市場リサーチは幸せな時間です

 私が通うこの学園にはしよみんとうがちゃんとある。

 いわゆる、貴族ではないが商家の子供やいつぱんてきに能力の高い生徒が通う場所で、貴族棟とは別になっている。

 ゆいいついつしよなのは学食だ。

 それでも、学食の広いスペースの半分以上が貴族用のスペースで、庶民用のスペースはたるものだった。

 貴族用のテーブルは丸テーブルでとうかんかくに置かれてあり、私からすればなスペースが多いように思える。

 対して庶民用のテーブルは長くれいに並べられた大衆食堂のようになっている。

 かたうようなきよすわるのがいやな人は中庭などで食べているらしい。

 ちなみに、庶民棟の中庭と貴族棟の中庭は別物だったりする。

 この格差が私はきらいだった。

 私にとって庶民はかねづる……もとい、研究対象だからだ。

 私が開発するのは庶民の生活に必要な物、便利に時短できる物、安くてわいい物、安くてしい物に限られている。

 それって庶民のみなさまをリサーチしなければ、開発し得ない物なのである。

 だからこそ、私はできるだけ庶民の皆様という名の消費者様の意見が聞きたいのだ。

 そこで、私がよくするのは学食の庶民用のスペースと貴族用のスペースのギリギリの席に座ることだった。

 庶民の皆様のトレンド話なんて大好物だ。

 まあ、庶民の皆様は私がこわいのかあまり近くの席に座ってはくれないのだけれど。

 混んでしまえば座らざるをえないのがみそだ!

「ノ、ノッガー様!」

 庶民棟の女の子にはじめて声をかけられた。

 彼女は確か、ワイン製造をしている家のむすめのルナールさん。

 庶民棟の中でも一、二を争うほどのおしやさんと有名な子だ。

 うれしい!

 私は手をひざの上に置いてやさしく見えるようにがおを作った。

「何かしら?」

「……あ、あの」

 精一杯の笑顔なのに怖く見えるのか、周りがシーンと静まりかえったが、私は気にせずルナールさんを見つめた。

「はい」

「あの……そのくつ、最近下町でってる靴じゃないですか? 庶民と一緒……あ、庶民と一緒だなんて失礼なこと言ってごめんなさい!」

 彼女が言ったのは私が店に来る若い女性の話をぬすみ聞きして作った靴だった。

 私は自分のいている靴を見てから彼女に笑ってみせた。

「この靴ってらしいですわよね。履きごこもいいですし」

 私の言葉に彼女はパァーっとひとみかがやかせる。

「私も持ってるんです!」

「嬉しい! この靴うちの新商品なんですの!」

「えっ? ってことは、庶民人気ナンバーワンのブランド『アリアド』はノッガー様のお店なんですか?」

 彼女がおどろいた顔をした。

「ええ。ちなみに、今はこの赤茶色しかないのだけれど何色なら貴女あなたは買うかしら?」

「えっ? あの、えっと、い青もいいし今の季節なら黄色も可愛いかも?」

 私はポケットから手帳を取り出すと彼女の言った色を書き取り、満足げに言った。

「この色の靴を作ってくるので、また意見を聞かせていただける?」

「も、もちろん!」

「あ、あの! それって新作を一番に見せてもらえるってことですか?」

 ちがう女の子が私に聞いてきた。

 彼女は貿易船の副船長の娘、グリンティアさん。

 ルナールさんの親友にして、庶民棟一の美人さんである。

 私はけいかいされないように満面の笑みでうなずいた。

「私も参加していいですか?」

「ええ! 貴女は何色がいいと思う?」

「断然、モスグリーンです」

 私は頷きながらメモした。

 なんということでしょう! ものすごいしゆうかく! 庶民棟の皆様がお金の……じゃなくて商品開発の手助けをしてくれます!

 幸せです!

「ユリアス」

 その時、私の名前を呼びながらあわてたように近づいてきたのは王子殿でんだった。

「ちょっといいか?」

 え~今じゆうじつした時間を過ごしているのに~。

 行きたくない……とりあえず無視していいだろうか? ……て、相手は王子殿下だ……ダメか。

「王子殿下が私なんかになんの用事があるのですか?」

「いいから予言書を持って来てくれ」

 王子殿下の顔色が悪い。

 小説のはじめの方には出てこないが、主人公が王子様と出会うシーンもちゃんとある。

 人通りの少ない裏庭に続くろうで転びそうになった主人公が王子様に支えられて助かるという出会いのシーンなのだが……。

 ああ、バナッシュさんが王子殿下にタックルでもしたのかしら?

 私が反応を返さないせいか王子殿下はあせったように言った。

「ユリアス、君は知ってたな」

「何をでしょうか?」

「例の人物が俺にせつしよくしてくることを知っていたよな? なぜだまっていた?」

 私は手帳をしまいながら満面の笑みを作った。

「だって、おもしろいでしょ?」

「面白いって、危うくキスする所だったぞ。……君はそういう人間か」

「ええ、私がご説明した話、身をもって信じていただけたでしょう?」

 私の笑顔に王子殿下は深いため息をついた。

 そして、かみを乱暴にきむしると呼吸を整えてゆっくりと言った。

「ちゃんと読むから持ってきてくれないか?」

「……わかりました。皆様、今日は貴重な時間をありがとうございました。今度は、私から話しかけてもよろしいかしら?」

 私は王子殿下が少し可哀想かわいそうになり、苦笑いをかべながら庶民棟の皆様の許可をとった。

 庶民棟の皆様が嬉しそうに頷いてくれたのを見て、私は頭を軽く下げるとその場を後にしたのだった。

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