第2章 日々是口実

第4話 俺たちの戦いはこれからだ。


 今日も朝から戦争だった。


 宇宙人を助けて欲しい! 戦いを指揮して欲しい! と、クラスの地味で目立たない女子と、人形のような美少女宇宙人にお願いされ、なし崩しに自宅トイレを最前線司令室にしてしまった俺、見原礼人みはらあやとは洋式便座に座って頭を抱えていた。


「あにきっ! まだーーっっ?」

「父さん早めに出ないといけないから、先に使わせてくれないかな」

「あーくん? 今日もお腹の調子が悪いの?」


 いわゆる、朝のトイレ戦争だ。

 しかし、最近はこれに拍車がかかっている。原因は俺の肩に座っている宇宙人。 ウェーブのかかったプラチナシルバーの髪を背中に流し、透き通ったグリーンの瞳のお姫様然とした美少女。

 ただし背丈は約15センチ。俺のスマホを乗っ取りやがった。


「ファーファ、まだ終わらないのかよ」

『ごめんなさい。あと1ふん、おまちください』

「なんで、このタイミングなんだ……」


 目の前のドアモニタはようやく閉じようとしている。

 転げ落ちたトイレットペーパーはあらかじめ早めに収納した棚に載せ、いつでも飛び出る準備をしながら、俺は盛大にため息をついた。


 秘密基地のドアは先ほどからドンドンと激しく叩かれている。

 朝のトイレ争奪戦は親も子もない修羅場だ。もっとも、こちらは生理現象ではなく、異星人との戦争なんだ。みんな、ゴメン。



「もう! 便秘なんて運動不足してるからだよ!」

 盛大に文句を言い、自転車を立ち漕ぎして勢い良く飛び出ていった妹のそらに心の中で詫び、飼い犬のトーンに声をかけて、鍵かけて、高校へ……。


 ファーファ達と出会ってから1ヶ月過ぎた、これが最近の我が家の日常風景になっている。



※※※


 そしてもう一つの日常風景。


『あのおおきなじどうしゃはなんですか。かんおけをのせています』

 通学バスに揺られて数分後、イヤホンの音楽を遮ってファーファの声が割り込んできた。

 ファーファが俺の胸ポケットの中から少しだけ顔を覗かせている。


「タンクローリーだな。あと、あれは棺おけじゃない。タンクだ。そろそろ客が乗ってくるから隠れろよ」

『しょうちしました』

 ファーファはそういうと、両手でイヤホンのプラグを握りなおして、ポケットの中に頭を引っ込めた。


 スマホで音楽を聴きながら通学していた俺は、スマホがファーファに変わってしまってからはこうやって音楽を聴いている。

 当初ファーファに、スマホで音楽を聴いていたのになぁとぼやいたら、淡々とイヤホンプラグを腹に突き刺そうとしたので慌てて止めた。

 その代わりプラグを両手で握ってもらっている。片手だとステレオにならない。


『アヤトは、どうしてせきがあいているのに、すわらないのですか』

 音楽の音量を少し下げてファーファが問いかけてくる。

「おまえ、ほんっとうに質問ばっかりだなぁ」

 ちょうどバスが止まり、おばあさんが杖を突いてゆっくりステップを上がってきた。

「まあ、席を譲るってガラじゃないからな」


 俺はおばあさんが前に向かって歩こうとした先を黙って遮った。

 185センチの図体で行く手を遮られたおばあさんは、目の前の空いた席に気が付いた。

 気にするな風に片手を少し上げ、お礼を言うおばあさんに背を向けて、俺はそのまま別のつり革に移動する。


『どうしてアヤトは、なにもいわないのですか』

 イヤホンを通してファーファが話しかけてくる。

『こういうとき、スズミはこえをかけます。アヤトはどうして――』

「うっさいなあ」

『これは、せきをゆずることとおなじことだとおもいますが、なぜ――』

「うっさいなあ」

 ファーファはとんだ質問娘になっていた。



※※※


 教室に入ると志戸鈴実しどすずみがちょこんと座って1時限目の準備をしていた。

 こちらをチラッと見て、腰あたりでチラチラと手を振る。

 ひざの上に乗せているポーチからこっそりミミが顔を出し、ペコリとお辞儀をする。

 俺もカバンを握った手を軽く開いて応えた。


 窓際の席にでかい図体を押し込めると、ファーファがスマホに変形するのを待って机の中に入れる。盾のように教科書を机の上に立てて、これで授業の準備は完了だ。


 窓から入ってくる風は夏風からだいぶと涼しくなっている。心地よい。

 1時限目は数学だ。カツカツとチョークで黒板を叩くリズムと涼しい風の入る窓際。

 こっそり人型に戻ったファーファが机の中から顔を出して、ひらひらとミミに手を振っている姿をぼんやり見ながら、俺はウトウトし始めた。



※※※


 今朝、救難通信で呼び出されたのは6時頃だった。昨晩は遅くまでファーファと一緒に深夜のバラエティ番組を観てしまった。

 後悔しつつ寝ぼけ眼でトイレに向かい、てきぱきと司令室に変形させるファーファを眺めつつ、後30分は寝られたのになぁなんてことを思いながら、モニタに映る敵を倒す。


 初陣をなんとか勝利で収めた俺は、その後何度か敵と交戦していた。

 一度戦ってみるとなんということはない。

 敵の動きが単調なのだ。そして攻めてくるのは大抵5体程度。前回の戦場は、200体ほどの味方に対して5体の敵だった。

 どうやら小さくバラバラになって逃げ回っている所を、残党狩りのような感じで襲ってくるようだ。


 緊急状況は1日に1回程度。あれから志戸も囮&盾戦法を覚えて、上手く立ち回っているようだ。

 ようだ、というのも、あの日から一緒に2回ほど戦った後、志戸も一人で撃退できるようになり、それからは1日交代の当番制にしているからだ。

 マズイとなったらお互い呼び出すことになっているが、まあ、そういう状況には未だもってなっていない。

 言い方は悪いが、初級編の同じ戦闘を繰り返しているようなものだった。


 不満といえば、毎回中途半端に朝早く緊急状況になることだ。不思議なことに大体同じ時間に通報が入る。規則正しい敵だこと。

 最近ではファーファの警報よりも早く目が覚めることもある。毎日ではないので逆にリズムが乱れるのが辛い。

 毎日早起きすればいいじゃないかって? やめてくれ。貴重な睡眠時間はできるだけ取りたいじゃないか。


 そして、志戸とはあの日以来、放課後にミミやファーファと一緒に作戦会議を開いている。

 作戦会議といっても――


『ファーファ、おいしいといわれる、このようかんというものをたべてみてください』

『ミミ、ぽてとちっぷすとよばれる、このたべものもおいしいです。たべてみてください』



『…………』

『…………』



『『これも、おいしいというものになるのですね』』



 ミミとファーファがハモる。

 いまひとつ、喜んでいるのかなんなのかわからない。

 二人の姿を見た志戸が、ほわーっとした顔をしている。

 志戸がおやつを食べているときに試しにミミに食べさせたところ、クセになったらしい。


「美味しいよねー! これも美味しいんだよー」

 志戸がチョコを削って並べる。

 クセになったというか、志戸が積極的にクセにさせたように見えるが。


 ファーファ曰く、

『くちにいれると、5つのみかくを、にんしきするようにしました』

 ――とのこと。

 地球人に合わせようとしてくれていることは嬉しいが、なんというか。

 これも地球人の力を得ようとしているのだろう。戦闘には役に立たないけど。


 作戦会議というか、放課後の単なるおしゃべり会だな。



※※※


 …………。

 腕に軽く違和感を感じて目を覚ました。さすが数学、朝っぱらから爆睡してしまった。

 見るとファーファが机の中から捲り上げた袖を引っ張っている。

 耳を近づけるとこっそりと、


『きんきゅうじょうきょうです』


 なっ!?


 いや、いつか授業中に来るんじゃないかとは思っていたが、まっ正直に来てくれるなよ! 今日の担当は志戸だけど……。

 こっそり志戸の方を見てみると……まっすぐ黒板を見て……


 固まっていた。


 駄目だ、傍目から見てもわかるほどフリーズしている。机の中からミミが制服を引っ張っているが完全に思考停止しているのだろう。

 ファーファが再び袖をクイクイ引っ張る。

『はやくしないと、ぜんめつします』


 仕方ない。

 朝一の授業から俺は腹を壊すことにした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る