第24話

〈香港街景〉


 天主教聖母無原罪主教座堂(Cathedral of the Immaculate Conception)を出たエラとタイセイは、中環(セントラル)駅に戻ると、地下鉄MTR荃湾(Tsuen Wan)線で旺角(Mong Kok)駅へ。香港島から九龍へと渡った。


 ふたりは、花園街で、中華文化色満載のカラフルなTシャツ、シャツ、セーター、パンツ、コート、イブニングドレス、ネグリジェ、子供服、アクセサリー、雑貨、靴、タオル、シーツ、カーテン、古着、下着・・・などなどに首まで埋もれてはしゃぎまわった。

 花園街からすぐ西隣の道へと歩みを進めると、そこは通菜街。通称金魚街といわれている人気スポットだ。

華やかな色彩をまとう大勢の金魚たち。それが、ビニール袋に入れられて、店の軒先一杯に吊るされている。エラが驚きの声を発した。


「なんて金魚ショップが多いんでしょう…綺麗ですけどびっくり」

「ああ、いかに多くの香港人が金魚を飼っているのかがよくわかるね」

「そういえば、私の働いている家でも金魚が泳いでいるわ」

「香港では自宅だけでなくオフィスでも、玄関を入るといきなり巨大な水槽がおいてあったりするらしいね」

「単なる家の飾りとは思えない…なにか意味があるのかしら…縁起がいいとか…」

「金魚がお金を呼ぶと思われているんだよ…だから」


 しかし、タイセイの解説も最後まで耳に届く間もなく、さっそくスケッチを始めるエラ。夢中になるあまり、いつまでたっても動く気配がない。しばらくそんなエラを眺めていたタイセイだったが、いよいよ我慢の限界。


「エラ、金魚たちのスケッチはここまで。次へ行くぞ」

「あっ、まって…もうすこし…」


 タイセイは路上に座り込むエラを無理やり担ぎ上げて、地下鉄に乗せ、尖沙咀站(Tsim Sha Tsui Station)へ。


 今度は、ザ・ペニンシュラ香港(香港半島酒店)の入口へ到着。だが、エラは風呂を嫌がる猫同然に、街灯にしがみついて離れない。


「どうして?…たくさん美しいもの、楽しいものを見たいのだろ?ここのザ・ロビー(The Lobby)で、クラシック音楽の生演奏をバックでいただくアフタヌーン・ティーは、最高らしいよ」

「だからと言って…私だって一応女です…女はTPOを大切にする生き物なのです」


 動くもんかと、さらに歯を食いしばって街灯にしがみつくエラ。

 

「どういうこと?」

「今の私の恰好では…このホテルに入ることなんて、到底できません」


 憮然とするエラ。


「なぁんだ、そういうこと…」


 タイセイはホテルを諦めて、エラを道向かいのそごうデパート・ロンシャンショップへ(Longchamp - SOGO Ladies TST)へ導く。


 ロンシャンのパリプレタポルテを前にして、タイセイは、気に入ったものを選んでとエラに言う。しかし、こんな店に来たこともない彼女は驚きのあまりフリーズするしかない。 仕方がないので、タイセイ自ら指示を出し、片っ端から試着させた。ザ・ペニンシュラ香港でアフタヌーン・ティーする女性にふさわしい服とは…。


 それから30分後、ザ・ペニンシュラ香港のザ・ロビーに、クラシカルなイスに腰を掛けているエラの姿を見ることができた。

 エラは初めて足を踏み入れた環境に茫然としているものの、その身にはタイセイのセンスで選んだドレス(ノースリーブのワンピース)とおしゃれなサンダルをまとっていた。

もともとフィリピーナは足が細い。多少肌の色がブラウンでも、痩身で上背のあるエラには、パリのプレタポルテが良く似合った。


 ティーセットやスイーツがテーブルに運ばれてくると、ようやく我に返ったエラはティーポットを優雅に扱って、タイセイにお茶をサーブした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る