第47話 ボーン・イン・ザUSA?

前回のあらすじ

・沈船ダイビング。

・タコのパウル君、大予言。

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 ツトムがを見つけたのは、三本目の時だった。


 最後部の船倉に入って、突き当たり、すなわち船底に辿りついた時だ。最初は、つるりとした細長い外見から小さなイカかと思ったのだが、動く様子がない。近寄って見ると、何かの骨のかけらだと分かった。


 グラブをはめた手で拾い上げてみる。途中で折れているが棒状の骨だ。長さも太さもおでんに入れるチクワくらい。どう見ても魚の骨には見えなかった。


 あとでマコに見せようと思い、BCDに付けたメッシュのポーチに入れ、皆の後を追った。


 水から上がっていつものようにシャワーを浴び、着替えるためにキャビンへのハッチを開けると、食欲をそそる香りが漂ってきた。


「あ、カレーだ!」

 ツトムのお腹が、グゥと鳴った。


 ナガトがキッチンで大鍋をIHに載せて、かき混ぜていた。

「海軍伝統のカレーだ。金曜日じゃないけどな」


 日本海軍では、毎週金曜日はカレーと決まっていた。変化に乏しい洋上で曜日の感覚を保つためだったと言うが、その伝統を受け継いだ海自では各艦ごとにオリジナルのメニューを用意するまでになっていた。


 日本人のソウルフードとも言えるカレーだ。嫌いな子はおらず、みなはりきって食べた。


「はぁ~、久しぶりのお父さんのカレー、堪能しちゃったわ。お米がほとんど無くなりそう」

 マコもお腹をさすりながら満足げだ。


 というわけで、ツトムも満腹の余りそのまま寝てしまいそうだったのだが。


「ツトム兄さん、今のダイビングで何か拾ってきませんでした?」

 ジュヒが聞いてきた。魚ではなくツトムをウォッチングしていたらしい。


「あぁ? ……ああ、そうそう。変わった骨を拾ったんだ」

「骨?」

 ジュヒが聞き返してきた。


「うん、骨のかけら。ちょっと待ってて」

 潜水作業室に戻り、吊るしておいたBCDのポーチから骨のかけらを取り出す。


「これだよ。何の骨か分からなかったから、母さんに見てもらおうと思って」

「どれどれ」

 マコに渡すと、そのままマコは固まってしまった。


「母さん?」

「え? ああ、ツトム、これどの辺で拾ったの?」

 なんとなく母の表情が硬い。無理して笑ってるように見える。隣のナガトも、目が笑ってない。


「えっとね、三本目で行った一番奥のところだよ」

 ツトムが答えると、ナガトがマコから受け取った骨を調べながら言った。


「確かに、魚類の骨にしてはしっかりしてるな。陸上で体を支えられるアシカの骨かもしれない」


 アシカは大きなひれ状の前足で泳ぐが、これで陸上でも体を起こして歩くことができる。アザラシは全く体を起こせないので、この点が最大の違いだ。


「へぇ。でも、アシカってこんな太平洋のど真ん中にいるの?」

「普通はいないわねぇ。だから、もしそうなら大発見かもよ」

 マコに言われて、ツトムは心が浮き立った。


「すごいじゃないか、ツトム」

 シャオウェンも嬉しそうだ。

「えへへ。でも、まだ決まりじゃないからね」

 専門家に見せるまで、断定は禁物だ。


 それでも、大発見なのかもしれない、と言うのは大きい。操縦室のシートで、ツトムは満足して眠りに落ちた。


 骨のかけらはナガトが預かり、専門家に鑑定してもらうことになった。


* * *


 子供たちが寝静まると、大人の時間だ。ナガトがそっとキャビンへのハッチを開けると、やはりマコは起きていた。


 キャビンに入ってハッチを閉めようとすると、するりと”くもすけ”が入ってきた。顔を見合わせるナガトとマコに向かって、指を一本立てて口元に当てて見せる。

 二人と一体は潜水作業室に移り、ハッチを閉めて監視カメラとマイクをOFFにした。


「さて、ようやく腹を割って話せるな」

 ナガトが他の二人……一人と一体を交互に見ながら言う。


「ぶっちゃけ、それ、アシカの骨なんかやないんやろ?」

 ”くもすけ”が、ナガトの手にある骨のかけらを指差す。


 片側は折れてるが、もう片側には、特徴的な丸い突起が出ている。


「うむ……海自で救急医療の講習を受けた時見せられた、人間の大腿骨にそっくりだ。……しかも、このサイズなら子供だな。五、六歳というところか」

 淡々と話しているが、もし事実ならえらいことだ。


「お父さんそれじゃ……この船に子供が乗ってたってこと?」

「うむ。密航でないなら、人身売買だな」


 チリはこの十数年は比較的政治も経済も安定している。密航してまで子供連れで国外に脱出するとは思えない。


「人身売買なんて……誰が、何のために?」

 マコの疑問に、”くもすけ”が答えた。


「この”ボナンザ”、船籍はチリやけど、船主は中華人民共和国やで。さらに言うと、木材チップを輸出した企業も中国資本や。輸入する上海の企業も、当然同じ。確定やな」


 船に一杯の積み荷を全て検査することは難しい。どうしても抜き取り検査となる。なので、残りが覆い隠している部分にコンテナが埋まっていても、見つかる恐れは少ない。積み入れや積み出しの際に誤魔化せば良いだけだ。どちらも同じ資本ならなおさら。


「この船が出航する直前に起こった、南部チリ沖大地震と津波の被害か」

 ナガトがつぶやく。


「地震と津波で親を亡くした子供らを、保護の名目で拉致し、売り払って利益を得た奴らがおったんやな。スマトラと一緒や」


 ”くもすけ”が言うのは二〇〇四年のスマトラ大震災のケースだ。「里親を探す」という名目で多数の子供が拉致され国外に売られたと、各国に通達があったと言う。


「これは……確かめないと眠れないわね」

「うむ……確かめたらまず、さらに眠れないだろうが」


 マコとナガトの言葉に、”くもすけ”が答えた。

「よっしゃ。”のちるうす”はわてが見とるさかい、お二人でいっとき」


* * *


 夜の沈船ダイビングは、さらに闇が深い。気分的にも浮き立つものがないので、ナガトとマコの心象はさらに暗かった。


 ガイドをする必要もないので、マコは普通の水中マスクにした。そのため、さらに沈黙があたりを満たす。


 ほどなく、二人はツトムが骨のかけらを見つけたと言う場所にたどりつく。そこから上に向かってライトを向けると、ほぼ垂直にそそり立つ壁……かつての船底に、直方体のコンテナが固定されているのが見えた。


 二人は互いにうなずくと、ゆっくりとそこまで浮上する。


 コンテナは片側の扉が壊れて脱落していた。内部の漆黒の闇に、ナガトはライトを向けた。


 そこに映し出されたのは、おびただしい白骨死体。サイズから考えて、四歳から六歳くらいの幼児が中心だった。


 余りの凄惨な光景に、マコの水中マスクは涙で水没しそうだ。

 ナガトはむしろ、心が冷えた分、冷静だった。丁寧にカメラを操作し、周囲の状態も含めて記録していく。


 不意に、マコが電子ホイッスルを鳴らした。指差す壁面には、何か固いものでびっしりと刻まれた文字が見てとれる。


 スペイン語らしく、ナガトには読めなかったので、それもカメラに納めておく。


 撮影が終わると、二人はコンテナを後にし”のちるうす”に戻った。


 遺骨の回収は、外部の手を借りた方がいいからだ。


 船内に戻ると、ナガトは壁に刻まれた文字をコンソールに出し、文字起こしをした。それを翻訳サイトで日本語にしてみると、翻訳結果が画面に表示された。


『僕らは津波に流された。僕は木の枝につかまり、よじ登った。母さんが妹を渡したので、引っ張り上げた。母さんはそのまま流された。父さんも。


 水が引くと、男の人たちがきた。助けてやると言ったから信じた。妹にはミルクがいるから。

 新しい父さん母さんに会わせてくれると、男たちは言った。でも、僕は僕の母さん父さんがいい。だけど、男たちはもう死んでると言った。


 薄暗くて狭い部屋に閉じ込められた。何人も子供がいた。水や食べ物はあるけど、ミルクはなかった。妹のために、硬いパンを噛んで水に溶かして飲ませた。妹はすぐに病気になった。


 激しく船が揺れて、横倒しになった。明かりが消えた。そして、妹は死んだ。残ったハンドライトで照らしたけど、目を覚まさなかった。


 助けてくれるんじゃなかったの?

 僕が悪い子だから、神様はこんな目にあわせたの?

 良い子になるから、お願いだから、妹を生き返らせて』


 マコは何度も涙をぬぐいながら、読み終えた。

 ナガトは言った。


「これは、ツトムたちには言わないでおこう」

 海面下の骨、ボーン・イン・ザUSAアンダーシーエリアが、臓腑をえぐる夜だった。

 この世には間違いなく、他人を貪り食らって肥え太る悪魔がいるのだ。


 充電器にしがみつくようにして、”くもすけ”はつぶやいた。


「しかし、なんでまたこの子らを、わざわざ中国まで運ぼうとしたんやろうな? 子供なら国内にぎょうさんおるやろうに……」


 ばら積み貨物船は船足が遅い。太平洋を横断するには一か月かかる。その間の食糧などを用意し、なんとか暮らせる設備がコンテナには必要だ。そんなコストをかけてまでして、なぜ他国の子供を拉致したのか。


 ”くもすけ”のAIにも解けない謎だった。

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