第5章 偲辺学園、忍ばナイトフィーバー

第16話 星空の学園と動き始めたナニカ


「あにきっ! 土曜は食事当番でしょっっ!?」

 いきなりツッコミを入れてきた我が妹に、これでいいもの食べて来いと札を握らせると、

「決まりは守らないとズルズルしていくんだからっ!」など、色々ブツブツ言いつつもまんざらでもなさそうに部活に出て行った。

 あとは、親父とお袋が戻ってくる前に弁当でも買ってくれば大丈夫だろう。少々痛い出費だが仕方が無い。


 俺も小型のLEDライトやらなにやらを詰めて自転車で家を出ると、まもなく志戸から自分も自転車で行くとメールが入った。即座に音成先輩からもメール返信がくる。音成先輩って、メール打つの結構早いんだな。



※※※


 夜9時。学校の屋上で俺と志戸は天体望遠鏡をセットして、ぼんやり夜空を眺めていた。

 田舎の山寄せの学校ということもあり、周囲には殆ど明かりがない。8時までは声のしていたグラウンドも今はライトを落として静まり返っている。綺麗な星空が見えていた。

 天体望遠鏡は、ファインダーと接眼レンズどちらもミミとファーファがずっとへばりついているので使わせてもらえない。


「しっかし、用事があるからって顧問が来ないのってどうかと思うんだけど」

「大体こんな感じなんですよぉ」

 志戸がえへらーと、赤いフィルムを俺のライトに貼り付けながら答えた。


「それにしても、他に部員いないの?」

「3年生の先輩が居るんですけど、受験だからって幽霊部員になっちゃいました」

 来年にはわたし以外の部員が居なくなるので部の存続の危機なんです、このままでは部室も取り上げられてしまいます! ――なんて事を訴える。悪いが志戸が言ってもそれほど深刻に聞こえない。


 それにしても、星空をこんな風にちゃんと見たのはいつの頃以来だろう。

「えっと。あっちに天の川が、ぱぁーっとありますよね? 川の中の明るい星、あれがデネブで、両岸にアルタイル、ベガです。夏の大三角ですね。秋ですけどまだ見れるんですよぉ」

 一生懸命、夜空に指をさして三角をたどる志戸。


 ほんの1ヶ月前まで教室に居るか居ないか気が付かないような地味で目立たない子だった。いつも緊張しているような生真面目な顔をして一人ぽつんと座っていた。思えば超然としていて逆に気配がなかったのかもしれない。


 今でも教室ではあまり変わらないようだが、作戦会議の時などは本当に表情がクルクル変わる。今もそうだ。


 初めてまともな会話をした時は馬鹿丁寧な話し方だったが、今ではかなりくだけた口調になっている。これが志戸の素の姿なんだろう。それと大人しそうな見た目とは違って、いざという時は結構パワフルなところも。



 志戸は小さな腕を星空に伸ばして説明を続けている。

「夏の大三角のデネブとベガを結んだ線で、アルタイルをパタンとひっくり返すんです。するとなんと! そこに北極星があるんですっ! すごいですよねっ!!」

 何が凄いのかはわからないが、志戸が楽しそうだ。月明かりと鮮やかな星空の柔らかな明るさの中で、夜空を見上げて弾むように話す志戸の姿を、俺はなんとはなく眺めていた。



「それで北極星って、ある星座の星のひとつなんですけど、さてそれは何座――」

「あ。志戸、ゴメン。そろそろ時間だ」

「あー! すっかり忘れてました……夢中になっちゃって……」

 俺もすっかり忘れかけてたよ。

「結構、見方がわかると面白いな、星空って。今度また頼むよ」

 楽しそうだったところを邪魔した形になったのでそう言うと、志戸は満面の笑みを浮かべて、

「はいっ!」 と答えた。



※※※


 俺たちは天体望遠鏡を部室に収め、本番であるトイレ調査に向かった。

 ミミとファーファはそれぞれ、志戸と俺の胸ポケットの中から顔を出している。天体観測に相当入れ込んでいたが無理やり引っぺがしてきた。


 トイレでゴソゴソしていることを見咎められたくないという思いから、小型ライトだけを点けてこっそり移動することにする。もし誰かに見つかって、こんな夜中にトイレで何しているか追求されたら何と答えればいいのか。肝試しとでも言うか? 秋だけど。


 志戸に付けてもらった赤いフィルムのおかげで夜目に優しい小型ライトの明かりで廊下を進み、問題のいつもお世話になっている男子トイレまでやってきた。


 志戸を見ると、さして怖がる様子もなく、とてとてと俺の後ろをついてくる。ちょっと意外だな。もっと怖がって震えるとか、ふにゃあっ! とか騒ぐかなと思ったけど。

 あ。そういえば。

「ファーファ。先輩にメールを飛ばしてくれ。そっちは大丈夫ですか? 怖くないです? ってな」

 スマホを取り込んでいるファーファに口頭でメールを打つように指示する。音声入力みたいなものだ。結構便利である。

 すぐに返信が届いた。ファーファが例によって淡々と無味乾燥に読み上げる。


『怖がらせようと思っても、そうはいきませんよ、校門の守衛室の近くに潜んでいますからね、断じて怖くありません』

 ――という、なんだかツッコミどころの多い内容が返ってきた。



※※※


「あ、あの……わたし、男子トイレの中まではやっぱり……」

 そんな志戸を監視役として廊下に残して、俺は男子トイレに入った。

 赤い光に浮かぶトイレの中はなかなかに薄気味悪い。俺は深呼吸を3度ほどすると、ゆっくり奥に進み始めた。


 ふと、奇妙な音が微かに聞こえてきた。


 音成先輩の言う通り、ふぅわんふぅわんという波打つような音だ。フルートのような音色と何かの弦楽器のような音が不協和音を奏でている。

 薄気味悪さに腰が引けるが、入り口に志戸がいると思うと逃げ出すわけにもいかない。


 こういうときは深呼吸だ、深呼吸……そう、実体のない幽霊がなんで音を出せるんだよ。どうやってフルート吹くんだよ……って、なんで俺、幽霊いる前提なんだ。


「ぁの……」

「ぬわっ!!」

「ひゃぃ!?」

 志戸のいきなりの声に思わず大声を出す俺。その声を聞いた志戸が慌てて赤ライトをこちらに向ける。


「志戸ー、いきなり声出すなよ……」

「ご、ごめんなさいぃ……ちょ、ちょっと……ま、ま、まだかなぁなんて……」

 不安そうな声が聞こえてくる。

「志戸、お前さっきまで平気な感じで歩いてただろうが、どうしたんだよ」

 こっちまで不安になるだろうが。

「さ、さっきはアヤトくんが前を歩いてくれてたから……」

「なんだよそれ」

「アヤトくん、大きいから幽霊くらいには負けないかなぁ……なんて……」

 なんでお前も幽霊いる前提なんだよ!


 でも、志戸がタイミングよく声をかけてくれたことで怖さが薄れたみたいだ。足腰がシャッキリしてきた。志戸が近くに居るというだけで心強く……はないけど。



 改めて微かな不協和音の出所を探し始める。

 個室のドアを恐る恐る順に開けていき、鏡……は怖いので見ない。


「ここか……な?」

 トイレの角の柱部分から聞こえてきているようだ。近づいて聞き耳を澄ますと、不協和音の波打つ音に、ズゥンズゥンという重低音のリズムが重なって聞こえる。全くメロディに合っていない。そんな気持ち悪さも加わるがこれは幽霊の仕業……じゃないよ……な?

 壁に手を当て、ソロソロと耳を当てると聞こえてくるのは、配管……から? ここだけが響いているのか??


「ファーファ、後で先輩に確認してもらおう。録音できるか?」

『しょうちしました』

 胸ポケットのファーファも一緒に耳を柱にくっつける。

『もっと、むねをはしらに、ちかよせてください』

「あ、スマン」

 真っ暗な男子トイレで、図体185センチの男と胸ポケットに入ったお姫様人形のような宇宙人が揃って柱にくっついて聞き耳を立てている。


「どうだ?」

「ろくおんちゅうです」

「スマン」


 突然、胸ポケットが震えだした。

「ぬわっ!!」

「ひゃいっ!?」

 慌てて志戸が赤ライトで俺を照らす。

「ファーファ! いきなりビックリするだろうがっっっ!」

『せんぱいから、メールです』

「おっっまえッッ!! 空気読めよッッ!!!!」

 心臓止まるかと思っただろうがっ!

『くうきをよむ、とは、かこのじょうきょうからがくしゅうして、てきせつなこうどうをせんたくする、ということでしょうか』

「大体合ってるけど、それが既に空気読めてねーぞ!」

『そんたく、とはちがいますか』

「あーもー! ぐぐれ!!」

「しょうちしました」

 むぅ……好奇心の塊の宇宙人に空気を読む芸当ができれば世話はないか……。


「あ、アヤトくん、大丈夫? 先輩がライト消して門の方を見てほしいって」

 画面を暗くするナイトモードにしたスマホでメールをチェックしていた志戸が、廊下の窓に手招きしている。急いで二人並んで窓際から校門の方に目を向ける。

 志戸と俺の胸ポケットでミミとファーファがごそごそするのでそれぞれの肩の上に乗せてやりつつ、明かりの殆ど無い校門へ目を凝らした。


 門の横の守衛室だけが煌々と明るい。光の中で人影が立っている。2人か?

 音成先輩から続けてメールが届く。

「ファーファ、読んでくれ」

 門の方向から目を動かさず、ファーファに声をかける。


『まもなく何かこちらに来るようです、守衛さん二人ともゆっくりと表に出て行きました、こんな月明かりが道を照らすような時間に学園を訪れるとは一体何者でしょうか、興味は尽きません、おそらく先ほど守衛さんが受けていた電話がその相手かとボクは見ています、来訪者は恐らく何度も訪れているのだろうと思われます、なぜなら守衛さんは非常に慣れた口調で緊張感もなく――』「ちょ、ちょ、ちょっと待った」

 慌ててファーファの音読を止めさせた。

「それ、メール文か?」

『はい』

 音成先輩、実況中継しながら自分の思っていることをこうやって伝えられるのが嬉しくて夢中なんだろうか……ただ、色々と……その……余分な言葉が多い……。悪いけど、今度からメール慣れしてもらおう。


「アヤトくん、あれ! 何か近づいてきてますよ」

 目ざとい志戸が学園前通りから伸びる山の端を指差す。

 暗さに慣れている俺の目にもしばらくすると見えてきた。何も走っていない片側3車線の幅広道路を何かがやってくる。ヘッドライトか?

 やがて、暗く静まり返っている中を場違いな轟音が聞こえてきた。

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