閃炎輝術師ルーチェ! ‒ Flame Shiner Luce ‒

すこみ

第1章 旅立ち 編 - girl meets boy -

1 めざめの時

 炎が全てを包んでいた。


 城が、街路が、民家が燃える。

 何もかもが人々の思いと共に崩れ落ちていく。

 休日は人で賑わっていた商店街は人々の悲鳴で満ちていた。

 百年以上も街を見守り続けた時計塔が轟音とともにあっけなく瓦解した。


 昨日までの栄華が嘘のように全てが灰に変わる。

 崩れ落ちる建物の間をエヴィル異界の魔物達が我が物顔で闊歩する。

 漆黒の翼を持った妖魔が空を覆い異形の魔獣が路地を跋扈する。

 神にそむく邪悪な生命が瞬く間に平和な街を地獄へと変えていく。


 妖魔が死人のような色の腕を振り上げれば虚空に雷の塊が生まれる。

 魔獣が鋭い爪を振り下ろせば肉が裂け鮮血が飛び散る。

 耳を塞ぎたくなるような悲鳴が響き渡る。


 突如として破壊された日常に、誰もが恐怖と絶望に沈んでいた。

 武器を持ち必死の抵抗を続ける者も体と心は次第に蝕まれていった。

 刻一刻と忍び寄る死の影に、痛みに、恐怖に。

 そして、諦めに。

 

 しかし希望は残っていた。


 逃げ惑う人の流れに逆らうように杖を手にした女性が凜と立っている。

 腰まで流れる淡いピーチブロンド桃色の髪

 身に纏うのは赤と黒の術師服。


 少女が杖を振り上げた。


 粒のような輝きが爆発的に広がってゆく。

 眩いばかりの光が姿を変えて心の鏡に反射する。

 それは赤く、紅い、全てを焼き尽くす炎。


 身体の奥底が熱を帯びてゆく。

 イメージの炎が形を成し出口を求めて駆け巡る。

 今や身体は導火線に火のついた炸裂弾。


 迸る力の奔流に行き場を与えるように少女は――『あたし』は杖を突き出した。

 食らえ、魔物共!


 迸る光。熱の奔流。轟く轟音。

 異界の魔物達が爆炎に包まれ塵も残さず消えていく。


 周囲にいた街の人たちが歓声を上げた。

 エヴィルを容易く粉砕した私を讃える声が反響する。

 聖少女様だ! 聖少女様が来て下さった!


 私の隣では一人の青年が剣を振るっていた。

 全身を淡い燐光で包まれた若い剣士。

 彼は常人離れした速度と技で周囲のエヴィルを次々と斬り倒していく。


 ふと彼と視線が合った。

 彼は私を見てからかうような笑みを浮かべる。

 ええ、言いたいことはわかっていますよ。

 『聖少女』なんて称号は私に似合わないって言いたいんでしょう。

 奴隷輝士どれいきしのくせに生意気なヤツ。

 その力は誰が与えてあげたと思ってるのかしら。


 まあ自分でも自覚しているわ。

 だから私は自分でこう名乗る。

 さらに大挙して襲いかかってくるエヴィルどもに向かって杖を突きつけ、高らかに名乗りを上げた。


「我は閃炎輝術師フレイムシャイナー! 異界の魔物共よ、どこからでも掛かってきなさい!」




   ※


 ぱこん。


 軽い音と衝撃が頭を揺らした。

 目を開いて顔を上げる。

 ひりひりとする後頭部をさすって視界を妨げる髪を掻き分ける。


 ぼんやりとした視界が少しずつクリアになっていく。

 大きい部屋。窓からやわらかい日差しが差し込み室内を明るく照らしている。

 正面には難解な古代語がびっしりと書かれた黒い板。

 辺りにはたくさんの机が並べられたくさんの人がこっちを見て笑っている。


 …………?

 えっと……ここはどこ? 


 どういうことだろ。記憶が曖昧だよ。

 さっきまで大変なことをしていた気がするんだけど……


 思い出した。

 私は戦ってたんだ。へんなキモチワルイばけものと。

 鋭い爪を持ってて鋭い目で睨んでくる異形の生物『エヴィル』


 私が炎の輝術きじゅつを使うとやつらは全身が焼けただれ、またたく間に塵に帰っていった。

 うっ、思い出したら気持ち悪くなってきた。


 えっと、そんな風にがんばって戦ってたんだけど。

 たぶん私は背後から攻撃をくらって気を失ったんだと思う。

 そう不意打ちをくらって……


 そこから記憶が途切れてるよ。

 どうやら私は気絶してその間にどこか別の場所に運ばれたみたい。


 状況を整理してみよう。

 手を開く、閉じる。動く。足……ある。ちゃんとついてる。

 大丈夫、私はしんでない。


 周囲の状況を確認。

 広い部屋だね。正面には……古代語かな、難解な言語で文章が書かれてる黒い板がある。


 部屋の中には机が並んでいる。

 机の数と同じだけ楽しそうに――というよりおかしそうに笑う少女たちがいる。

 みんなが同じ服装に身を包んで、こちらを見ながらにやにやと。

 エヴィルなんかどこにも……


「授業中のヒーローごっこはさぞ気持ちよかったでしょうね。ルーチェさん」


 いた。

 世にも恐ろしい形相で私を見下ろすのは銀縁眼鏡をかけた中年女の姿をしたエヴィル。

 人間に近い姿だからおそらくは通常のエヴィルよりもレベルの高い種族だと思う。

 全身から漂う禍々しい邪気。

 それは異形の魔獣と同等以上の敵であることを雄弁に物語っていた。

 震え上がるほどの恐ろしい威圧感。

 人間の姿をしていても邪悪な本性は隠せない。


 おのれ、ばけものめ! 

 不意打ちだけじゃなく人間の姿で私をあざむくつもりか!


 ふふふっ。けれどそんなこざいくはこの私に通用しないわよ。

 幸い気絶している間に体力は回復している。

 体の節々が痛むけれど動けないほどのダメージは残っていない。


 すぐに私をコロさなかったことを後悔させてやる!

 私は目を瞑り心にイグのイメージを描く。

 暗闇に炎が浮かび上がるのがはっきりと見えた。

 重ねた両手を突き出して敵に向かってイメージを具現化させ、放つ!


「くらえエヴィルめっ! いぐっ、いぐっ!」


 ……つもりだった。


「誰がエヴィルですかっ!」


 ばこん、ばこん。

 エヴィルの鋭い連撃が私の頭を襲う!


「うう……いたい」


 な、なんてことをするのかっ!

 いくら邪悪なエヴィルでも教科書の角で叩くなんてあまりにも酷…… 


 教科書?

 痛さと共に目が覚めるように急速に意識が覚醒する。

 ……目が覚めるように。

 さーっ。

 顔から血の気が引いていくのがよくわかった。


 さあ、もう一度状況を確認してみようね。

 正面にあるのは必修科目である南部古代語の文章がびっしりと書かれた黒板。

 純白のブラウスと若草色のスカートの制服に身を包むのは学園の学生たち。

 教室に並べられているのは木の勉強机で、私の机の上にはやはり古代語がびっしりと書かれた教科書とよだれのしみ以外は真っ白なノートが開かれている。

 後ろを見なくてもロッカーが並んでいることは知っている。


 わたしの名前はルーチェ。

 南フィリア学園に通う十七歳の女の子。

 いたってを送っている普通の女子学生です。


「あ、あの先生?」

「なんですか?」


 腕を組んで私を見下ろす人型妖魔のエヴィル――

 ではもちろんなくて先日四十代の大台に乗ったばかりの古代語の教師コペルタ女史。

 せんせいの眉間はぴくぴくと小刻みに震えていた。


 ……かなり怒ってますね?

 イヤな汗がたらりと頬を伝う。


「私、寝てる間になにか変なこと言ってました?」


 先生は大げさに肩をすくめると、これ見よがしに大声で言った。


「ええ、そりゃもう! 『私の攻撃を食らえ魔物共め!』とか『ドレイキシのくせにナマイキ!』とか『我はフレイムシャイナ-どこからでも』」

「わーっ!」


 わーっ! わーっ!

 なにを、なにをなにをっ!

 慌てて先生の口を押さえようとして外見に似合わない俊敏な動作でかわされた。

 しかも丸めた教科書でカウンター攻撃をくらう。

 ぽかん。いたい。


「寝言を聞かれたくないなら居眠りなんかするんじゃありません。聞いているこっちが恥かしいんですから」

「あっ、あっ、あーっ」


 私が頭を抱えて蹲るとはじかれたように教室に爆笑の渦が巻き起こった。

 机に突っ伏し耳をふさいでも笑い声は聞こえてくる。顔から火が出そうだ!


「ともかく、居眠りの罰として明日までに教科書の五十二ページから六十ページの訳を原文と一緒にレポートに纏めて提出すること。いいですね」

「うわ、うわぁ」

「皆もいつまでも笑っていないで授業に戻ります!」


 先生が注意をしても教室の笑い声はしばらく止みそうにない。

 このあと私は授業が終わるまで顔を上げることができませんでした……

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