第37話 侵入→潜入→そして迷走。


 あまりの衝撃と不安の連続からだろう、ついに志戸の感情の糸が切れてしまったようだ。静かにポロポロと泣き出してしまった。

 どこかのビル内のような無味乾燥な通路。そこを足早に歩く俺の後ろをグスグスしながら追いかけてくる。


「だから、もう泣くなって。早く先輩を見つけて脱出するぞ」

「……アッちんも一緒に……」

 わかったわかった。悦田も一緒にな。



 通路には時折、館内地図が掲示されていた。

 目ざとい志戸に周囲の見張りをさせながら、大急ぎでチェックする。


 待機室、保安室、電気室……事務室らしきものもあるが、部屋番号だけで何をする場所という表記まではない。

 どうやらココは外部の人間が出入りする施設らしい。重要そうな名前の部屋が見当たらない。

 端の方に幾つかの矢印がある。どうやら別棟が続いていくようだ。怪しいのはその辺りだな。

 俺たちが居る場所は、この施設の中でも少し奥まった所のようで、外部の人間もそれほど入ってこない辺りのようだ。


「あ、あやとくん……まらかな……」

 鼻の詰まった声の志戸。

「もうちょい!」


 驚いたのは、侵入してきたトラックヤードのような場所の事だ。

 広域地図のような施設配置図を見ると、今侵入している施設の周りを囲み、更にあちこちに道が張り巡らされている。

 これは駐車場や搬入場のレベルではない。そのまま各施設に直接行ける、言わば地下道路網のようなものだった。


 俺たちが侵入してきたのは恐らく「偲辺東トンネルゲート」と書かれた所だろう。そこから入ったあの広場は「偲辺東・第3集積エリア」とあった。

 第3って……第1と第2があるってことかよ。


「あ、あやとくん……」

 思わず気を取られて、いろいろチェックしてしまった。とにかく一旦作戦会議だ。

 人目に付かない所…そんな時はトイレ……困った時のトイレ――チラと志戸の姿が目に入った。

 ダメか……さっきの事もあるので、避けてやらんとな。

 かといって、俺が女子トイレに潜り込むのも遠慮したい。


 館内地図に目を走らせる。……これは?


「よし。志戸、行くぞ」



※※※


 休憩室が見えてきた。

「志戸、休憩室だ。あそこで一旦休憩しよ――」

 と同時に、その自動ドアが開き、一人の作業着姿の男が出てきた。


「ダメだ!」

 急ブレーキをかけて、目の前の角をいきなり曲がって身を隠す。

 ドシンッ!

 勢いがつきすぎて曲がりきれずに壁にぶつかるも、何とか横道に隠れた。

 鼻水をすすって後ろから追いかけてくる志戸の首ねっこを掴んで、横道に引き込む。慌てて今度はその折れた道を逃げ出した。



 途中で人の気配がする度に、角を曲がるわ、くるりと逆に向くわで、もう既にどこをどう移動しているのか、全くわからない。せっかく館内図をチェックしたが全く役にたっていない。


 非常階段の扉が見えたので、とにかくそこに跳びこんだ。


 3人位は並んで降りられそうな金属製の階段が、九十九折つづらおりに上下に続いている。

 照明の明るさは変わらないが、廊下以上に人の気配が無い。隔離された場所特有の薄ら寒さがある。

 不気味さは増したが、人目が無いと思うと幾分ホッとした。


 喉が引きれ、ゼーハーゼーハーとかなりの間しゃがみこんで呼吸を整える。


「よく、考えたら、休憩、室だから、休憩できる、わけじゃなくて、逆に、人が来る、よな……」

 我ながら頭が回っていない。それと、俺、ホントにスタミナ無いな……。


「ここなら、まあ、人がこない、だろ、だいじょうぶ、か、志戸ぉ?」

「だいじょうぶ……」

 志戸がへたり込んだまま俺を見上げて、えへらと笑った。

 突然の逃走シチュエーションに、泣くとか驚くとかの感情がぶっ飛んだようで、逆に冷静になったようだ。

 相変わらず鼻水をグシュグシュさせているが、もう呼吸が整い始めている。志戸、お前、思ったより体力あるのな……。



 その時――


『アヤト。なかまがいます』

 ファーファが胸ポケットから、ひょこんと顔を出した。


『スズミ。ちかくにいます』

 ミミが志戸の胸ポケットから、ちょこんと顔を出した。


「え?」志戸がキョトンとする。

「ほんとか? 先輩か? 悦田か?」

『ふたりがどこにいるのかは、わかりません』


 は?


 ああ、そうか。そんな便利な能力を持っていたら、先輩捜しなんてすぐに終わっているもんな。

 自分たち宇宙人同士は意識共有ができるが、俺たち地球人とは意識の共有はできない。


 あれ? ……だとしたら?


「え? どういうこと?」

 だいぶと落ち着いた志戸。鼻をティッシュで押さえながら返す。その疑問ももっともだ。



『『ここに、わたしたちの、なかまがいます』』



※※※


『がっこうがゆれたとき、いっしゅんかんじました』

『さっき、トイレで、うちゅうのなかまと、せつぞくしようとしたときにも、かんじました』

 ミミとファーファがポケットから見上げる。


「それって、お前たちの仲間がココにいるってことか?」

『『はい』』


 おいおいッ!


「なんで先に言わないんだ!?」「どこ? どこにいるの? 捜さなきゃ!」

 思わず大きな声を出してしまった、俺と志戸。

 静かな非常階段に響き、二人で周囲を見回す。


 慌てて、志戸と俺はミミとファーファをそれぞれ手のひらに乗せ、顔を近づけた。小声で叫ぶ。


「本当に、お前の仲間が地球に居るのか!?」

 ミミとファーファの仲間が地球に来ている!

『たいへんおどろきましたが――』

 ファーファがいつものように淡々と感情の見えない声で答えた。


『います』

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