#9 【ジョジョの奇妙な冒険】この味は!嘘をついている『味』だぜ!【虚偽検出】


「あなた…『覚悟して来てる人』…………ですよね。この文章を読むということは名シーンに無粋な解説をされる危険を常に『覚悟して来ている人』ってわけですよね…………」


 ジョジョの奇妙な冒険第5部『黄金の風』にて、あまりにも癖の強い初登場シーンとなったブローノ・ブチャラティ。彼の特技の1つは人の汗を舐め、その味で嘘をついているかどうかを判断するというものでした。


 味はともかくとして、実は汗で嘘をついているかどうかを判断する技術というのは案外珍しくなく、いわゆる嘘発見器であるポリグラフ検査でも用いられています。


 人は動揺したり緊張したりすると生理的な反応が生じます。心拍数が下がったり(意外なことですが、嘘をつくと人の心拍数は下がります)、呼吸が止まったり、手の平に汗をかいたりするわけです。ポリグラフ検査ではそのような生理反応を機械が感じ取り、紙の上を針がぐいんと動くお馴染みの動きで被験者が嘘をついていることを知らせてくれるという仕組みになっています。


 嘘を見抜くことは犯罪捜査に欠かせない技術であることから、ことによっては古代の時代からそうするための方法が考えられてきました。日本でいえば盟神探湯や鉄火起請がこれにあたります。海外では嘘をついていると考えられる人に米をかませて吐き出させる(嘘をついていればその恐怖感で唾液の分泌が妨げられるので、うまく吐き出せないはず)という方法が古代ヒンズーでとられていましたし、魔女狩りの時代には水に沈めて浮かんでくるかどうかをみるという手段もありました。もっとも、これらの方法は大半が俗説による不確かなものでしたが。


 心理学においても嘘発見の技術的発展の歴史は古く、フロイトの弟子であるカール・グスタフ・ユングが連想法による虚偽検出を行ったときにまで遡ることができます。連想法というのはある単語を被験者に投げかけ、被験者はその単語から連想される別の単語をできるだけ素早く言うというものです。ユングは、もし真犯人なら事件と関係する単語を連想することは避けようとするので、そのぶん反応が遅れると考えました。


 ちなみに、この連想法による虚偽検出は江戸川乱歩の短編『心理検査』にも登場し、明智小五郎は実に心理学的に正しい方法で犯人を暴いています。もしかするとこの作品こそ、犯罪心理学の現在でも通用する知見をもとにした日本初のミステリかもしれません。


 さて、ポリグラフ検査に話を戻しますが、バラエティ番組ではよく芸能人に機械を装着して、適当に「あなたは浮気してますか?」などと尋ね、針が動くのを見て大騒ぎという茶番を繰り広げています。もちろんこのようなおおざっぱ極まりない方法では本当に嘘をついているかどうかはわかりません。


 というのも、ポリグラフ検査が検出する生理反応というのは単に嘘をついたときだけでなく、緊張したときや動揺したときにもよく見られるものだからです。大勢の人に見られながら「あなたは浮気してますか?」などと聞かれて動揺しない人のほうが珍しく、そりゃ針もがんがん反応しようというものです。


 作中において、ブチャラティはジョルノを動揺させて汗をかかせるために涙目のルカの眼球を持ち出していましたが、本当に虚偽検出をしたいならばいたずらに相手を動揺させるのは絶対に避けるべきでしょう。その汗が嘘をついていることによるのか、眼球を握らされたためなのか区別できなくなります。


 ポリグラフ検査にはこのような問題があるため、アメリカではもはや滅多に使われなくなりました。どころか、1988年に「連邦従業員ポリグラフ保護法」が成立し、雇用者は従業員にポリグラフ検査ができなくなる有様です。


 日本においてはどうでしょうか。アメリカほど盛んに行われたことはないようですが、少なくともポリグラフ検査を禁止するような法律もなく、必要に応じて使われてはいるようです。


 日本とアメリカのこの違いは、ポリグラフ検査に使用される質問方法の違いに起因するかもしれません。日本の捜査実務では隠匿情報検査(CIT)という方法が最もよく使われています。この方法は無実の人を誤って有罪にすることの少ない方法ですから、ポリグラフ検査を用いてもアメリカのように冤罪を大量に生み出すということも少ないのでしょう。


 CITの質問方法はこうです。例えば被害者が刺殺された事件であれば、被験者に「あなたはこの人を殺しましたか?」と直接尋ねるのではなく、「胸を刺しましたか?」「首を刺しましたか?」「背中を刺しましたか?」というように微妙に変えて尋ねるのです。このとき、正しい答え(例えば、被害者は胸を刺されて死んでいた)は1つしかなく、真犯人しか知らないという状況にします。もし被験者が真犯人であれば、正しい答え(胸を刺されて~)のところだけで何らかの動揺が起こるはずであり、一方真犯人でないならばすべての質問に違いが見いだせないので反応は一様になるはずです。


 さて最後に、もしあなたが不幸にも(?)ポリグラフ検査の餌食となってしまったらどうしたらいいでしょうか。実はポリグラフ検査は、案外簡単に欺くこともできます。この検査は真実を尋ねられたときの動揺から生じる生理反応を測っているわけですから、要するにそれを誤魔化せばいいわけです。


 最も簡単な方法は、頭の中で100から17ずつ引くといった暗算をし続けることです。複雑な計算で頭を満たせば動揺する余裕がなくなり、生理反応も小さくなります。また心拍数は訓練によってある程度コントロールすることもできるとも言われていますから、頑張ればそういう方法でもいけるかもしれません。


 承太郎もスタープラチナで心臓を止めたりしてましたし、あんな感じで。


【要約】

 味はともかく、汗で嘘を見抜くことはできる。ただしその汗は単なる動揺や緊張を表しているにすぎないかもしれない。もしポリグラフ検査を受けさせられたら、頭の中で暗算をするか自分のスタンドに頼ろう。


【元ネタ】

ジョジョの奇妙な冒険:荒木飛呂彦による漫画。ブチャラティは第5部の登場人物。筆者は第7部が一番好きだが、アニメ化までは遠い道のりかも。

心理検査:江戸川乱歩による推理小説。明智小五郎が登場する作品のひとつ。


【参考文献】

越智啓太 (2013). ケースで学ぶ犯罪心理学 北大路書房

スコット・O・リリエンフェルド et al. (2014). 本当は間違っている心理学の話 50の俗説の正体を暴く 化学同人

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