第7話.姉の料理は美味しい

「「いただきます」」


うちは挨拶と礼儀には厳しい。両親に小さい頃から教育されてきた。それはなにもかも無気力になってしまった今も変わらず癖として残っている。あとご飯を残してもよく怒られていた。


「今日お父さんとお母さんは?」

「知らない、遅くなるんじゃない?」


父さんはトラックの運転手、母さんはパートを掛け持ちしているのでいつも帰りは遅い。姉が帰ってくるまではほぼ一人暮らしのような状態だった。姉が来てから家事などの負担は減ったがこれはこれでやり辛さを感じる。


「あ、美味しい」


麻婆豆腐の予想以上の完成度に思わず声が漏れた。聞こえたかもしれないと姉ちゃんの顔をチラッと見るとニヤニヤ笑っていた。


「あんたの姉ちゃんは料理美味いんだぞー」


得意げに言い、ない胸を目一杯に張ってみせる。いつもは母さんが作っていった冷めた料理しか食べないせいか、出来立ての麻婆豆腐がいやに美味しく感じた。


「でもこの時期に食べると汗が止まらないね」


率直な感想を言ったつもりだったが「あんたが食べたいって言ったんでしょ」 と少し機嫌を損ねてしまった。特に食べたいものもなく適当に言ったので自分がリクエストしたことなど忘れかけていた。


「姉ちゃん意外と料理できるんだ」


慌てて機嫌を取り戻そうと褒める作戦に出る。正直ご機嫌取りなんて面倒くさくてたまらないが、一緒に住んでいてギクシャクするというのもどうも気分が悪い。


「これでも一人暮らししてたからね」


当然でしょ、という風に姉ちゃんが言ってのける。一人暮らしすればみんながみんな素を使わずに麻婆豆腐が作れるようになるのか? それならあの素はなんのために売ってあるんだろうか。


食事は暇つぶしと思っていたが、美味しいものを食べるとなるとこの時間も悪くないのかもしれない。麻婆豆腐は冷めることなく胃袋に収まった。


「「ごちそうさまでした」」


作ってもらったので後片付けは僕がやる。習わし、とまではいかないがうちに住む上での暗黙の了解みたいなものだ。


夏の生ぬるい風が網戸を通して家の中に入ってくる。風情があると言う人もいるだろうが、早くこの暑いだけの季節が終わってくれないだろうか。昼間と同じようなことを考える。


「あんた、いつから夏休みなの?」


アイスを食べながら、テレビを見ながら、ダラシない格好で姉ちゃんが聞いてきた。


「あと1週間」

「彼女は?」

「いない」


ふーん、と気のない返事をしてテレビの方に視線を戻した。テレビのなにがそんなに面白いのか、暇つぶしにもなりはしない。そう思うのは僕だけだろうか。


「あ、お風呂入れといてね」

「はいはい」


テレビを見るくらい暇なら風呂くらい入れてくれてもいいじゃないか。口には出さずに心の中でそう愚痴を吐いた。

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