私は誰?

「古」の能力で作られたゲートをくぐった先。

 目の前には広い、それはそれはとてつもなく広い大地が広がっている。


 陽の光は大地に降り注ぎ、それを受け止める青々と茂る草木をそっと撫でるように一陣の風が舞い踊る。


 先程までの場所が嘘のように空気が澄んでいる。


 ああ、気になる事と言えば一つだけ、まぁ些細なことだ。

 これだけ広いなら問題は無いでしょう。うん。


 幻想的な大地の全てを全身に浴びるように、大きく深呼吸する。


 あぁ、ここはきっと天国だ。


 俺はゲートをくぐってうっかり死んじまったのだろうか……?


「ぉぉーぃ! ぉぉぉぉぉぉーーーぃ!! 」


 そうだ、きっとそうに違いない。


 ここは静かだ。

 ただ柔らかな風に揺れる草や木の擦れる音だけが聴こえる。


 風に流れる草原に手で触れながら、俺は大地を踏みしめる。


 懐かしの、小さな子供だった時を思い出す。

 かつての記憶を辿り、物影を探しながら草原を歩く。


「ぉぉおおおいい! もしもーし? おおおおいったら! ああ走るの辛すぎ! 身体あるとこんなんなの忘れてたわ!

 ヘイヘイヘイ!ヒタチ君! もしもーし? 」


 昔の茨城は、今とは違いどこに行っても田舎だった。


 当時はほとんど音のしない静かな夜に、遠く車の微かな音が聴こえたものだ。


 たまに暴走族も来てたけど。


 最近では採掘や都市化が進んでしまった茨城にはもう少なくなってきた自然に、懐かしさを感じざるを得ない。


「ちょっと! ちょっとヒタチ君! ここまで露骨に無視するなんて! かくなる上はバチ当てるよバチ! いや、現状半分バチみたいなもんか! 」


「それにしたっていくらなんでも酷くない? そりゃ色々ミスったよ? 酷いことしたよ? そこは謝るよ? でも選択肢がなかったのよ? 私も……あっ、多分これ次元ずれてるわ。えっと、これじゃ見えないね! うっかり☆」


「調節調節、えっと、聖地巡礼した時と同じ同じ〜ソイヤッ! 」


 あそこは地獄だ。

 まさに地獄だった。

 人の自由と尊厳があるようには思えない。


 なぜ公共の施設がほとんど無いのか

 人の暮らすような街ではない。


 あんな所に飛ばしたアムテリスに一言文句が言いたいね


「や! お疲れ様! 」


 一言……言いたいね……うん。そうだね。

 この声、今までは眩しすぎて直視出来たことはなかったけど、グラマラスな黒髪美人のモデルポーズをとったこの女性、間違うはずもなく。


「やっほ!アムテリスだよ!」


 でしょうね。


 知ってた。


 天国のような大地を堪能する俺の眼前に現れたのは、世界の未来を広げようと日々努力していた俺を突然あんな地獄に放り投げた張本人、アムテリスだった。


「あの」


「なんだい?何でも言いたまえよ!ここなら大体は叶えられるよ?」


「トイレどこですか?」


「えっ?」


「あの街、トイレどこにもなかったんですよ……」


 ◇◇◇


 夜間、ヨコハマエリアの住宅モジュールにて


「どうも、コントローラーズBクラス職員、ウィスティリアです」

「同じくコントローラズ所属、訓練生のストレプトカーパスです」


 家庭用端末には、コントローラーズ職員の2人の姿が立体投影されている。


「上位クラスの職員様ですか!?それに2人もいらっしゃるとは!これはこれは、いつものように不審者の通報でしたのに」


「いえ、良いのですよ、通報は義務ですし。

 今回は不審者が現れたとか。その、変態的な言動をしたり、すごく早く動いてたりしていませんでしたか? 」


「いえ! 管理部門のAクラス職員の方だったのですが……私は歴史について聴かれただけです。挙動も怪しく、端末を使いたくないとかなんとか」


「Aクラス職員が18時にその場にいた記録はない。監視カメラにもセンサーにも、アナタが一人で話しているようにしか見えませんでしたが……? 」


「そっ! そんな! 私は確かに話しましたよ! 本当です! もしかして、リベレーターではないのですか? 」


「確かにその可能性もありますね。アナタはスキャンの結果、健康、精神状態も良好、市民ポイントも非常に好成績となっていますね。報告義務を全うしたことにより確認が取れしだいポイントが配布されますので、よろしくお願いしますね。では、失礼します」


 端末の投影は消え、男はホッと安堵した。

 一日に上級職員と話す機会などそうそうないのだ。


 まさかただの通報で上級職員に繋がるとは……

 しかし、市民ポイントが貯まったのは幸運だった。

 ランクを上げてより良い生活を目指すのだ。


 ◇◇◇


『時間的に考えても、多分侵入者の彼だ……やっぱり検知できない能力も持ったリベレーターなのかなぁ』


 通信端末から席を立ち、ストレプトカーパスは神妙な面持ちで考え込んでいた。


「どうしたのカーパス? ほとんど話さないなんて」


「わっ!? いえ、あの、ティリア先輩……先程は失礼しました」


「大袈裟ね……いいのよ、今日は大変だったでしょ? 貴方は実践向きの適正持ちなんだから。

 大概のリベレーターなら何とかなるわ。自信を持ちなさい」


「ありがとうございます。でも先輩のウォッシュメント程じゃないですよ。高速移動能力に加えて、相手の死角にワープできるとか、それに細くてキレイだし……笑顔も素敵だし。私も見習って、今後も訓練を重ねます」


「ん? もっと褒めなさい? ま、貴方ほど器用な使い方は出来ないけど。そうね、頑張りなさい。あぁ、そう言えば貴方、そろそろ第2段階のインプリンティングでしょ? 」


「――――三日後ですね」


「あっという間ねぇ」


「今日、気になる事がありまして、変な事を聞くようですが、なんと言うか、私、ストレプトカーパスですよね?先輩はウェスティリア先輩ですよね? 」


「んん? なに? そりゃそうでしょう? 他になんだってのよ」


「いえ、私、最近昔の事が色々思い出せなくて、記憶処理を受けた記録はないんですが」


「記録が無いんなら無いんでしょうよ、疲れてるんじゃない?もう一回検査したら? 」


「考えてみます……。そうですよね、でも、先輩、先輩は昔の事って時々思い出しますか?例えば両親の事とか」


「両親ねぇ、興味もわかないなぁ、今が大切だもの」


「そうですか……」


「あの、私達の仕事って、精神的に追い詰められた人達を救う為にあるんですよね?」


「当たり前でしょ?」


「そうですよね! そうでしたよね! 最近何だか緊張しちゃって! その為に困った人の記憶を……」


「大丈夫よ、私も色々不安なことがあったけど、訓練終わったら忘れちゃったわ。時間が経つとそんなもんよ」


「ええ、はい、そうですね」


「しっかりやんなさいな」


「あと、私は生まれた時からウィスティリアよ? 」


「え? 」


 ウィスティリアはストレプトカーパスを凝視し、無表情で言い放つ


「そうでしょう?ストレプトカーパス? 」


「先輩?どうしたんですか? その、怖いです……」


「んん?何が?」


 先程の表情が嘘のように、ウィスティリアはいつもの様に微笑んでいた。


『やはり何かがおかしい、先輩はあんな顔する人じゃ……何かまずいこと言ったかな……でも私は、私はストレプトカーパスよね?私、私は、そうよね?私はストレプトカーパスよね?『ストレプトカーパス』?』


 ストレプトカーパスは混乱しながら、自らの相棒、音響剣型ウォッシュメント『ストレプトカーパス』に話しかける



 ◇◇◇


「ごほん! ヒタチ君! もう終わったかな? 」


「あ、どうも、ありがとうございます」


「まさかトイレを創造する事になるなんて思いもよらなかったわ。トイレって面白いのね。超こだわったわ! 」


「ええ、ええそうですね、確かに使い心地は最高でした、そうですね。ところで」


「なにかな?なにかな?」


「アムトリスさん、なんでここにいるんです?」


「え?」


「え?」



 続く

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