第4話 DEP-暗黒物質
息もかかるくらいの距離で睨みつけるシオルの瞳は、赤と青が入り混じった色をしている。その目でLEPとは何かと無理な質問をされてしまっている。
仕方なくワンは、その色を見て思い出したことを話しはじめた。
「赤い色に近いLEP達は、いっつも怒ったような勇猛な言葉を聞かせてくれます。何に向けて怒っているのかは、LEP研究者達の間でも意見はまばらです。逆に青い色をしているLEP子達は、さまざまな方式、理論などを語りかけてきます。化学式であったり、何かの方程式であったり」
ワンの言葉にシオルは興味深く耳を傾けていた。初めて聞く話だからだ。一息ついて言葉を切るワンに、その厳しい眼差しで急かす。もっと話せ、ということらしい。
「え、LEPと呼ばれるこれらは、もともとは雄株と雌株のような状態で自然発生した素体が結合しできたものです。その素体の主な構成は、ごくごく一般的な炭素系生命の構成でした」
素体とは?そう思ったが、それよりもその構成が分析されているという言葉に驚いた。であれば……。
「LEPとなった後の、この状態の構成分析はしたの?」
「光子が発見され、それとの親和性が発見されるまでの間に、その構成分析をしようとしたLEP学者達が数多くいたそうです。しかし……ある者は、重力子を用いた分析を試みて、施設ごと大地に呑まれたそうです。またある者は、電磁波による観測をしている最中に、搭乗した実験施設船が異常な暴走をはじめ、近くにあった恒星へと呑み込まれたこともあったそうです」
ワンのその言葉に、シオルがゴクリと唾を飲みこむのが見えた。只の分析だけでそれほどのリスクがあるの?でも素体というのは分析できたんでしょう?と、その目は聞いてきている。
「LENとなったLEPは、実はケイ素と同化しやすくなります。生命そのものともいえるLENが、何かほかの物質に同化するということは、それはつまりその同化した物質でできた生命が誕生すると言うことです」
LEP学者の目で、ワンはそう自信を持って言う。
「LEP、ライフ・エレメント・パーティクル、生命素子あるいは命素子。呼び方はいくつかありますが、それがいったい何なのかとこれまでのように物理や化学を極めてきた方法で挑めば、恐らくですが上手くいくことはありません。何故だかわかりますか?シオルさん」
ワンの物言いに気押されてなのか、シオルは少し下がると距離を開ける。
「物理や化学は、物言わぬものを相手にしてきた学問だからです。けれどLEPは違います。この子たちには意思があります」
つまり、LEPが嫌だと思うと周囲の設備に働きかけてとんでもない暴走をするということなのだろうか?そもそもそれを生命だとする定義はどこにある?そんな様々がシオルの頭の中を駆け巡っていた……。
意思がある、などと言われればもうシオルにはお手上げだ。なぜなら、シオルはその意思に触れられないからだ。LEP学者が言うLEPの声は、普通の者に聞くことはできない。それを聞くことができると認めらたから、LEP学者と成れるのだ。しかもその声を聞けるものは非常に稀な確率でしか生まれてこないと聞く。だからこそ奇跡の一つに挙げられていると言うのに。
そうした現実をよく知るシオルは、LEP学者という存在に対して憧れと嫉妬の混ざったような感情を抱いてきた。目の前のLEP学者についつい食って掛かってしまうのはそれだからだろう。
また、そうでなくても生来の生真面目さゆえに、筋の通らないことが許せない性質だ。客観的に見て誰もが是とすること以外の、独断的な裁量や独善的な行為に関しては、ついつい物申してしまいたくなる。LEPというものはまさにそれだろう。一部の稀な能力を持った者でなければ、その存在も意思も計り知れぬなど、シオルからしてみたら独断とも独善とも差別だとも言える。かじり倒したくなる気持ちはどうしようもない。
しかしそれと同時にシオルはその胸中を、自身のエゴだとも理解している。実際にLEPはそこにあるのだ。そうして結果的にそれを利用した様々な装置を利用して、私達は生活してきている。
自分のLEP学者に対する思いは、ないもの強請り、あるいは駄々っ子感情。その点は理解してはいる。
「検証できない事象であることは私にもわかるわ。けど……」
シオルは何か言い返そうと頑張ってみる、が、その後の言葉が見つからない。
「それは違います。検証は既にされてきています。僕やあなたが、ここにこうしていること。これが何よりも確かな検証の結果なのです」
いつもは一人称が『俺』か『私』のワンが、こういう時は必ず『僕』を使う。この言い回しはLEP学者が使いまわしている定型句のようだ。ここまで来る間も何度かその台詞を耳にしている。
そんなふうに考えてまた、シオルは苛々とする感情に呑まれそうになる。けれど、今度はなんとか堪えることができた。
◇
ワンはずっとシオルの反応を見ながら、槽の中から話しかけてくるLEP達からの忠告に耳を傾けていた。LEPからの忠告、これは既に実証され報告済みとなっているワンの研究成果なのだが、頭の固い古参のLEP学者達によって戒厳令とも言えるほどの制約が課せられ、詳しい話は一般の人にはできない。下手にLEP研究者以外に話せば、LEP学者としての資格を失うことになりかねない程の、大げさとも言える罰が設けられている。
槽の中のLEP達は、長年ワンに連れ添って旅をしてきた最後の一群れだ。彼らからの忠告は正しくワンにも伝わっている。
「ほんの少しだけ、正直な話をすれば……」
ワンはLEPからの忠告に従って、少しだけ本音を話すことに決めた。そうしなければいつまでもシオルが噛みついてきて作業が進まない。しかしLEP達はそんなシオルのことを気に入ってもいるようだ。この状況を囃し立てるように笑って見ている節もある。
「宙域の95.1%を占める、一般には未解明とされる物質エネルギーがありますよね?」
「え、ええ」
「それについて私がシオルさんから詳しい話を聞いたところで、正直チンプンカンプンだと思います。その素養になる基本的な知識や知恵が私の中にはないからです」
「ニュートラリーノなんかのフェルミ粒子に関してなら、たいして知識もいらないと思うわ」
「それは、シオルさんがそういう世界にたっぷりと属しているからじゃないでしょうか。ニュートラリーノって言われても私にはなんのことなんだか……。ニュートリノって言葉くらいなら聞いたことはありますけどね」
そう言って笑いながら頭を掻くワンを見て、槽の中でLEP達が喜んだように転げまわっている。ワンはそれを面白がって眺めた。
「星系にもよるのかもだけど、DEPと呼ばれている一括りの暗黒物質や暗黒エネルギーなら、どこの星系であっても気づけるものよ。仮に電磁波観測の方法でしか宇宙を覗き見る手立てがなかったとしても、そこにそれだけでは計測できない何かがあるって気づくものだわ。それがDEP、暗黒物質や暗黒エネルギーと私達も呼んでいるものよ」
「LEPも似たようなものなんです。そこに何かあるって人が感じとることができて、でも調べる手立てが見つからない存在。DEPの場合は存在している次元そのものが違いますからね。どうやったってその正体を捉えることなどできるわけがないのではと思います。LEPの場合は更に特殊ですからね、相手が正体を明かそうと思わないと、こちらからは何一つ手立てなどありませんから」
「まったくの別物だっていうの?DEPとLEPは?」
「ええ。物理学的に見ても、LEPが無くっても様々な物理法則は成り立っているのでしょう?けどDEPがそこに無いと、そもそも法則自体が破綻してしまうんじゃないですか?」
「それは……確かにそうなんだけど……」
「LENと光子から作りだされる莫大なエネルギーについても、高名な量子物理学のお偉いさんが何年も前に否定してそのままですよね」
「あれについては、確か他の量子との関わりによる効果だって決着がついていたわね。LENなどなくても同様のエネルギー量が得られて、それで決着になっていたような……」
「ですよねぇ。この船のメインブレインでもあるマザーについて、以前に物理学者さんを含む様々なお偉いさんたちが何と言ったか、予想がつきますか?」
「……非常に高度にプログラミングされた人工知能……」
「ご存知でしたか」
「ええ、まぁ……」
シオルが歯切れの悪い口調でそう答えると、ワンは笑顔で話をつづけた。
「つまり、LEPというものはそういうものなんです。LEP学会がこうして実施している辺縁への生命の流布にしても、中央の各学会は知らんふりです。たまたま、LEP学会が制作した様々な発明の恩恵があるから、こうして僕らも辺縁探索にでられますけど、本音のところでは『LEPなぞ、妄想の産物にすぎん!』って踏ん反り返って言い抜けますからね。そのくせ、辺縁探索でえられたデータや物資は我先にと奪い合うんですから。なんだろうなあって私なんかは思うんですよ。都合よく扱われてるなぁって」
「それに関しては……私もその、都合よく使おうとしてきた一人だから、あの、ごめんなさい……」
シオルがそう言ってシュンとなったのを見て、ワンが口調を変える。
「気にしないでください。そういうものだって、僕やLEP達も納得していますから」
「LEP達、も?」
「ええ。この子達は、自分が正体を現してもいいと思った相手にしか、その実在を証明しようとはしません。なのでしょうがないのです」
ワンの言葉に同意するかのように、槽の中でLEP達がまた瞬いて、流れるような光の渦が巻く。シオルもそれに気がついて声をあげる。
「すごい……。なんかこの光、私達の話を聞いているみたい……」
シオルの口から出た一言は、実はLEP学者になるための最初の関門を越える鍵なのだが、それも戒厳令的な制約の中に含まれているために、ワンは黙って頷いただけだった。
それで話は終わり、ワンとシオルは残った確認作業を手早く終えると、操船室に戻ることにした。
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