第11話

「ねえ、種族を超えた恋ってあり得ると思う?」

 歌の合わせを終えて戻ろうとしたとき、オリヴィエとエヴァランの異様に親密な雰囲気に気付いたレイラとシルヴィアは、草陰にこっそりと身を隠していた。

 そうして、そっと一人と一頭を伺い見ていたシルヴィアは、瞳をきらきらと輝かせてレイラに尋ねた。

「シルヴィアったら好きねぇ、そういうの」

 レイラは、屈んだ膝の上で頬杖をついた。

「だって、最初から妙だとは思っていたのよ。私たちをけちょんけちょんに言うあのエヴァランが、オリヴィエに対しては同族のように接するのだもの」

「どうかしらね。ただの罪悪感と、物珍しさがぶつかっただけじゃないかしら?」

「わかってないわねぇ、レイラ。よく御覧なさいな、あんなに身を寄せ合って……。エヴァランが人間だったら、ばっちり恋人同士の抱擁よ?」

「人間だったら、の話でしょう? 今夜計画がうまくいけば、あの二人はお別れだってこと、忘れてなぁい?」

 はた、と気が付いたようにシルヴィアから笑顔が消える。

「そうしたらもう、あの二人は一生会えないのね……」

「そうでしょうね。だって、幻から引きずりだされたユニコーンを、幻に戻そうというのが、私たちのいましようとしていることなんだもの」

 シルヴィアは、思いつめた眼差しでじっと黙り込んだのを見て、レイラは肩を揺さぶった。

「シルヴィア。あなた、オリヴィエをエヴァランと一緒に逃がす方法はないか、考えていたでしょう?」

「レイラったら、なんでもお見通しなのね」

 肩をすくめるシルヴィアに、「当り前でしょう」とレイラは息をついた。

「私たちはいとこで、一番の親友なのだから」

「それならレイラ、わかるでしょう? 私の気持ち」

「もちろんよ、シルヴィア。見た目のわりに、感傷的なあなただもの。あの二人の様子を見て、どうにかしてあげたくてたまらないのでしょ。……でも、だめ」

「どうして?」

 レイラは苦笑を浮かべると、シルヴィアの耳の上の髪をすっと梳いた。

「よぅくわかっているくせに、賢いシルヴィア。私たちの作戦は、かなり綱渡りだってこと。これ以上、欲張りなんてする余裕はないこと。そんなことをしたら、全部台無しにしてしまうってこと」

 それは、シルヴィアが頭でわかっていて、それでもなお受け入れたくはないことだった。それをレイラの口から聞いたことで、揺るがしがたい事実として心身に浸透していく。

 シルヴィアは、いまだ動かずに寄り添い合っているオリヴィエとエヴァランを見やり、項垂れた。

「ねえ、シルヴィア。こう考えましょうよ。運命なんだって。あなた、そういうの好きでしょう? これは、オリヴィエとエヴァランの運命なのだって。甘い恋もあれば、苦い悲恋もあるものなのよ」

「レイラったら。あなた、普段はそういうことを絶対に言わないくせに」

「私、ロマンスには興味がないもの。でも、シルヴィアはこういう言葉で納得するでしょう?」

 シルヴィアは、くすり、と笑った。

「なあに?」

「いま、ここにウィルがいなくてよかったと思って」

「ああ、あのやんちゃ坊主だったら、絶対になんとかしようって、言って聞かないでしょうね」

「そうしたら、レイラは、私とウィルを一緒になだめるはめになったのよ」

「絶対にいや。だってウィルったら、賢いあなたと違って、聞きわけがないんだもの。一度やるって決めたら、理詰めで説得しようが、運命って言葉を使おうが、諦めないんだもの」

「ユニコーンを見に行こうって言い始めたのも、ウィルだったしね。……ああいう頑固な性格を、良く言うと王者の素質って言うのかしら?」

「どうだか。いまのウィルはただの駄々っ子でしょ」

「だれが駄々っ子だって?」

 急にウィルの声がして、レイラとシルヴィアは叫び声を上げそうになった。互いに互いの口に手をあてて、ようやく悲鳴を飲み込むと、むっとした顔で聞きなれた声へと振り向く。

「あのねえ、この緊張したところに、いきなり背後から声をかけないで」

「そうよ。びっくりして、あやうく大声をだすところだったわ」

 文句を言ういとこたちを、ウィルはじとっとした目で見降ろした。

「ひそひそ話をしていたくせに? そんなふうに草むらに屈んでいるのを知られたら、おば上たちはなんて言うだろうね?」

「そんなこと言ったら、ここにいるのがばれたら、あなたは王国中の大問題になるくせに」

 鋭く切り返したレイラに、ウィルはため息をつきながら肩をのばした。

「まったく。僕が苦労して空を飛んで往復している間に、君たちったら、練習もせずにおしゃべりしていたわけ?」

「失礼な。ちゃんと声を合わせ終わったからあなたの帰りを待っていたのよ」

「レイラの言うとおりよ。あなたの方こそ、うまく伝えられたの? 長老に嫌なことを言われて思いっきり落ち込んでいたくせに」

 ウィルは、むっとした表情をした。

「ちゃんと伝えたよ。説得に時間がかかったけど。エヴァランに助けに来るなと言ってくれと頼んだのに、どうして真逆のことをするんだ? って。他のユニコーンたちは騒ぎ出すしさ。でも、もうエヴァランも僕もその気だから、って押し通してきたよ」

「じゃあ、納得はしてもらってないんじゃない」

「長老は絶望しすぎているんだよ。だからこそ、僕はやり遂げなくっちゃならないんだ」

 ウィルは頬を膨らました顔から一遍、決意を瞳に漲らせると、エヴァランとオリヴィエの方へと向かいだした。

 シルヴィアは二人の邪魔をさせまいと、ウィルの服の端をつかまえようとしたけれど、やる気に満ちたウィルの一歩一歩はとても広く、つかまえそこねた挙句、前のめりになりすぎて、レイラが手を添えなければ、あやうく地面に突っ伏してしまうところだった。

 エヴァランの息を感じて、これまでの道中の日々を思い出していたオリヴィエは、足音を耳にするなり、さっと我を取り戻すと、すぐにエヴァランから離れた。

「長老に伝えてきたよ。だからオリヴィエ、いますぐにでも誘導に出かけて行ってほしい」

「仰せのままに」

 王家の者に対してする礼を優雅に行ったオリヴィエの横で、エヴァランは眼差しを鋭くした。

「長老はなんと仰っていた?」

 またか、という顔でウィルは肩をすくめた。

「最初と変わんないよ。危ないから来るなってさ。……でも、絶対に失敗なんてしやしないから、いいでしょ?」

「なぜ、そう言い切れる? 人間の王子よ」

「僕がその気でいるからさ。そうでもなければ、人間たちが君たちユニコーンへしてきたことの償いが少しもできない」

「今夜で償いができるとでも?」

「思ってないよ」

 失敗しない、と言ったのと同じくらい、はっきりとウィルは言い切った。

「でも、今夜失敗なんてしたら、ほんの少しの償いだろうと、その機会は永遠に訪れないかもしれないんだ。そんなことは、あってはならないから」

 エヴァランの視線を真っすぐに受け止めたウィルは、ふっと笑うとオリヴィエの方を向いた。

「さあ、今から馬に変身するから、すぐに行こう」

 オリヴィエは、初めて躊躇いの表情を見せた。

「しかし……ご変心なさっているとはいえ、殿下に跨るというのは」

「では、私達が馬になればご満足?」

 突然響いたレイラの声に、オリヴィエは恐縮して黙礼をした。

「シルヴィアの作戦を聞いていたでしょう。オリヴィエをウィルが乗せていくのは、そのあとまた長老たちのところに行って、あなた達が護衛兵を連れて行ったところでそれを伝えるためなのよ」

「はい、レイラさま」

 オリヴィエの畏まった様子に、シルヴィアがレイラの腕を引いた。

「レイラ。そこまで言うことはないのでは?」

「だって、シルヴィア。私たちは控えめに言っても、とても危険な橋を渡ることになるのよ。この一か八かの状況を、成功へと転がすとしたら、あなたの考えだした作戦を忠実に実行すること。それだけでしょう?」

 レイラが微笑みとともに言うと、その全幅の信頼が伝わってきた。シルヴィアもつられて、笑顔を浮かべずにはいられなかった。

「その通りだよ」

 ウィルがまとめにかかった。

「身分なんてつまらないことを気にしている場合じゃない。オリヴィエ、今から変身するからね」

 言うなりウィルは、歌うために大きく息を吸った。

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