第11話 新入部員と新世界

二人ともやる気無いな。

まあ、一週間も誰一人としてこの部室に入って来ていないからな。

仕方が無いと言えば仕方が無いのだけれど。


そして、昼休みの時間になり、三人で漫画を読んでゴロゴロしているとドアからノックをする音が聞えた。

三人とも天地がひっくり返ったかのように顔をドアに向ける。


「あ、あの~。漫画研究部はここですか」

小鳥のような弱々しい声ドアの向こう側から聞こえてきた。

床に寝っ転がっていた莉菜先輩は跳ね起きてドアを開ける。


「どうぞどうぞ。漫研はここですよ。ささ、入って入って」

莉菜はその男の子の腕を引っ張って無理矢理部室に入れる。


目がマジだ。

シマウマを狙うライオンの顔をしている。


「おお!」

「可愛いですと。悔しいです。男の子のくせに生意気です」

そう。

彼は可愛かった。


いわゆる男の娘というやつだ。

「ちょっと、何よこの子。男の子のくせに何でこんなに可愛い顔してんのよ。むかつくんですけど」

ミリルはそう言って男の子の頭を拳で殴りつける。


「や、やめて下さいにゃ。先輩」

「ふん。男の子のくせに生意気なのよ。あんた」


「僕はあんたなんていう名前じゃありません。僕には竹下ルイっていう名前があるんです」

竹下は、ぷりぷりした感じで怒って見せる。

「きゃー、ルイくんっていうんだ。むかつくけど、むかつくけど、なんか可愛い」


ベタベタと後輩にくっつくミリル。

「ミリル。ルイくんが困っているじゃないか。離れろよ」

「しかも、女の子みたいにお肌がぷにぷにしてる~」


「ルイ君が嫌がっているだろ。離れろよミリル」

「ぷー。葵君のいじわる」

その後、莉菜先輩がルイに漫研の説明をして漫研に入るかどうかを聞いてみた。


「僕、漫研に入りますにゃ。僕、漫画が大好きにゃので。言ってみればオタクにゃので」

体中から開放感と力がみなぎってくる。

「「「今日は宴だ~」」」


ということで、ただ今ミリルの行きつけの店にいます。


「ぷは~、やっぱり困難を乗り越えた後のコーラは最高ですね~」

一番テンション高く盛り上がっているのは莉菜先輩だった。

この漫研の継続の危機を一番恐れていたのは彼女だったのだ。


この部を継続する事が出来て一番嬉しいのは彼女なのだろう。

この中で一番この漫研のことを一生懸命考えて行動してきたからこそその分の開放感や爽快感、喜びは俺やミリル以上のものなのだろう。


だから、これは新入生歓迎会兼、莉菜先輩のおめでとう会でもあるのだろう。

「莉菜先輩」

「何?葵さん」

「お疲れ様です」


莉菜先輩は、白い顔を真っ赤にして、

「なにがお疲れ様ですか。私は、定年退職をするおばさんか。これは送別会なのですか。私はそんなに歳を取っていないですよ。葵さん」

「いや、そんなつもりで言った訳じゃ無いんだけれども」

莉菜先輩は顔を赤くしたまま、オレンジジュースを入れたグラスをクルクルと回す。


人によっては優雅に見えるのだろうが、彼女の場合は優雅というよりはふてくされていると言った方が正しいのだろう。

「でも、やっと新入部員が入って来てくれて私は嬉しいです。ここ数ヶ月耐えてきた甲斐がありました。やっと、やっと・・・・・・」


莉菜先輩は、ヒック、ヒックと泣き出してしまった。

そして、竹下ルイの手を掴むんで抱きしめる。

「にゃっ!?ちょっと、莉菜先輩!?」


竹下は、どうしたら良いのかさっぱり分からず、固まったまま動かずにいる。

彼を抱きしめたまま泣きじゃくる莉菜先輩を見ていると、心の筋肉が解れるような感じがした。

ほっこりとした気分になる。


「感動ってやつだね~」

隣にいるミリルが他人事のように呟きながらソーダをアイスソーダを飲んでいる。

「私は、二次会もしたいなあ。どうせならどっか他の世界でぱっーと何かやりたいんだよね。葵君、何か良いアイデア無い?」


「何か良いアイデアって言われてもなあ。いきなりそんなこと言われてもなあ」

彼女は、俺の肩を指先でつついてスマホの画面を見せてきた。


その画面には、「都市伝説~絶対に行ってはいけない異世界都市~」と赤い文字で書かれているいかにも怪しい文字が並んでいた。

彼女は、その画面を下にスクロールしてみせる。


そのサイトに記載されてある写真や心霊スポットらしき場所は、見た目からしてやばそうな所ばかりだった。

「ミリル、まさかこんないかにも怪しい場所に行くつもりじゃ無いんだろうな」


彼女は、いやいやと手を左右に振って、

「そんなつもりは私には無いよ。私が見て欲しいのはここだよ」

彼女が指を指したところを見てみると、そこには写真は記載されておらず、赤い文字だけ書かれてあった。


「スーパーコンピュータの最深部。グレイトヘイム。世界樹ユグドラシルの地下に眠る財宝をみつけし者、この世界の謎を知る。なんだこりゃ?新しいゲームか何かか?」

ふるふるとミリルは、首を振る。


「いやいや、違うんだよ。葵くん。このサイトによれば、グレイトヘイムはこの『スピリッツ・パラレルワールド』を創造した研究者が作ったらしい。その研究者が言うには、この『グレイトヘルム』の世界は、『スピリッツ・パラレルワールド』の延長線上なんだって。『この世界では、果たせなかった魂の救済をこのグレイトヘルムは可能にするだろう』って書いてある。ね!なんか、『秘密』がありそうじゃない?」


彼女の目は、好奇心に満ち溢れて星のように煌めいていた。

「私は、このグレイトヘルムに行けば、もっとこの『スピリッツ・パラレルワールド』のことを知ることが出来ると思うんだ。この世界の創造者とグレイトヘルムの創造主がおんなじ人なんだよ。これは、行かない理由なんて無いじゃない。この世界のことを知る手掛かりを掴めるに違いないよ」


「確かに、そうかもしれない。でも、ミリル。それが都市伝説にされている理由ってなんだよ。普通では、考えられない恐ろしい事があるからそんな記事が書かれているんじゃないのか?」

確かに、と小さな手で拳を作って唇に当てて考える。


「葵君の言う通りかも知れない。この記事には、そんな怪しげな事は書かれていなかった。他の記事も探してみるね」

「ちょっと、お二人さん。何二人でコソコソとやっているんですか?私にも教えてくださいよ」


面倒くさい奴が絡んで来た。

どうせ一緒に行く事になるんだし、こっちの意図を悟られる訳にはいかない。


「実は、この後、都市伝説の噂がある所に行くつもりなんだけど、どうかな?二人とも。漫画に興味があるなら夢のような場所だと俺は思うけど」

莉菜先輩は、竹下に引っ付いたまま、

「それってどんなところなの?」


「グレイトヘルムっていうこの世界を創造した研究者が設計したサブワールドの世界らしいんだよ。なんで都市伝説とされているのかはミリルに聞いてくれ」

俺は、そう言って親指でミリルの方を指差す。


「コホン」

彼女はわざとらしく咳をして眼鏡を動かす仕草をして、先生っぽい話し方で、

「それじゃ、説明を始めようかな。とは言っても、ここに書いてあることぐらいしか私も知らないんだけど・・・・・・」


彼女は、淡々と、少し理屈っぽく説明を始める。

「このサイトによると、そのグレイトヘルムって言うのは『影』と戦わなければいけないらしいんだ。グレイトヘルムの中心には 世界樹であるユグドラシルが存在しているらしいのよ。で、そのユグドラシルの地下には願いを叶える聖魂せいこんがあるらしい。どんな夢でも叶えてくれるらしいんだけど、一つ不思議な出来事が起きるらしくて――」


俺、莉菜先輩、ルイくんの三人は、目を大きく見開いてゴクリと唾を喉に通す。

「グレイトヘイムで死んだ人は、このスピリッツ・パラレルワールドからいなくなってしまうらしい」

「つまりそれって――」

莉菜先輩が唇を噛んで言葉を続ける。


「その人のデータが『スピリッツ・ワールド』上から消されるって事?」

彼女の声は、恐怖で震えていた。

当然だ。


ミリルはコクリと小さく頷く。

「そう。でも、それが本当に起こっているのかどうかは分からないわ。グレイトヘルムで死んだら必然的に『スピリッツ・パラレルワールド』以外の世界に転送されるように出来ているのかも知れないし、私も良くは知らないんだけれどね」


「僕は、行ってみても良いにゃ。でも、その世界に一度行ったらこの世界に戻ることは出来るのにゃ?」

「出来るらしいわよ。だから、ある程度は安心しても良いわね。どう?みんな。行ってみない?」


質実な顔でルイはミリルの問いに答える。

「僕は、行ってみたいですにゃ。実は、僕この世界の創造主、松井沢亮って言うんですけど、その人のことをとても尊敬しているんですにゃ。世界的に有名な人工知能、VR研究の第一人者であり、『ルイギア』の開発者かつ、この『スピリッツ・パラレルワールド』の開発者だにゃ。三十年前に亡くなってもスーパーコンピュータの中に生き続けて人工知能の研究を続けているらしいんにゃ。でも、彼がこの世界の何処でどうやって研究をしているのかは彼が亡くなって三十年経つ今も全く分からないままなのにゃ」


俺とミリルは、彼の発言に愕然した。

まさか、彼がこんなにコンピューターオタクには見えなかったからだ。

どこからどう見ても男の娘。


隣にいるミリルの顔をふと見ると、彼女は両手で口を覆っていた。

あ、こいつ今絶対に笑っているな。


ミリルと目が合った。

彼女は、俺にウインクをして見せた。


これなら、こいつの思い通りに動いてしまうな。

この世界の謎を解く。

その「謎」がなんなのかさえも分からないのに、遊び感覚でこいつはその「謎」を解こうとしているんだよな。


こうなったら、こいつの邪魔な存在は莉菜先輩だけ。

でも、先輩の願いは叶ったんだし、実質こいつの思い通りにしかいかない。


俺は、楽にこの世界で生きていけば良いと思っている。

こいつと一緒にいるのも正直、面白そうだからという事だけだ。


でも、何故こいつがこんなにもこの世界の「謎」を解く事に執着しているのかは全く分からない。

こいつの隣にいて時々狂気を感じる時さえある。


今そんなことを考えてもしょうが無いけど、こいつのこの異常とも言える執着心、行動力は一体どこから来るのだろうか。

どうしてもミリルの隣にいるとそんなことを考えてしまう。


今回のグレイトヘルムで彼女のその執着心の正体が分かるかも知れない。

そう考えたら俄然とやる気が出て来た。


「そうなのか。なるほどな。松井沢亮か。確かに名前は聞いたことがある。で、ルイは行くのか行かないのか?お前が決めて良いんだぞ。本当に死ぬかも知れないんだから。この世界で暮らすことも永遠に出来ないかも知れないんだぞ。それでも良いのか?」

「ええ。僕は松井沢先生の作った世界を体験してみたいです。それに、私は松井沢先生が人を殺すような残酷な事をするような人ではないと信じていますから」


ルイの目は、神様を崇める信者のような目をしていた。

もし、この噂が本当ならこいつはその事実に、現実に耐えきる事が出来るだろうか。

出来ないかも知れない。


それでも、彼は俺達の仲間になったんだ。

同じ漫研の部員なんだ。(只の口実だけれど)

まだ、一緒にいて短いけど仲間なら助けるべきだ。

俺は少なくともそう思う。

「それじゃ、決定だな。早速、グレイトヘルムに行こう」

「いやいやいや。私の意見はどうなったんですか」

そう言いながら、莉菜先輩は俺の腕を掴んできた。


「先輩は行きたくないんですか?グレイトヘルムへ」

「べ、別に行きたくない訳じゃ無いですけど・・・・・・」

もじもじと暫く指を弄っていたが、キッと怒ったような顔をして、

「分かりました。行けば良いんでしょ。行けば。こう見えて私RPG得意なんですから」

そう言ってぷぅと小さなほっぺたを膨らまして見せた。

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