群れとしては嬉しからざる出来事が起きたのだ。もちろん、当人たちにしてみれば「ちょっとした」とは言い切れないだろうが……。


「うう……っ、ぐぅ……うううぅぅ……」


 一人の男が、泣くのをこらえながら穴を掘っている。穴掘り自体は彼以外の男も手伝ってはいるが、泣いているのは彼だけだ。しかし、それ以外の連中も泣いてはいないがみんな表情が暗い。

 無理もない。人が死んだのだから当然だ。


 とはいえ、この過酷な原始時代において人の生き死には日常茶飯事だ。あらゆる要素が俺たちの寿命を容赦なく削り、昨日まで一緒だったやつが死ぬことも珍しくはない。


 そんな環境だから、割合群れの連中も死に対してドライだ。俺が服を作るまでの間におばあさんが二人死んだということに少し触れたが、あのとき触れただけなのはそう言う理由による。この時代にしては珍しく長生きしていたからこそ、全員がいつ死んでもおかしくないと常に意識していたこともあるだろう。

 だからあの時はただの土葬だけで終わり、誰もがすぐに日常に戻った。俺自身も、転生して間もないころで余裕がなかったし、群れに対する気持ちも希薄だったから、気に留めなかった。


 だがなあ……今回はさすがに堪える。俺だけではない。二軒目の家づくりも順調で、明るいムードが漂っていた群れも葬式ムード一色だ。

 何せ、今回の死者は妊婦だったのだ。どうやら逆子だったようで、出産が極めて困難で長引いてしまい、あえなく……であった。おまけにその胎児も死産。最悪の結末と言える。


 その旦那が直々に墓穴を掘るというのは酷な話ではあるが、バンパ兄貴がどれだけ説得しても旦那は自分がやると言って聞かなかった。たぶん、何かしていないと悲しみに押しつぶされてしまうと、本能的に理解しているのだろう。


「……建設に使うからって作った道具を、まさかこういう形で使うことになるとはなあ……」


 そして今、俺は木を削り出して棺を作っている。家を建てるために用意した各種の道具を使って、家を建てるために用意した丸太を材料にしているのだから、楽しい作業ではない。

 だが、これは俺が言いだしたことだ。楽しくはないが、残された旦那の今後のためには、しなければいけないことだと思うからな。


 もちろん、兄貴に家を建てた時のように、巡り巡って自分のためという打算もある。だがそれよりなにより、打ちひしがれて泣きながら「何かをしたいが、何をすればいいのかわからない」とすがってきた彼を、俺は少しでも救ってやりたいと思ってしまったんだよなぁ。


 自分でも少し驚いたのだが、よくよく考えれば今の俺はもう、転生直後の俺ではない。たかが数カ月だが、頼れるものがここにいる群れの人間以外におらず、彼らの助けがなければ明日をも知れぬ生活を続けているのだ。自分でも気づかないうちに、愛着を感じていたのだろう。

 本当なら、衣食住がひとまず整った今、開発すべきことはたくさんある。ありすぎて時間が足りないから、とにかくないと生命の存続を左右するような重要なものからやっていこうと思っていたのだが……どうにも今回は割りきれなかった。


 だから俺は、棺を作って遺体を納め、丁重に葬ろうと提案したわけだ。現代を知る俺にとって、死者の扱いは身近でこそないが既知のことだ。もちろん宗教家でもなければ聖職者でもなかった俺だから、知識はにわかだが……冠婚葬祭その他もろもろ、あらゆる儀式が概念すらないこの時代ならそれでも十分だろう。結果として棺作りは俺主導になったが、これは仕方がない。


「どうだ、ギーロ? こんな感じか?」


 その棺作り。協力者の一人である兄貴が、石で削っていた木を掲げて見せてきた。

 木って言うか、中がくりぬかれたごん太の丸太だ。短いとはいえ、そんなものをひょいと何事もなく掲げられる兄貴の腕力は、相変わらずアメイジングだよ。


「ああ、十分だよ。さすが兄貴だ、こんなに早く削り終わるなんてな」

「俺には力くらいしか取り柄がないからな」

「この上ない取り柄じゃないか」


 力こそ正義な時代だぞ、今は。

 ……なんて言っても、兄貴は軽く肩をすくめるだけであまり嬉しそうではない。普段ならもう少しいい反応が返ってくるんだが、今回は兄貴も他人事じゃないから無理もない。


「バンパ、こんな感じでいいかなっ?」


 そこに、数人の女がやってきた。全員がたくさんの花を抱えている。その先頭の女が、兄貴を上目遣いで伺っていた。

 アルブスは男女問わず不思議と整った顔立ちが多いが、彼女は中でも群を抜いて姿が整っている。釣り目がちでいかにも勝気そうな顔は、合法ロリなアルブスの女としては少々目立つ風貌だが、たまらない人はこれがたまらないだろう。

 たとえば兄貴とか。


「いいんじゃないか。これだけあれば彼女たちを包んでやれると思う」


 いつも優しい兄貴だが、彼女にそう答えた彼の顔は、他に向けるものよりもさらに優しい。惚けていると言っても過言ではないレベルだ。もう完全に嫁さんにベタ惚れなんだなあと、誰もがわかる。

 そう、この女性こそ兄貴の嫁。俺の義理の姉のサテラ義姉さんである。


「ああ、俺もそう思う。ありがとう義姉さん」

「俺からも、ありがとうサテラ。身体は大丈夫か? 無理はするなよ?」

「これくらいまだ大丈夫だよ。バンパは気にしすぎなの!」


 兄貴がそっと義姉さんの頭をなでるが、された義姉さんは唇を尖らせる。一見不服そうだが、口元がひくひくしてるから嬉しいんだろう。ただ、そのお腹は他の女に比べると、明らかに膨らんでいた。


 誰だ、太っているのかと思ったやつは? 違うよ、この時代に太れるわけないだろう。


 義姉さんは妊娠しているのだ。詳しい経過は不明だが、生理が止まってから二カ月くらいが経っているため、ちょうど二人のための家ができたころにヒットしたのではないかと思われる。つまりはそういうことである。


 それはともかく、俺が先ほど兄貴は他人事じゃないと言ったのは、これが理由だ。まだ出産は先のことになるとは思うが、兄貴たち夫婦も今回のように母子ともに死亡する可能性が十分にある。兄貴がことさら優しく応対しているのは、ある意味当然なのだ。


「それより、バンパのほうはどうなの? それが、えっと……ヒツギ? なんだよね?」

「ああ、そうだよ。ギーロ、俺がやっていたほうに二人を入れるんだよな?」

「ああ。で、こっちが蓋だ。蓋以外にも作るものがあったから、まだ途中だけど……こうやって使う」


 俺は自分が作っていた蓋をみんなの前に出すと、説明しながら本体にかぶせた。自分でも言った通り未完成だから、ぴったりとくっつきはしないが……最終的な完成形は想像できるだろう。


「ここに亡くなった二人を納めて……一緒に、花を敷き詰めてあげるんだ。彼女、花が好きだったんだろ? 好きだったものと一緒なら、きっと穏やかに逝けるだろうから」


 そう締めくくれば、この場にいた全員が神妙な様子で頷いた。


「じゃあ、わたしたちが取ってきた花の出番はもう少し後なんだね」

「そうなる。急いで蓋も仕上げるから、それまでは休んでいていいよ」

「んー……わかったわ。でも、わたしここにいる」

「おいサテラ、木を削るのは結構疲れるんだぞ? サテラがやることじゃ……」

「わかってるよ。でも、その……バンパのそばにいたいの。ダメ?」

「う……ぎ、ギーロ……」


 兄貴は本当に義姉さんの尻に敷かれてるな。まあ、今の義姉さんは確かに相当な破壊力を持っていたのは、さすがの俺も認めざるを得ないが。


「義姉さんも思うところがあるんだろ。一緒にいてあげなよ」

「……すまない、ギーロ。サテラ、おいで」

「うん。あ、そういうわけだから、みんなはいったん解散ね」


 義姉さんは他の女たちに解散を告げると、いそいそと兄貴の隣に座ってしなだれかかった。

 一方の兄貴は、照れた様子で頬をかいている。ご馳走様です。


 それからしばらく、俺は兄貴の手を借りて蓋を作り続けていたが……完成間近のあるタイミングで、義姉さんがふと口を開いた。


「ねえギーロ」

「なんだい義姉さん」

「わたしたちって、死んだらどうなるのかな?」


 うあ。

 なんて哲学的な質問をするんだ。思わず手が止まったじゃないか。


「……なんで俺に聞くんだよ?」

「ギーロは全然狩りできないし、力もないけど、頭いいから。何か知ってるかなって思って」

「サテラ……なんてことを言うんだ」

「いや、いいよ兄貴。確かに俺弱いし」


 昔のギーロ君なら憤慨しているかもしれないが、俺はそこまで気にならない。事実の羅列でしかないからな。気になったとしても、表に出さない修行はしているがな。前世では本当に色々あった。


 しかし……死んだらどうなるの、か。それは俺が知る現代でも解明されていなかった。

 だが一方で、確かにこの問いは俺にしか答えられないだろう。何せ、死後に神様を名乗るやつに会って、原始時代に転生させられた俺だ。それがすべての生命に当てはまるかはわからないが、少なくともそういう可能性はある……はず。

 この間俺がありがたがられるようになった辺りで、アルブスも神様のような概念を持ちつつあることはわかっているから、こういう概念も一応説明できるかな?


「……死ぬと、その人の身体から魂が出て空に行くんだ。魂っていうのはその人の身体を動かしているもの……かな。空まで行ったら、魂は神様に迎えられる。神様ってのは地面とか、火とか、動物とか、それに俺たちとか、そういうのを作ったすごい存在で……」


 この世界にはまだ芽生えてすらいない概念をできる限り噛み砕いて説明しながら、輪廻転生について語る。

 ただでさえ存在しないものを語っているのに、日本語を多く盛り込んだために話はなかなか進まず、一通り話し終えた時には蓋は完成していた。


「……よくわからないや。でも、なんとなくわかった気もする」

「俺もだ。何というか……こう……いつか、ずっとずっと先に、また会えるかもしれない、ということでいいんだよな?」

「大体ね。その時は前のことはお互い覚えていないけど、もっとずっと深いところではわかっているはずなんだ。兄貴と義姉さんも、もしかしたら前の人生で一緒だったのかもな」

「……じゃあ、もしわたしがお腹の子と一緒に死んでも、またいつか」

「サテラ!」


 不穏なことを言いかけた義姉さんの言葉を遮って、兄貴は彼女の小さな身体を抱き寄せた。そんなことは聞きたくない、言わせないという意思が見て取れる。


 やはり二人とも不安なんだろうな。あんな壮絶な死産を見てしまった後だ。それが次に自分たちに降りかかるかもしれないと思ったら、落ち着いてなどいられないだろう。

 あんなに力が強くて頼りになる兄貴の身体が、やけに小さく見えた。ましてや、その腕の中で震えている義姉さんの姿は、見た目もあって本当に子供のように見える。二人とも名前的には強いはずだが、やはり大切な人との永遠の別れとなると、そんなことは関係ないのだろう。サピエンスではなくとも、人であるなら。


 そんな二人に、何かしてやりたいと思う。ただでさえ世話になりっぱなしなのに、最近の俺はちゃっかり兄貴の家に住ませてもらっているのだ。できることはしてやりたいと思うけれど……。


 俺は前世で、物心ついてから心が折れるまでの時間をかなりの勉強に費やしたが、もともと不出来だった俺は広く浅くが精いっぱいだ。中でも出産や子供関係とは縁がなかったから、これらに関してはまったくの門外漢だ。

 恋人がいたことはあったので、その時期にちょっとした夢を見て結構調べてはいたけれども。それでも調べた期間は短いし、テレビやネットで見た知識がせいぜいだから、医者のような活躍などできるはずもない。

 育児書なども買い込んで、もっと勉強していればよかったが……まさか原始時代に転生するなんて、当時は思ってもみなかったからな……。


 だから俺にできることと言えば、少しでも環境を改善することくらいか。他の要素を向上させることができれば、それに紐づいて出産の成功率もきっと上がるはずだ。せめて中世くらいにまでは引き上げてやりたい……。


「……もしかして、俺はこのためにこの時代に飛ばされたのか?」


 やるせない気持ちに包まれながら、俺は誰にも聞こえないようにひとりごちた。


 空を仰ぐも、返事は来ない。来るはずがない。ここで来るなら、とっくの昔に答えを聞けているだろう。

 だが、今日はそのノーリアクションが、なんだか肯定に感じられた。気のせいかもしれないけども、そんなふうに思えた。


 日々を生きていくのに精いっぱいなこの時代で、大それた目的だよ。我ながら。

 エリートたちを見返してやりたくて、もっと認められたくて、でもできなくて挫折した俺が掲げるには、おこがましいかもしれない。努力しないでちやほやされたいと願った男には、あまりにも分不相応かもしれない。


 しかし……掲げるだけならタダだ。だからいいじゃないか。


 やってやるよ。ホモ・アルブスを、歴史の主役としてプロデュースしてやろうじゃないか! 夢は大きく、超古代文明でも目指してみるかな!?

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