第48話.笑い声

井上、と書かれた表札の前に立つ。頼む・・・・。


ドアノブを回すと簡単にドアが開いた。ドアが開いたってことは鍵はかかってない。つまり姉ちゃんが


「おかえり」


いた。とりあえずドアを閉めた。


「どうしよう、姉ちゃんがいる」

「あの気の強い人?」

「そう、絶対絡まれるよ」

「え・・・・だ、大丈夫かな? 私、変じゃないよね?」


2人で作戦会議をしていると勢いよくドアが開いた。


「こらー! 人の顔見て閉めるとはどういうことだ!」

「「あ」」

「え?」


誰? という不思議な顔でりえを見ている。姉ちゃんの視線が頭のてっぺんから足の先まで動く。ジワーッと、獲物を品定めする獣のような鋭い視線がりえに突き刺さる。


りえの肩が震える。多分緊張しているんだろう。ごめんな、こんな姉ちゃんで。


だんだんとりえの顔色が悪くなっていく。「あのさ」 姉ちゃんにあんまりそんな目で見るなと言おうとした時だった。


「失礼しました」


あ、あの姉ちゃんが頭を下げた・・・・。僕は夢でも見てるんじゃないか。それかとうとう姉ちゃんも改心したか、もしそうなら僕の日常においてこれ以上の朗報もない。


「あ、あ、あの、わ、わたし」


りえが緊張してオドオドしながら自己紹介しようとしてる。どう見ても大丈夫そうじゃない。壊れたレコーダーみたいな途切れ途切れでしか話せなくなっている。


「ま、まあ立ち話もあれだから中にどうぞ」

「あ、お、おじゃま、し、しま、す」


2人とも普段と違いすぎて笑いそうになる。いやこらえろ、姉ちゃんはともかくりえのことは笑ったらダメだ。こらえるんだ幸一。


りえは僕の家のリビングに通された。僕はというと


「幸一ちょっと部屋行ってて」


いつもの姉ちゃんの口調で強制退去をくらった。りえと姉ちゃんが2人きり、想像しただけで胃が痛い。


姉ちゃんはりえをどうするつもりなんだ、頼むから変なこと言うのはやめてくれよ。りえも、姉ちゃんを怒らせるようなことは言わないといいけれど。


いやでもりえは大丈夫か。さっきの感じだと怒らせるようなことどころか自分の名前を言うので精一杯だろう。いやどんなところに安心してんだ僕は。性格悪いな。


あー、時間が進むのが遅い。なんでこう時間は平等じゃないんだ。いつもみたいに気付いてたら1時間過ぎてましたみたいになってくれよ!


1人モヤモヤしながらベッドでゴロゴロ動き回る。


どれくらい経ったろうか、リビングでいったい何を話してるんだ。


「あっはっはっはっはっはっは!」


リビングから姉ちゃんの高らかな笑い声が聞こえた。


何が起こってるんだよ。

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