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第10話 製品の使用結果に責任を持つのは持ち主。


 自宅襲撃の報をアサキが知ったのは正午前、最初の目的地であったシューレスト宅を出てすぐであった。訪問中は車内に置いてあった携帯端末に、サクから連絡が入っていたのだ。簡潔な文書形式で送られていた内容を確認し、すぐさま電話回線を介してサク本体に通信を繋ぐ。


『アサキさん。良かった……』


「何が起きたか詳しく話せ」


 回線が繋がった途端、情けない声を送信してきたドールを遮ってぴしゃりと指示を出す。それに慌てた様子で、無駄に高級なCMドールは状況を語った。


『――というわけで、損害はフィリアの部屋の窓がサッシごとと、僕が壊してしまった扉、あとは絨毯くらいでしょうか。……すみません、大半僕が壊してますね……。あと、僕の右腕がとれてしまってます』


「外れているのか」


 最後の一言に、片眉を跳ね上げて問い返す。窓サッシや蝶番程度ならば(モノにこだわらなければ)いくらでも替えを用意出来るが、あの高級ドールのパーツとなればそうは行かない。ついでのような物言いに内心呆れつつ、アサキは代替部品の調達先に頭を巡らせた。


『あ、はい。外れているというか、千切れているというか……』


 一体相手が何ならそんな事になるのか。ばつが悪そうな様子に今度こそ溜息をつく。襲ってきた敵の正体に思いを巡らせたアサキは、一つの可能性に辿りついて思い切り眉を顰めた。


「やれやれだな。破損時の警告ログは残っているだろう。至急それから破損部品とその型番をリストアップしてこちらに送れ。もしもウチに無い物があれば調達して帰る。フィリアの部屋については業者を呼んで、応急でも構わんから直しておくことだ。フィリアを別の部屋に移すよりはそちらがいいだろう。私は夕食時間には間に合わん。何とかフィリアを宥めておけよ」


『了解です。あの、在庫状況とか管理してあるファイルは何処にあるんですか?』


「私のマシンだ。かまわん、こちらでリモート参照出来る。それより、後で入ってきた連中は何か名乗ったか?」


『あ……はい。「葛葉は金狐の禾熾」と、リーダー格の男が……』


「やはり葛葉か!」


 その単語を聞いて、アサキは盛大に舌打ちした。思わず空いた手で額を押さえる。しかも狐とくれば、本物ならばアキツ上最悪の相手だ。アサキの耳にした噂の五割でも真実ならば、自分の型番すらすっ飛ばした大ボケCMドールの腕を持って行くくらい造作もないだろう。――そう思えるような化け物だった。


『あの、有名なんですか? あの狐面』


 たじろいた声音で、サクがおずおずと尋ねてくる。十年間に渡った初代マスターとの暮らしぶりがどんなものであったか、アサキがサク当人から聞いた内容は僅かだ。


 しかし、聞いた内容とその世間知らずぶり(自分の正確なタイプコードすら知らないのだから、世間知らずどころの騒ぎではない)から、殆ど屋敷の外にも出ず、マスター以外の人間とも関わらず、マスターの手により、慎重に慎重に隠されていた事は分かる。不法所持CMドールなどというやくざ極まりない物体のくせに、アキツの裏事情を全く知らないのもその為であろう。


 今までのサクとのやりとりや、ついさっき先代マスター一家であるシューレスト家で聞いた内容を思い出しながら、アサキはそう結論付けた。


「葛葉は……アキツに暮らす人間のうち、半歩でも裏社会に足を突っ込んだ事のある人間なら誰もが知っている、そうだな、いわばアキツ国そのものの裏の顔のようなものだろう」


 十中八九、相手は納得しないであろうと予想しながら、アサキは淡々と説明した。


『……っ、ちょっと、意味がよく掴めませんが……』


 予想通り、相当に困惑した声音でサクが返す。世の常識に照らし合わせれば至極当然の反応だった。少なくとも、法治国家を名乗っている国にあっていいようなものではない。アサキはひとつ溜息をついて、長くなりそうな会話を打ち切ることにする。


「今は時間が惜しい。気になるならばネットで調べるなりフィリアに尋ねるなりしてみろ。運がよければフィリアが答えてくれるだろうよ」


 はあ、という何とも釈然としていない様子の返事を適当に聞き流し、アサキはそれだけ言って通信を切ろうとした。言った通り、時間が惜しい。しかしそこで、悩める高級CMドールがアサキを呼び止める。


『あのっ、アサキさん……』


「何だ」


 まだ何かあるのか、とばかりにぞんざいな返事をしたアサキに、言葉に詰まったような沈黙が返る。実際にはサク本体から、発声スピーカーを介さず通信しているので聞こえる筈はないのだが、言葉を飲み込み、躊躇する息遣いが聞こえるような「間」だ。


「おい――」


『……あの…………銃を、撃ちました』


 戸惑っているような、懺悔するような、弱々しい声音だった。


「それがどうした」


 サクの腕に自動小銃を仕込んだのは他ならぬアサキだ。街中で突然乱射したならともかく、闖入者からフィリアを守る為の行為として、CMドールであるサクがそれを選択することには何の不自然もない。


「そういった事態に対して、私が管理者として責任が取れないと思えば、そもそもお前に武器なんぞ仕込むか。何か問題があったのか?」


『いえ、跳弾も流れ弾も室内に大きな被害は出しませんでしたし、銃声による騒ぎも起きてはいませんが……』


 主の問いに対して、サクが淀みなく返答する。宗主国の伝統を受け継ぎ、アキツは比較的ガンコントロールの厳しい国だ。いかにイソタケの裏通りが堅気でない連中の巣窟であっても、白昼堂々と銃撃戦が容認されるような事は無い。その点は、アサキもしっかり考慮に入れて仕込み銃を調達していた。コンバットシステムについても、無闇に銃を撃たないよう適切なプログラムが組んであるはずだ。


「当然だ。仮に何か騒ぎが起きたとしても、その責任はシステム製作者のものだろう。でなければ所有者である私の責任だ。お前が悩むのは時間の無駄だと思うがな」


 どれだけリアルに人間を真似ていようと、サクは自律人型『機械』なのだ。機械に責任を取らせていては、この世に人間が責任を取る用事は無くなってしまう。


『そう、ですね……でも、あの……』


 まだ何か言いたげな様子に溜息をついて、アサキは愛車のエンジンをかけた。無骨な外見に似合わぬ、静かで心地よいエンジンの振動がシートから伝わってくる。


「その話は帰ってからだな。さっきも言ったが時間が惜しい。帰りが遅くなるのは誰の得にもならんだろう。切るぞ」


 慌てたような生返事が返ってくるのだけ聞いて、アサキは通信を切った。掌に収まる大きさの薄型携帯端末を助手席へと放り投げ、ブレーキペダルを踏んでギアを動かす。ゆるゆると動き始めたピックアップ型ジープの運転席で、煙草を銜えて気分を切り替えた。


 次なる目的地は元ルーネイ邸――エリック・ルーネイなる偽名を名乗っていたルーカス・エリクソンが生前住んでいた屋敷だが、サクを狙って襲撃まであったのならば、どう考えても真正面から近寄るのは危険過ぎる。


「ちっ、『ルーカス・エリクソン』……確か元フルーセンのAHCM技術者の筈だが――研究内容がはっきり思い出せんな。どうせこのまま屋敷に向かっても、葛葉が噛んでいるなら近付きも出来んだろうし……」


 ブラオ商事という犯罪組織は初耳だったが、最近アキツに進出してきたのならば無理もない。しかし連中も、街中で発砲する事にためらいのない人種である以上、出先でばったり出くわしたい相手ではなかった。葛葉かブラオ、場合によっては両方がルーネイ邸を監視しているはずだ。


 面倒くさそうに一息ついたアサキは煙草に火を点けると、助手席に放り出してあった携帯端末を再び拾い上げる。


「全く……何者なんだ、あのドールは……」


 細く開けた窓の外に紫煙を燻らせながら、アサキはステアリングに向かって呟いた。



***



 エリック・ルーネイ――そう名乗っていた北欧系らしき男からサクを譲り受けたのは、メリッサ・シューレストという名の女だった。


 メリッサはアキツで生まれ育ったが、両親は共に別の星系出身であり、所属する大企業の出向という形でアキツに移り住んだ白人系夫婦だった。アキツの公用語と、両親の母国語の両方を覚えて育ったバイリンガルの彼女もまた、その能力を生かし、星系間を駆け回っている。


 そんなメリッサが十年余り前、連邦のある惑星で出会ったのが『エリック・ルーネイ』だったのだ。


 出会った当時大層な美男子であったらしいエリックとメリッサはすぐに仲良くなり(メリッサがアサキにその出会いを説明する際、当時の彼の「美しさ」をやたらに強調したのだから、そこは重要な部分なのであろう)、彼の「何処か連邦から遠く離れた、小さな惑星に移住したい」という願いを聞いたメリッサは、迷わずアキツを紹介した。


「――待って下さい。その『エリック・ルーネイ』の年齢は……」


 先刻シューレスト家を訪問した際、それらの経緯をメリッサの向かいで聴いていたアサキは途中、思わず話を遮って尋ねた。


「さあ、正確には聞いてなかったわね、そういえば。けどー……たしか私よりは年下だったはずよ。情報系に詳しい人だったけど、こう、線が細い感じでねー、美人薄命っていう単語がホント……似合う人だったわね」


 アサキの問いにそう答えたメリッサは、寂しげに眉を寄せた。メリッサの年齢は、三十代半ばといった所か。独身の、第一線で働く女性である事もあってか、溌剌とした若々しさと成熟した女性の魅力が同居する華やかな美人だ。そのメリッサよりも年下ということは、最高でも三十代前半だろう。サクとの別れの経緯から勝手に、何の疑問も無く白髪の頑固で偏屈な老人を想像していたアサキは声こそ出さなかったものの、目を丸くしてメリッサを凝視した。


「そう、ですか。ではルーネイ氏の詳細な経歴などは、あまり御存じないのですか?」


 相手に不審がられる前に気分を切り替えて、アサキは更に質問を重ねた。


「ええ、あまり聞いて欲しくない様子だったから。きっと連邦を離れたかったのにも何か理由があるんでしょうし、あまり深く詮索しない方が良いかと思って。本当に……何か重たいものを抱えてる様子だったから――。ああ、でもそうね、あの人『ルーク』って呼び名によく反応してたのよ。だからきっと、エリックは偽名なんだろうなって思ってたわ」


 そういう翳りが無ければきっと、本気でアプローチしたんでしょうけどねー。でもあの翳りと謎めいた感じが魅力だったのも間違いないのよねー、うふふふふ。そう楽しそうにコロコロと笑うメリッサは、「地味なの嫌い」という理由でサクの破棄を決定したというマリカと、まごうかたなき母娘だ。無邪気に自分勝手で、能天気なメリッサの口調に内心そう納得しながらアサキはなるほど、と頷いた。


「それでは……サクの事についてなのですが」


「ええ、あの子のこと……、申し訳ないことをしてしまったわね。せっかく貴方が拾ってくださったのに、ウチの子を助ける為に……ホントに、何てお礼とお詫びを言ったらいいか」


「いえ、ドールと人間を秤にかけることは出来ませんから。それに十分お礼は頂いています。その件はどうぞお気になさらず」


 シューレスト家には、「サクはマリカをかばって壊れた」と説明してある。ついでにその話の流れで、壊れたサクの弁償とマリカ救出のお礼を兼ね、五百万程度の金をアサキはメリッサから受け取っているのだが、その事はサクには黙ってあった。(ちなみにアサキがサクを買った値段は百四十万である)


「それで、サクは……シューレストに来たときからあの設定のままで、何も手を加えておられなかったのでしょうか」


 応接室の艶やかな木製テーブルからカップとソーサーを手に取り、香りの良いコーヒーをブラックのまま一口すすってアサキは尋ねた。


「ええ、私はドールの事は全然分からないんだけど、娘が何か、故障してて設定が上手くいかないって言ってたわ。何を設定しようとしたのかはよく知らないんだけど……」


 少し首を傾げてメリッサが答えた。AMドールは初期のマスター登録の際に、性格や嗜好などの設定が出来るようになっている。量販品、個人製作、あるいは量販品でもそのグレード等で設定の精度や幅に違いはあるが、「設定が出来ないドール」というのはAMドールとしてはありえない。


 しかし、本来入手や廃棄に関して惑際的に厳しい規制のあるドールを、使用人を解雇するように家から追い出した目の前の美女が、ドールに疎いのは明らかだ。AMドールなら入手当初に出来て当然の設定が不可能な事について、何の疑問も持たなかったとしても不思議はなかった。


「では、設定などは全て娘さんがされたわけですね。お話を直接伺ってもよろしいですか」


「え、ええ、マリカなら二階に居るけど……あの、サクって何か問題のあるドールだったのかしら?」


 サクの初期設定について食い下がるアサキに、メリッサは戸惑ったように尋ねた。勤め人であるメリッサの都合に合わせ、アサキは休日にシューレストを訪問していた。よって無論学校も休みであり、娘のマリカも二階の自室だが、事件に巻き込まれた先に居合わせただけの得体の知れない女の前に、わざわざ娘を呼びたくないのが母親だろう。


 これ以上あまり深く、「ルーネイ」氏にもサクにも、無論アサキにも関わりたくはない様子のメリッサにそう内心頷きながら、アサキは最低限確認したい内容を伝えた。


「いえ、ルーネイ氏が随分とカスタマイズした機体だったようで、普通のAMドールとはかなり勝手が違っていましたのでね。私もAHM技術者の端くれとして、是非とも詳細を知りたかったのですが……当のドールが壊れてしまったので少しでも情報を、と思いまして。――では、マスター登録時にどのような作業をされたのかだけ、確認してもよろしいでしょうか」


 ちなみに前半部分はアサキがその場で考えた、ただの出任せである。結局メリッサに下階からマリカに声をかけてもらい、階段越しでマリカに質問をしてアサキはシューレストを出た。



***



 「エリック・ルーネイ」の家はシューレストから車で三十分ほど離れ、アシハラの市街地からも西に大きく外れた郊外にあった。周囲も民家の密集した宅地ではなく、近郊農業を営む農地と防風林を兼ねる森林が雑多に入り混じった長閑な場所である。


 しかし、乾燥地帯が近いイソタケとは違って潤いのある光景を楽しむ余裕も無く、アサキは道中すれ違う車や路傍に立つ人物に注意を払っていた。時折、どう見ても農地に用の無さそうなスーツ姿の男が路駐した黒塗り車の周りにたむろしている。


「やれやれ、わかりやすい事だ。威嚇か、それとも素でボケているのか、どっちだろうな」


 どちらにしろ、そういった真似をするのはブラオ商事とやらの方だろう。アサキがそう思うのは、葛葉はそんな安っぽい真似をしてくる組織ではないからだ。何処に潜んでいるとも分からない葛葉よりも、分かり易い分ブラオ商事の方が可愛げがある。


 そう内心肩をすくめたアサキは、スーツの男たちと目を合わさないよう注意しながら、のろのろとアスファルト舗装されただけの農道を走った。幸いにしてアサキの愛車は、露天荷台の無骨なピックアップ型ジープなので農作業用に見えなくもない。スーツ姿の男たちもアサキの車に一瞥をくれただけで、特に気にした様子もなかった。


 監視ポイントの目印になっている連中を避けてハンドルを切りながら、アサキはこのまま旧ルーネイ宅へ向かうか、引き返すかを思案していた。一応の確認にとこちらに車を向けてきたが、この分では間違いなくルーネイ宅は胡散臭い連中に囲まれている事だろう。


「……ちっ、こちらは諦めるか」


 忌々しい、と呟いたアサキは脇道に入って方向転換すると、そのまま停車して携帯端末を手に取った。


「――この間は世話になった。……ああ、折角作ってもらったが状況が変わった。今度は――」


 とある人物に電話をかける。相手がアサキの依頼を承諾すると、アサキはそれに礼を言って通信を切りかけた。と、しかしそこで手を止めて思いなおす。下ろしかけた端末を持つ手を再度持ち上げると、通信を切ろうとしているであろう相手を呼び止めた。


「すまない、最後に一つ質問だが……ふん、私を何だと思っている。只の平凡な違法AHM技術者だ。――で、お前は、設定の初期化が出来ないドールというものをどう判断する? ああ、そうだ。マスター登録からペルソナ設定まで全てロックされ、かつ、何の問題もなく稼動するAHMだ。……そうだな、ああ、確かにな。――いや、気にするな。忘れてくれ。そうだ、それがお互いの為だろう」


 互いにすねに傷を持つ身同士ならば、余計な詮索は怪我の元。そう心得て必要以上に踏み込まず、かつ保身できる程度の情報は収集しておく――そのバランス感覚が、イソタケの裏通りを生きる人間には必要だ。それをよく認識している者同士の会話は、そこで打ち切られた。今度こそ携帯端末を手放すと、アサキはこの日十数本目の煙草に火を点ける。


 深く紫煙を肺に吸い込んで、ニコチンを肺胞の血管に吸収させるように一拍置き、静かに煙を吐き出す。排気された白い主流煙の靄が拡散して消えると、指に挟んだ煙草の先端からたなびく副流煙を、見るともなしにアサキは眺めた。


「…………マスター登録の不可能なドールは在り得ない――それはドールが存在する為の、必要最低条件、か。確かに、製品の使用結果に責任を持つのが持ち主である以上、当然といえば当然だな」


 確認するように呟く。酸素を求めるように溜息をついて、アサキは眉間に皺を寄せた。


「全く、不可解な点が多すぎる」


 思考に沈むアサキの指先で、煙草はただ煙を燻らせながらその身を灰へと移ろわせていた。



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