第5話 続続入学式
「もうちょっといい場所で食べたかった~……」
佳乃子がテーブルに突っ伏して、恨めしそうにつぶやく。
体育館を去って
俺たちはといえば、そのViViに入って二階の、サイゼリヤに来ていた。個人的にコスパがいいと思って何度も利用しているのだが、佳乃子はどうやらご不満の様子。何がお気に召さないのか。デートでもあるまいし。
「なんだよ、いいだろサイゼ。安いし美味いし。サイゼに謝れ」
「だってせっかく仙台に来たんだよ? もうちょっとご当地ならではのところに行きたかったな~」
「あいにく俺はおしゃれな店には行かん。行くとしても飲み屋だ。ガキはお呼びじゃない」
牛タンとか牡蠣とかはアルコールと一緒に食う。それが俺のポリシーだ。
「ガキって何よ! 今年でもう19だよ!」
「ガキだよ。酒も飲めねえのに」
「ふーんだ。新歓でいっぱい飲むもーん」
さらりと未成年飲酒宣言をしおる。
そんな俺たちの様子を、松川は興味深そうに眺めている。
「どうした?」
「いや、別に……」
「そんなに俺と佳乃子が知り合いだって言うのが信じられないのか?」
「まあ、違うと言ったら嘘になりますけど」
「正直でよろしい」
素直な奴は嫌いじゃない。
「それに、二人で一緒に暮らしているというのも……」
知り合ってすぐ、佳乃子は松川に、俺たちが一緒に暮らしているということを話したらしい。地下鉄に乗ってここまで来る間、本当なのかと何度も念をおされた。どれだけ信じたくないんだろうか。
「本当なんだからしかたないだろ。お前が嘘だ嘘だって言っても、こればっかりは事実だからな」
「なんか汚らわしいです……先輩が佳乃子ちゃんに手を出すのかと思うと、気が気でなりません」
「出さねえよ。てか出しても俺の勝手だろうが」
ちょくちょく失礼なことを言うな、こいつは。
そこに佳乃子が口をはさんでくる。
「えー、でも私は真治君なら手出されてもいいよ?」
「俺は願い下げなんだよ」
「なにそれ、ひっどーい」
「俺がこういう奴だって知ってるからこそ、親も同意したんだろ」
「ま、それもそっか」
そこで料理が運ばれてくる。俺はペペロンチーノ、佳乃子と松川はドリアだ。加えて、フライドチキンなどのサイドメニューもある。料理一品では腹が膨れるべくもない。それに、所狭しと皿を並べると、ちょっとした贅沢をしている気分になれるからお得だ。貧乏学生の慰め。サイゼ万歳。
「いただきまーす」
さっきまでぶつくさ言っていた佳乃子がいの一番に食べ始める。なんだかんだで腹が減っていたのだろう。松川は俺を遠慮がちにちらちらと見てから、おずおずと口に運んだ。
「なんだよ、高級料亭でもないんだし、遠慮することはないだろ」
「すみません。でも奢られるのは初めての経験で……」
「ああ」
高校でも奢られる人はいるだろうが、大学に比べれば先輩後輩の関係も薄い。こういう事態に慣れていないのも無理はない。
「別に、俺だって一年生の頃は散々奢られたんだから、ぶつくさ言わんよ」
「そうですか」
なおも戸惑っている様子だったが、馬鹿みたいにほおばって、美味しそうに食べている佳乃子を見て辛抱たまらなくなったのか、そのうちガツガツと食べ始めた。うむ、いい食いっぷりだ。後輩はそうでなくではいかん。
「ところで、お二人はどういう関係なのでしょうか」
「ん? ああ……昔よく遊んでたんだ。ここ数年はめっきり会わなくなったけど」
「だって真治君、正月とかお盆に親戚で集まってるのに来ないんだもん」
都会ではどうか知らないが、俺の実家では正月やお盆になると、親族が集まって話し込むやら酒を飲むやらする。正直、昔はじいさんばあさんの話も面白く聞いていたが、成長してからはそれよりもテレビやインターネットの方に興味が移り、それ以来親戚の集まりには滅多に顔を出していない。
「面倒だからな。というかお前は顔出してたのか?」
「うん、毎年。真治君今年こそはいるかなーと思ってさ」
そう言って頬を膨らませる。口いっぱいに食べ物を詰め込んで、ではなくて、ご不満を表しているのは言うまでもない。
「お年玉は欲しいけど、面倒だから親を経由している」
「うわ、ひっどー……人間性の欠片もないよ」
「合理性を追求した結果だ」
「そういうのはエゴって言うんだよ」
佳乃子の指摘は無視する。
「まあ、そういうわけだから特別な関係とかいうのではないぞ」
松川に念押しすると、なんとも言えない顔になった。
「はあ、本人がそう言うならそうなんでしょうけど……」
まだ信じ切れていないらしい。話題をそらすことにしよう。
「そういえば、君らは興味あるサークルとかあるの?」
「私は特にないかなー。いろいろ回ってみる」
「私は……その、サッカーを高校までしていたので、サッカーのサークルに入ろうかなと」
「へえ、サッカーやってたんだ」
女子サッカーが以前世界制覇を成し遂げたとはいえ、サッカー部に所属していた女子は、なかなかお目にかかれない。大学から興味本位で始める人間もいるにはいるが、レアものだ。
「俺もフットサルサークル入ってるんだよね」
「そうなんですか? 私、先輩はてっきり家に引きこもってばかりだと思っていました」
「お前、やっぱりちょいちょい失礼だよな」
当たらずとも遠からず、だが。サークルの活動は週に二日なので、それ以外は授業に行ったり行かなかったりしている。割合はだいたい2対8。もちろん家でアニメを観たり小説を読んだりしている。
「でもフットサルのサークルも何個かありますよね?」
「ああ、四つあるな」
「先輩はどこに入ってるんですか?」
「俺はエスペランサ」
なぜこんな名前がつけられたのかは当然知らない。ダサいと思わなくもないが、そのうち慣れた。
「何か特徴とかってあるんですか? 他のサークルと比べて」
「うーん。経験者が多いな。けどみんな緩めにやってる。もちろん初心者も入れるけど、ある程度のセンスがないと厳しいかな。松川はどんくらいできるんだ?」
「私は小学校からやってるので、そこら辺の男子よりなら上手い自信があります」
「おお、言うねえ」
ここでビッグマウスときた。
「ならうちに来てみればいいんじゃないかな? それで合わなかったら入らなければいいだけだし。年会費もない」
「そうなんですか? じゃあボールとかは?」
「有志が持ってくるか、部費で買うか、だな。俺はそのところよく分からないけど。ゼッケンも」
「なるほど」
そう言うと、松川は顎に手を当てて考え込む。
「活動っていつ行われるんでしょうか」
「月曜日と土曜日。月曜日は4限終わりから、土曜日は13時からだな」
「分かりました。ありがとうございます。今週中にでも、お邪魔します」
「おうおう、ウェルカムウェルカム」
とは言ったものの、中には女子の加入を快く思わない連中もいる。男子と女子である以上、どうしても身体的な差があり、それでやりにくくなる、というのが主な理由だ。一理ある。かく言う俺も、その一人だ。ではなぜ彼女をこうして誘ったのかといえば、小学校からずっとやっているなら大丈夫だろうというのが理由かもしれないが、実際のところはよく分からない。おせっかいかもしれない。
「えーいいなあ。私もフットサルやりたーい」
「佳乃子はやったこと、あるの?」
「ないよ」
「じゃあやめとけ」
しかし、すでに松川が佳乃子を名前で呼んでいるのには少し驚いた。やはり女子の距離の縮め方というのは、男子とは異質なのだろうか。それとも単に俺のコミュ力が低いだけなのだろうか。後者であってほしくないと願うばかりだ。
そんな会話をしているうちに、テーブルの食べ物が食べつくされる。
「ふー食べた食べた。ごちそうさまでした」
佳乃子が満足そうに言う。可愛い顔に似合わず大食いだ。
一方の松川は、ティッシュで控えめに口を拭っている。
彼女を見ていて思ったのだが、なんというかこう、性格が辛辣というわけではなくて、単に口下手というだけではないだろうか。もちろん俺に対する物言いは辛辣だが、それも親近感の裏返しと思えば納得がいく(これは自己防衛ではなくて合理的な推論だ。現実逃避ではない)。世渡りが下手という性格。
なんというか、ちょっと自分に似ているなと思ってしまう。こんなこと言ったらまた毒を吐かれるのだろうけど。俺もこの二年間でコミュニケーションはマシな方になったけど、気の利いた言葉が言えないという点では、彼女と変わらない。似た者同士――ここにも、俺が彼女に気を遣う理由があるのかもしれない。
「じゃ、会計行ってくるから外出てて」
「はーい、ごちそうさまです!」
「……ごちそうさまです」
……なんというか、感謝されるとくすぐったさを感じるのは、未だに慣れない。
「
夜、佳乃子が作った料理を囲って食べながら、日中のことを話す。
ご飯に味噌汁、野菜炒めといった簡素なものだが、味付けも俺好みのもので思わずうなってしまう。まさに胃袋を掴まれるという感覚だ。
「まあ、年上に対する口の利き方は教えてやらないとな」
「とか言って、全然悪く思ってないじゃん」
「うるせー」
魂胆を見抜かれたのがなぜか悔しい。
「多分寂しがり屋なんだよ。真治君もよくしてあげてね」
「お前に言われるまでもねーよ」
「お、なんかやけに優しいじゃん。惚れたの?」
「んなわけねえだろ」
「まあ、彩音ちゃん可愛いからねー。スタイルいいし、スポーツで引き締まった身体って感じで」
色ボケだ。構っていられない。
無視して野菜と白米をかき込む。
美味い。
本当に美味い。もしかして、俺の好みを把握されているんじゃないかという気にもなる。
「しかし、本当に美味いな」
「ほんと?」
俺がちょっと感想を滑らすと、途端に顔を輝かせた。
「一生懸命作ったんだ~♪」
「ふうん……」
「ママと特訓もしたし」
「特訓? どんな?」
「内緒!」
「ケチだな」
「真治君には言われたくないもーん」
そんな風に、家族以外の人間には初めて作ってもらった料理は、あっという間に俺の腹に消えた。こっちではできあいの惣菜か冷食しか食べなかったせいか、不思議と暖かい気分になる。
なんだか、二人で暮らすのも悪くないかもしれない。
そんな気分で一日を終えた。
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