神の部屋の喩え (設定を先に知りたい人向け)

 神の部屋の喩え。

 それは西暦後の新時代をこのざまにしてしまった論外次元エクスディメンションの基礎理論、中でも初歩的な概念だ。


 何もない部屋で、一人の子供がいるとしよう。彼は、我々に神と呼ばれる存在だ。

 時間の概念もないただの部屋で、子供はある日、急に何かを作ろうと閃いた。

 そう思い、子供は嬉々とペンを手に取って一つの点を描くことにした。

 神の指先で描かれた一つの点。それが第零次元。世界という概念の始まりだ。

 その点を、子供は無数に描いてはそれらを繋ぎ合わせる。すると、点が線を成す。

 それが第一次元、世界という概念の骨組みの完成。

 さらに線を一本一本くっつけるように並べると、無数の線が一つの平面を作り上げる。

 第二次元――第一次元の線が無数に繋ぎ合わされて生み出した、立体の概念がない世界だ。


 しかし、それだけでも物足りなくて、子供は創作を続けていくことにした。

 同じやり方で、無数の平面を描いてはそれらをくっつけるように積み重ねていく。すると、平面が立方体を作り上げた。

 我々が第三次元と呼ぶ概念。「空間」の形成だ。

 ここで、上下左右、重力、高さなどの概念が初めて生まれた。

 作り上げた立方体を前にして、子供は軽く手を上げて指先で立方体を突くと、立方体が最初からそうであったように、一つの点になった。

 その点をまた無数に描いては繋ぎ合わせる。すると、「空間」という点で描いた新しい線が生まれた。

 空間を点と見做し描いた線。それが時間軸。第四次元だ。

 ここで、時間の概念が生まれた。空間の点で描いた時間の線は旧時代の人類が認知できる世界の構造だ。線を前に進むと時間が進み、逆戻りすると過去に戻れる。線の上を自在に移動できれば、時間旅行さえ可能となるのだ。


 さて、時間の線を描いた子供だが、彼はまだ物足りず、今度はまた同じやり方で無数の線を作ってはそれらを平面に並べていく。

 すると誕生したのは、時間軸を並べて作った平面、第五次元。――時間平面、あるいは平行世界パラレルワールドと呼ばれるものだ。

 ここで、異世界、歴史転換期、暗黒物質ダークマター、ワームホール……物理に似ても似つかない、どちらかというとSFよりの数多な理論が、ここで初めて確立した。


 その無数の時間軸で作った平面を、子供がさらに積み重ねる。

 そこで生まれたのは無数の時間平面からなる立方体、すなわち第六次元。

 それは「時間の立体」という概念の現れ。あるいは、立体平行世界、多相互作用世界。

 ここで、多元宇宙論が誕生し、法則自体が異なる宇宙が生まれた。そして同時に、ここは人類が辛うじて裏付けのないただの推測で認知しうる最高の次元だ。


 しかし、子供にとって、これはあくまで創作の一部であり、終着点ではない。

 子供は、目の前の立方体を見つめて、手を翳してはまたそれを点に変えたのだ。

 そして、点を無数に作っては線を描く。線を無数に描いては平面を作る。平面を作っては重ねて立方体にする。

 最後、また立方体を点に戻す。そしてまた、一つのループの始まり。

 子供は誰も何もない部屋で、ただそれだけの作業を延々と続いていく。

 科学者がどう考えようが、作家がどう思いを馳せようか、宗教学者がどう解釈しようが、人類の想像力が触れる限界は、子供の創作の速度に追い付くことはない。


 子供は今もまた捜索を続けているのだろうか。それとも、しばらく休憩に入っているのだろうか。あるいは、この創作にはすでに飽きて、また何か新しいものを始めたのだろうか。

 作品の中、それもたかが第四次元を生きている人類には、どう足掻いても考え出せる答えなどどこにもない問題ばかりだ。

 しかし、断言できることは一つある。

 子供が作り上げた「次元」という名の作品の中、すべての次元はお互いに影響し合っているのだ。――それはつまり、世界にあるあらゆるものは、次元の影響からは逃れない。

 例えば、今適当に時間軸を引けば、その時間軸を生きる住民にとって、それは空間全体の振動という恐ろしい現象の原因となる。また、引かれた時間軸の属する時間平面もまた、その余波で揺れて、ほかの時間軸にそれなりの影響が及ぶ。

 次元が構築した世界で生きている以上、次元による影響は避けられないのだ。たとえそれが人類じゃないほかの生命体か、鬼神、運命、オカルト、魔法など根拠がないと言われてきたものであっても同じ。


 さて、では、創作に専念する子供の話に戻そう。

 神と仮定された子供が作った世界で、我々は生きている。次元はお互い影響し合い、この世界のあらゆる現象を生み出す。

 なるほど、シンプルな話だ。

 しかし、我々も、それと子供も、一つ大事なことを忘れた。

「神の部屋」だ。

 ――子供のいる「部屋」。あの作品がどう変化しても子供が何を考えても、すべてに影響を与えている部屋。それはいったいどんな存在なんだ。


 この問題について、第三次世界大戦が発生した直後、各国が核兵器以上の新時代兵器を手に入れるため、研究を始めた。

 そして、西暦二〇四五年。

 ともすると終わることはないと思われた研究の末、人類はようやく、今まで考えたことのない次元についての仮説を立てた。

 それはあらゆる次元に影響を与える、絶対の最上位概念。

 運命、奇跡、科学、妖怪、魔法……過去では不可解と言われた現象や存在も、全部この最上位概念の変化が出した結果だと分かった。

 子供の作品凡ての次元を凌駕する絶対的な概念――子供が創作をしている部屋。

 この時代では、人々はその絶対的概念をこう呼び習わす。


 ――論外次元エクスディメンション

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