第三章 シャインレンジャーの危機

第9話 待ってるよ

 シャインレンジャー本隊に、いつもの朝が訪れる。


拓三たくぞうさんは今日から有休ですね」

 千陽ちはるはそう言って携帯を置いた。

『はい。そう登録されています』

「ご実家に帰るとか。お盆だから……でしょうか?」

「いや、知り合いの命日なんだってさ。それで毎年この時期に帰るんだ」

「あ……そうだったんですね」

「気を引き締めねばならんな。何かあれば、拓三無しで対処することになる」


 ニーゴスを無力化した今でも、たまに街に小さな怪物が現れては人々を襲う。油断はできない。

 そして、一つ分かっていることがある。これは照彦てるひこ率いる情報部の掴んだ信頼性の高い情報なのだが、次に怪人が現れるならば、それは幹部格の一人であるヨルベである可能性が高いらしい。


 だが今日この段階では、そういった諸々のトラブルは報告されていない。平和に一日が始まろうとしていた。


「では今日のメニューは……」


 千陽が予定をチェックしようとしたところで、陽気な声が割って入った。


「ほーい。元気にやっとうか? 今日は久々にうちが見たるで~」


 恒輝こうきが振り向くと、蛍光ピンクのシャツに身を包んだ風玲亜フレアが入り口に立っていた。


「ここのところグレーにかかりっきりやったからな。あんたらの面倒もちゃんと見たらな……って何や、拓三は遅刻か」

「休みです」

「間の悪いやっちゃな。まあええ、あんたらアップして来んさい」

「ラジャー」


 本隊員たちはきびきびと動き出した。

 入念なストレッチ。軽いランニング。やがて、冷房の風が心地よく感じられるようになってきた。

 その様子をフレアは顎に手を当てて思案顔で眺めていた。隊員たちが整列すると、彼女は「ふーむ」と言った。


「千陽以外の二人は基礎力は付いとうが……」

「う、すみません……」

「千陽は魔道の強さに頼りすぎやねんな。戦い方も力任せで危なっかしい。こないだみたいに近接戦になったら不利や。そこんとこ、しばらく一人で鍛えてみい。後で見に行くさかいな。で……」

 フレアに視線を送られ、恒輝は背筋を伸ばした。

「基礎力あるお二人さんは……せやな、今日のところは、得意なんを伸ばす方針で行こか。まずは恒輝」

「はい」

「何がしたい?」

「……千陽は近接戦が不得手ということで……おれは、それがカバーできるようにしたいです」


 対ニーゴス戦の時のような連携を、いつでも披露できるようにしておきたかった。


「うん、それがええやろ」

 フレアも頷いた。

「ちょっと先に見たるさかい、星奈せいなは何するか考えつつ個人練な」

「ラジャ」

「ほんで恒輝はこっちや」


 恒輝は別室へ連れて行かれた。


「ひとまず、うちに攻撃してみ」

「うす」


 恒輝は素早く右足を繰り出し、フレアの脇腹を狙った。フレアには冷静に受けを取られたが、力の差でフレアの体勢が揺れたので、それを利用してもう一発蹴りを入れ、倒れたところでコアに向けて拳を打ち下ろし、寸前の所で止めてみせた。


「うん、悪くはないな」


 フレアは言い、恒輝の手を取って起き上がった。


「けどな、恒輝。それは人間用の技や」

「……! 人間、用」

「本隊入ってそんだけ経てば分かるやろ。あんたがこれから戦うんは、訓練で相手取った同僚でも、グレー時代にやっつけた小物でもない。悪の魔道で尋常でない力を身に着けた、怪人や」

「はい」

「これまでは明良あきらが主力やったさかいやっていけたけど、これからはちゃう。あんたが近接戦の主力や。これまでのようにはいけんで」

「はい!」

「それでや。バケモンの相手をするんにはコツがいる。まずは相手の力をうまく利用して、返り討ちにするのが基本やな……。ほれ、こうや。やってみい」


 恒輝はフレアの指示に従って、大いに汗を流した。

 技術が少しずつ、しかし着実に自分のものになっていくのを感じる。今日からのトレーニングは、非常に実りあるものになりそうだ。

 カラーおばさんと言えども、やはり彼女は熟練の戦士なのだった。


「……うし」


 やがてフレアが星奈の様子を見に行き、恒輝は気合いを入れ直した。

 やるべきことが定まってきた。だがこの練習を一人でやるのは難しい。恒輝は少し考えてから、休憩室へ向かった。


「ホワイト、少しいいか」

『はい』

「格闘の練習に付き合って欲しいのだが」

『ワタクシのノーマルフォルムのボディは格闘向きではありません。遠方から皆サンを支援するためのものですから。巨大化したら話は違いますが』

「ああ……そうか。それなら……仮想空間で、おれよりパワーのある敵を一匹出してはくれないだろうか? クオリティは低くて構わない」

「承知しました。少々お待ちいただけますか?」

「了解した」


 そんなわけで、仮想空間に妙に解像度の低い紫色のクマのような物体が出現した。

(相手の力を利用して……か)

 恒輝はグリーンに変身し、腰を落としてクマの出方を窺った。

 睨み合いののち、クマがドスドスと突進してきたので、グリーンはまずその鳩尾らしき場所に拳をめり込ませてみた。クマがオエッとなった隙に背後に回り込み、クマの体重移動に乗っかる形で、クルリと一回転させて地面に叩きつける——つもりだったのだが、気づけばグリーンはクマの巨体の下敷きになっていた。


「うーむ……」

 まだまだ要練習である。地道な反復練習が大事だ。

 口角がひとりでに、くいっと上がった。

 壁は、高ければ高いほど、攻略のし甲斐があるというものだ。そしてその分、強くなれる。


 いつ出動要請が来てもいいようにちょくちょく休憩をとりながら、グリーンは何度でもクマを相手取った。


 そして、二時間ほどが経過したころ。


 ぴろりん、と着信音が鳴った。

 グリーンは一旦変身を解き、息を整えた。そして、携帯を手に取った時、廊下の先のトレーニングルームから、


「あんのクソボケ……っ! ぶっ殺す!」


 という星奈の怒声が聞こえてきた。


「む……!?」


 恒輝は慌ててメールアプリを開いた。そこには、怪しげなアカウントからのメッセージが届いていた。


「みんなへ

 ヨルベ様に捕まっちゃった!

 ごめんね。

 駅前の広場に来てくれるかな??

 待ってるよ。

 拓三より」


「……」


 何度瞬きしても、字面は消えてはくれなかった。


「う……」


 恒輝はよろりと後ずさった。


「うおぉぉぉぉぉぉぉい! 拓三アイツ……何をやっているんだ!」


 バァン、と仮想空間部屋バーチャルルームのドアが開いた。


「恒輝、ホワイト、読んだか? 読んだな? 行くぞ、今すぐ!」

「星奈、落ち着け。これは何かの罠では……」

「だとしても行くんだよっ。連中が何か企んでるとしたら、ソッコーでぶっ潰すしかねぇだろ!」

「待て、とにかく千陽リーダーの判断を聞くべきだっ……」


 星奈は恒輝の腕を掴んで駆け出した。いつになく慌てた様子だ。


「チクショウ、あのスカポンタンのゴミムシビッチ!」

『それはどういう意味ですか、星奈サン』

「ただの罵詈雑言だ……要するに星奈コイツは怒り狂っているということだ」

『なるほど』

「千陽っ、二人とも連れて来たぞ! 早く行こう!」

「あ……」


 千陽も、星奈の剣幕に目を回しているようだった。


「もちろん、即刻出動します。ヘリポートへ急ぎましょう」

「ッシャア!!」

「作戦を、移動中に考えますからね。星奈さん、どうか落ち着いて!」

「あんにゃろうめ蜂の巣にしてやらぁ!」

「星奈さんっ……!」


 三人と一体は飛び込むようにしてヘリコプターに転がり込み、グレーの操縦で飛び立った。


拓三あいつはどこまで〈魅了〉されちまってんだ?」

 星奈は、今にも唸り出しそうな形相で言った。

「もう手遅れかもしれねー……! クソッ」

『冷静になる必要がありますよ、星奈サン』

「ああ、分かってる。分かってるんだが……」

 ふう、と星奈は息をついた。

「悪ぃ、取り乱した」

「構わない。それよりも、今のうちに変身しておこう」

「それがいいですね。気合いを入れ直しましょう」


 やがて、窓外に駅前の光景が映し出された。

 何やら、異様な状況だ。

 大勢の一般男性たちが、直立不動で整然と並んでいる。ざっと数えて二百から三百人ほど。中にはシャイングレーもちらほらと混ざっている——今日は運悪く、近くを警備する女性グレーはいなかったらしい。

 その先頭に一人立ち、鞭をもてあそぶ者がいる。遠目にもはっきりと識別できる——紛れもない、悪の組織のナンバーツー、怪人ヨルベだ。


「行きましょう!」

 レッドの合図で、レンジャーたちはヘリコプターから身を投げ出した。

「はあーっ!」

 グリーンは、ヨルベの頭部を狙って降り立つつもりだったが、ひょいっと優雅に躱されて、あえなく空振りに終わった。後ろでは、ブルーとホワイトがストンと着地する音と、レッドがベシャッと落下する音がした。

「痛い……」

「しっかりしろ、レッド」

「ごめんなさい、ブルー」

『大丈夫ですか?』

「ええ、スーツが衝撃を逃がしてくれますから……」


 改めて、レンジャーたちはヨルベと対峙した。


 露出度の高い服装に網タイツ。ショッキングピンクのロングヘアー。蛇のようにぎょろりとした眼球に、病人と見紛う真っ白な肌、濃紫の唇。四肢にはスパンコールのような、銀色に光る鱗。

 そしてその横に大人しく控えているのは……


「拓三!」


 拓三はグリーンに視線を向け、ちらりと笑った。


「何でそこにいるんだ。説明してくれ」


 グリーンは頼んだが、拓三は静かに笑みを浮かべるだけで何も言わない。


「おい、何か言ってくれ。もしかしてもう、洗脳されてしまったのか?」


「うふん」

 と、なまめかしい声がした。

 ヨルベに、ニタァと笑顔を向けられて、グリーンの背筋は凍った。


「遅かったわね、レンジャーたち」


 甘ったるい声に、体中がぞわぞわする。

 ヨルベは拓三の首筋に腕を回した。


「もうこの子は完全に、あたくしの魅了の魔道に屈したわ。タクゾーちゃんは、今日からあたくしの手足として、悪の組織に加入するのよ」


 そしてヨルベは、既に勝敗が決したかのように高笑いした。


 そんな、とグリーンは言おうとしたが、声にならなかった。

 馬鹿な。おれたちの仲間が、こんな目に遭っていいはずがない。


「わああああ!」

 つい先ほどまでじっと黙っていたブルーは、胸の奥から灼けつくような声で喚いた。

「あんたはあたしから、どんだけ奪うつもり!? 一度ならず二度までも、隊員に手を出しやがって! そいつはあたしらの仲間なんだ、返せっ!」


 敵意を剥き出しにしたブルーの叫びを気にする様子もなく、ヨルベは嬉しそうに体をくねらせた。


「だってぇ、一匹目はアナタのせいで使い物にならなかったんだもの、仕方ないでしょう?」

「何だと……!」

「さあ、これから面白いものを見せてもらうわよん。タクゾーちゃん、やっておしまいなさい」

「いいよー」


 拓三は余裕綽々の態度で、てくてくと歩み寄ってきた。グリーンは及び腰になった。同士討ちなどごめんこうむりたい。


 しかし——


(む? こいつ……)


 “悪の魔道”を感じない。

 拓三の魔道は、どう見ても、“勇気の魔道”のそれだ。

 グリーンはひとまず安心した。

 まだ大丈夫だ。希望がある。

 この場を凌げば、拓三はきっとこちらに戻ってこられる。


 それはさておき。

(“勇気の魔道”同士で、どうやって戦う……?)


 困惑している間にも、拓三はこちらへ近づいてくる。

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