わが宿のいささむら竹、言うてる場合ではない


 五月。ひとの顔を見れば「タケノコ、いる?」と聞いてばかりいる。なんとなれば、もし入用ならいくらでも差し上げようと思っているから、いやもう、入用でなくともスキあらば差し上げようと思っているからだ。


 山奥に嫁いで来た。我が家の裏は竹藪である。ひんやりとしたその空間に一歩足を踏み入れると、知らず思わず「京都嵯峨野に吹く風はー」と、アゼクラのCMソングを歌い出してしまうようなディスイズ竹林。裏だけでなく、東も西も前も全部竹藪である。平たく言うとわたしは竹藪の中に住んでいる。竹林の一凡人。凡人ならば御の字で愚人と言っても過言ではないのだが。


 竹林なので、当然タケノコが出る。かつてわたしにとってタケノコというのは春の珍味であった。珍味といったらあまりこう、もりもりと食べる類の食材ではない。ところがなんですか。嫁に来てわずか一年の間に、それまでの人生で摂取してきた総和を軽く凌駕する量のタケノコを食べ、以後毎年四月と五月はタケノコとの死闘を繰り広げている。文字通り、喰うか喰われるか、木の芽和えにしてこますかこちらが藪に埋没するかのデスマッチである。こちとら伊達や酔狂で掘っているのではない。遊びじゃないんだ! すべては我が家を竹藪にしないためである。 


 竹というのは恐ろしい植物で、毎年想像を絶するほどの飽くなきフロンティア精神を我々に見せつけてくる。家屋までほんの数センチというような場所にも頭を出すので、貴様、こんなところにまで、とわたしはギリギリ歯噛みをしながら倉庫へスコップを取りに行くのだ。


 「植物のくせに環境破壊と言われるほど生命力旺盛な竹たち」にまつわる諸々のことで丸一冊、『美女と竹林』なる爆笑随筆を書いたのは京大農学部時代に竹の研究をしていた森見登美彦であるが、ほんとうに竹の成長のはやさときたら油断ならないもので、ふと竹藪に目をやるとやたらに青い一筋がある。くそう、見逃した、とまたぞろ歯噛みをする瞬間である。やつらはあっという間に大人になる。断然色が違うので若いものはすぐにわかる。ああやられた仕損じた、とわかるのである。


 去年から義父が地元の組合を通して余剰タケノコを売るようになったので、以前のように胃袋の中が竹林化してパンダが湧いて中国が領有権を主張してくる危険性が生じる、というほどまでタケノコを食べることはなくなったが、それでも藪も何もない「普通のご家庭」と比べれば尋常でない量を摂取しているという事実に変わりはない。なにせ売りたくないくらい立派でおいしそうなタケノコが採れた場合はうちで食べてしまうし、売り物にならないタケノコもやはり我が家で食べる。わたしはケチでもったいながりの性質であるし、タケノコが珍味であった歴の方がまだ長いために、義父や義母のように長けてしまったタケノコや硬い地面から生えてきた見るからに筋の多そうなタケノコは容赦なく伐って捨てる、というような豪快さは備わっておらず、どんなところから出てきたタケノコでも掘ってかごに収め、少し成長しすぎた半竹のようなタケノコも穂先だけ切って持ち帰り、細く刻んで酒と醤油と鶏がらスープで煮〆てシナチクにしたり、ごま油で炒めてから甘酢と唐辛子で当座煮にしてしまう。その量がキロ単位。


 柿や梅や柚子などの「実もの」もそうなのだが、タケノコも大体一年交代でよく採れる年、採れない年が巡ってくる。豊年と裏年とである。今年は裏の方なので、豊年に比べれば採れた量は知れているが、かえって価格が落ちなかった。去年は豊年だったために出始めのわずか数日間を別にすればあとは一本あたりの価格も暴落の一途、よく採れるのはうちだけではなく近所もみなそうだから仕方ない。


 さあ、今年も孟宗竹はもう終わりだ。これからは淡竹が出る。もう出ている。今日も採った。五分で十本採った。そう、竹にも種類がある。そらそうやろ、と言われればそうなんだけれど、そんなこと思いもよらなかった。住んでみなければ分からない、やってみなければ知らなかった。時期をたがえて生えるのだ。まず孟宗、次が淡竹。うちは幸い、もはや幸いと言うが、孟宗の藪と淡竹の藪しかないのであと二週間もすればこの戦いも幕である。しかし淡竹のあとにはさらに真竹・黒竹といって、皮をお弁当の包みにしたりする種類の竹もある家にはあり、竹と住民との小競り合いは今しばらく続く。続く予定。そしてそれが毎年。

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