08 本当に世界を救う秘密組織が動いてるとかになりそうだけど

「盗むって……叔父さんの家に今忍び込むってこと?」

 かすみは唖然とした声をあげる。


「ええ、もちろん。絵がそこにあるわけですし」

 微笑み返すフェイカーに、かすみは首を左右に振った。


「事件が起きたばかりだから捜査の警察が沢山いるわ。それにまだ……日も高いし」

「なら、そこがチャンスになりますね」


「チャンス?」


魔法マジックは人の錯覚や慢心をつくのが基本ですから。警察もまさか、日中堂々と犯行に及ぶとは考えないでしょう」

 フェイカーが例の砂糖風味のコーヒーを優雅に飲み干す。


 それを眺めながら。



 かすみはやっぱり、選択を誤ったかなあと……

 深くため息をついた。




 ¬ ¬ ¬




 大野が県警に到着すると、赴任の挨拶をしに行った亞里亞と一度別れた。


「遅かったな、何かあったのか?」

 相変わらず渋い声の村井が話しかけてきた。


「子守は一筋縄でいきそうにないです」

 苦笑いする大野に、村井は小声で。


「どうやら監察が動き出した」

 目線だけで周囲を確認しながらそう言った。


 大野は慌てて村井に近付き、さらに声を殺して。

「疑われてるのは俺ですか」

 周囲の人物を確認する。


 そこには見知った捜査官しかいなかったが、やはり聞かれては不味い話なので慎重になる。


「さあな……だが動いてるのは本庁の監察らしい。そうなると、お前の子守相手の可能性の方が高いな」


 警察官の不祥事を捜査する監察官は、本庁を頂点に各都道府県警察に存在する。

 もちろん本庁の監察が都道府県の警官を捜査することもあるかもしれないが、その可能性は極めて低かった。


「なぜ?」

「本庁の今枝は優秀だが、問題児でもあるそうだ。しかもその優秀な警部補殿は、例のコソ泥のしっぽすらつかめてない」


 ――確かにあの女は、組織に落ち着くタイプじゃないが。

 大野が首を捻ると。


「それから、お前を疑ってる可能性も捨てきれん。なんせこのヤマは全国区だからな。どちらにしても気をつけろ」

 村井はそう言い残して、何事もなかったかのように去って行く。


 本庁の監察官が都道府県警の警察官を捜査する可能性は……

「全国展開された犯罪に関与した警察官か」


 大野はそう独り言をもらすと。

 村井とは反対側の廊下へと足を進めた。




 ¬ ¬ ¬




 翌日。

「どこの都道府県警もそうだけど……なかなか部外者へ情報提供してくれないわね」

 亞里亞は頬を膨らませながら、チョコレートサンデーにスプーンをぶっ刺した。


「部外者ねえ」

 大野がコーヒーを飲みながら「子供みたいだな」と、あきれてそれを見ていると。


「仲間意識が高いことは決して悪いことじゃないけどね、それが過ぎるといろいろと問題が起きるのよ」

 亞里亞はクルクルとスプーンをまわしてから、外を行き来する患者たちを眺めた。


 八剱総合病院の入院棟に隣接するこの喫茶店には、見舞いに訪れた人が多いのだろう。周囲からそんな会話が漏れ聞こえた。

 中には入院患者なのか、パジャマ姿とサンダルでコーヒーを味わっている強者までいる。


「俺も生活安全課に問い合わせましたが、例の脱法ハーブ事件の捜査資料は『待ってくれ』と言われましたね」


「まあ、あの絵に張られた挑戦状の資料がもらえただけ御の字かもね」


 八剱静香と面会したことは、県警の怒りを買ったようで……


 亞里亞が必要だと考えている捜査資料は、のらりくらりとかわされ。

 フェイカーに直接かかわりがあるもの以外、公開されなかった。


 そんなこともあり、居辛い県警を離れ、調査もかねてこの喫茶店に移動したのだが。


「裏書にナンバリングと宛先があるけど、これ……本物かどうかはわかんないわね」

 大野は亞里亞が預かった資料に目を通す。



―――


№0008

八剱隆志 様


―――



 そこには大野宛に県警で張り出された挑戦状と同じナンバリングがあった。


「ナンバリングがかぶってるし、今までの挑戦状の宛名には全て『殿』が最後についていたから」


「じゃあなんで裏書がある。これは警察も公開していない極秘情報だろ」

「さあ? フェイカーの一味が仲間割れしてるのか。――警察関係者から情報が洩れてるのかもね」


 悪戯っぽく笑う亞里亞の顔は、妙に可愛らしかったが……話の内容がアレだったので。

 大野は顔をしかめた。


「一味って、やつは単独犯じゃないのか?」

 村井から聞いた話が頭をよぎったが……大野は亞里亞が監察対象かもしれないと思い直し、もうひとつの疑問を口にした。


「その可能性も、もちろんあるわ。でも協力者がいることは間違いない」

「どうして?」


「この短期間で、全国各地でフェイカーは事件を犯してるでしょ。交通費だってバカにならないし、事前準備や調査にだって、それ相応のお金も時間もかかる」

 亞里亞はまた出来の悪い生徒に教えるように、スプーンをくるくる回し。


「フェイカーの犯罪は儲からないの、出費ばかりよ。だから資金的な援助をしたり、事前準備や調査を手伝う組織か……パトロン的な人物がいるはずよ」


 大野はそれについて考えたが。

 やはり出来の悪いアクション映画か漫画の内容にしか思えなかった。


「それは、なかなか凄そうな組織だな」

 嫌味を込めて言ったが。


「組織犯罪じゃなかったら、フェイカーは大金持ちの大天才ってことになるわね」

 亞里亞の言葉に、大野は苦笑いする。

 それこそハリウッド映画か何かだ。


「組織犯罪だとすれば、危険を冒し、大金をはたいてまでそんなことしたいなんて……相当な恨みがある組織か、それこそ世界を救う秘密組織か何かね」


「恨み?」


「あなたもし、大切なものが盗まれて。それが傷ひとつなく帰ってきたとしたら、それは窃盗だと思う?」

 法律上の問題なら、一度窃盗したものを返還しても罪になる。

 だが質問の仕方から、亞里亞が聞きたいのはそこじゃないだろうと大野は考え。


「状況による」

 そう答えると、スプーンを持った女教師は嬉しそうに微笑んだ。


「じゃあそれが、あなたの黒歴史を赤裸々に書き綴った日記帳だったら?」

「そんなものは存在しないが……まあ、許さんだろうな」


「要はそう言うことなのよ」

 わかったでしょ、と言わんばかりに亞里亞が頷く。


「もっとわかりやすく言え」

 イラ立つ大野の言葉に、亞里亞はため息をつくと。


「わざわざ予告までして、世間の衆目を集めて絵画を奪い。危険を冒してまで返却する。それは誰かに『お前の秘密を知ったぞ!』って、アピールしてるんじゃないかな」


「誰に向かって?」


「例えば……フェイカーが狙う、ハン・ファン・メーヘレンはナチスを騙した贋作作家として有名なのよ。彼は美術品を略奪するナチス軍に、自分が描いた贋作を提供してたの。そんな時代背景がある作品だから、何かの秘密が隠されててもおかしくないわ」


 ますます安っぽくなってきた話に、大野がため息をつくと。


「戦後はまだ終わってないのよ……ナチス軍に迫害された人々の中には、政治的な力を得たり、大きな財を成した人物も多くて。そして、彼らは決して過去を忘れていない」

 亞里亞は真面目な顔で言うと。


「それ以外の考えだと、本当に世界を救う秘密組織が動いてるとかになりそうだけど」

 そう付け加えて、ウインクした。


 大野がもう一度ため息をつこうとすると。

「火事だ火事! 例の事件があったお屋敷から煙が出てるって!」

 喫茶店の前で叫び声が上がった。


「動いたわね」

 亞里亞が食べかけのチョコレートサンデーを悔しそうに眺めてから。


「先に行ってるから、追いかけてきて」

 スプーンと伝票を大野に手渡して、駆け出していった。


「おいこら!」

 慌てて追いかけようとしたが。

 手に残る物と、店員の視線に気付いて立ち止まる。


 ――伝票はまだしも、このスプーンをどうしろって?



 大野は食べかけのチョコレートサンデーを眺めて……

 やっぱり、ため息をついた。

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