第27話 人生イロイロ?(前編)

前回のあらすじ

・ツトムの機転。

・むちゅ。

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 ツトムは固まっていた。


 目の前には、幾つものホールケーキ。そこから切り分けた分で、既にテーブルは埋まっている。

 さらに、飲みものも紅茶に緑茶に抹茶に加えて、薄黄色いオクスス茶とか言うものなど、初めてみるものが沢山。ちなみに、オクスス茶とはトウモロコシを炒って作るらしい。


「さあ、たんとお食べなさいね、ツトムさん」

 朗らかな「おっかさん」という感じの女性が、テーブルにさらに皿を追加する。


「昨日から、娘と一緒に作ったんですよ」

オモニ母さんのケーキは最高よ。ツトム兄さん、どうぞ」

 彼の隣で隣でケーキをフォークで「あーん」とやってるのは、西珠姫ソ ジュヒ


 何度も誘われ続けて、ついに断りきれなくなってしまい、ツトムは放課後、彼女の自宅を訪れたのだった。

 しかも、タリアの調理部がある日で、メイリンもクリスも高雄亭のサービス日で体が空かないし、孫兄妹はまだ”のちるうす”から出て来れずにいる。

 結局、ツトム一人での訪問になってしまった。


「もがっ?」

 半ば無理やりケーキを突っ込まれ、むせるツトム。


 これじゃ、いつかのタリアVSメイリン戦だ。あれを一人でやってるようなもの。なんとか目の前のお茶(と思われる飲みもの)で流し込む。

 ちなみに、味は悪くない。お茶だと言われると違和感があるが。


 ちなみに、一切れのケーキがなぜか握りこぶしくらいあった気がする。


 ……英語の「ケーキ一切れア・ピース・オブ・ケーク」って、「お茶の子さいさい」って意味なのに。


「だ、大丈夫だよ、自分で食べられるから」

「もうやだ、ツトム兄さんってば恥ずかしがっちゃって」


 どういうわけか、ジュヒとはなかなか話が通じない。ちゃんと日本語は通じているのに。


「それに、こんなにたくさん、食べきれないよ」

「それなら、好きなだけ取って、好きなだけ食べてくださいな」

 ジュヒの母はそう言うが、既に『好きな量』をはるかに上回って取られ、食べさせられている。


 大歓迎されているのは確かだが、完璧な歓待とでも言うべきだろうか。完敗に乾杯。


 ……今の僕はもう、生クリームと砂糖と小麦粉と卵でできてるんだ、きっと。


 もう、成人するまでケーキはいらない。本気でそんな気分になったところで、ツトムはジュヒの部屋に通された。


 ……あ、わりと普通だな。


 メイリンの部屋と比べれば、だが。あっちは、ヘビのボアちゃんだけで、もうお腹いっぱいだ。


 壁には男性アイドルのポスターが貼ってあった。ぬいぐるみや置き物なども。本棚があったが、例のハングルと言う文字でさっぱり分からない。それでも、幾つか日本語のタイトルがあった。小説や詩集だ。


 部屋の間取りも、ツトムやタリアの部屋と変わらない。

 一つだけ違うのは、この家が花弁都市の根元近くにあるため、日差しが入りにくいという点だ。代わりに、上層部の集光装置から光ファイバで引きこんだ日光が、天井の一部から降り注ぐようになっている。その光は、僅かに茜色に染まり始めていた。


「どうですかツトム兄さん、私の部屋は」

「うん、なんか女の子の部屋、と言う感じだね」


 まるで教科書の例文みたいにあたりさわりのない答えだが、ジュヒは満足したようだ。にっこり笑って、座るように勧めた。ベッドに。


「え? あ、あの……」


 その隣に座るジュヒ。もじもじしながら、身を寄せてくる。避けるツトム。さらに寄せてくる。

 ついに壁際まで追い詰められた時、ドアがノックされた。


 ジュヒが声を上げる前にドアが開き、お盆に飲みものを乗せてジュヒの母が入ってきた。


「あらあら、仲が良いのね」

「もう、オモニったら」

 真っ赤になるジュヒ。


 彼女の事は嫌ってはいないし、そんな姿を見ると可愛いとすら思う。

 ――思うのだが。


 思春期前なのでそれ以上どうしようもありませんです。


「これ、ここに置いておくわね」

 小さな低いテーブルに飲みものを置くと、母親は部屋を出て行った。


 そのテーブルの脇にクッションがあるのを見て、ツトムはぱっと立ちあがった。


「僕、喉乾いちゃった」

 クッションに座り、コップを手に取る。


 いや、実はさっきのケーキとお茶でもう満杯なのだが。


 クッションは一つしかないので、座るなら直接フローリングに座るしかない。ちょっと意地悪っぽいが仕方ないだろう。


 甘かった。ジュヒはためらうことなく、固い床の上にペタンコ座りをした。


「ツトム兄さん」

 座ったまま、少しずつにじり寄って来る。

「な……なにかな?」


 こんな時に限って”くもすけ”は何も絡んでこない。


 ……そうだ、”くもすけ”だ。


「ちょっと暑いね」

 などと誤魔化してハンカチを取り出し、汗を拭くふりをしてメガネの蔓に触れる。


「なんやツトム? 遠慮しといたんやが、デートの実況中継か?」

 蔓から骨伝導で”くもすけ”の声が響く。ジュヒから見えないように蔓からマイクのアームを降ろすと、コップから一口飲んでハンカチで口元を拭くついでに素早く囁く。


「スマホに電話して。大至急!」


 マイクを戻してジュヒの方を振り向くと、すぐ近くに彼女の顔があった。

 びっくりした。なんだっけ? こんなホラー映画見た気がする……。


「ツトム兄さん、私……」

 そこでスマホが鳴った。


「あ、ごめんね、ジュヒ」

 通話をONにする。


「なんやツトム? 急に話すことでも出来たんか?」

「ああ、おじいちゃん。どうしたの」


「はぁ? ツトム、何かの冗談ちゃうの?」

「え、シェルスーツが? うん……それは困ったね」


「ツトムくん、君が何を言ってるのか分からないよ!」

「しょうがないね、うん、今からそっちへ行くよ」

 通話を切ると、ジュヒに向かって言う。


「ごめんね、ジュヒ。シェルスーツの調子が悪くて、おじいちゃんがちょっと困ってるらしいんだ。すぐに行かなくちゃ」

 ジュヒは哀れなくらいしおれてた。


「そうですか、お爺様が……」


 ちょっと心が痛んだが、このままここにいたら、それ以上のことになりそうな気がする。すごくする。


 ジュヒの母に挨拶とお礼をして、ツトムは彼女の家を後にした。


「なんや、ようするにあの娘の家から逃げ出したかったんやな」

 メガネの蔓から”くもすけ”が突っ込む。


「ツトムはまだまだヘタレなボンボンやのう」

「僕は十二歳だから、ボンボンでいいんだよ」

 我ながら、無茶苦茶な返しだ。


「あと一カ月やろ? それで十三や」

「一歳くらい誤差の範囲さ」

「……それ、まるで五十のおっさんやで」


 そんなやり取りをしていると、はたからはツトムが独り言をつぶやいているようにしか見えない。


 花弁都市の下層は、コアタワーとの連絡協も短い。すぐにエレベーターに到着した。


* * *


 あの場にいなかったクリスやジュヒや他のクラスメートには、孫兄妹は急な都合で親元でしばらく暮らすことになった、と伝えてある。


 学校や警察には事実を伝えたが、二人の安全のため、口裏を合わせてもらった。どうやら、ナガトが何やら手をまわしたようだが、そのあたりツトムは何も知らない。


 あの男たちと、孫兄妹の護衛だった三人。彼らが今どこにいるのかは分からない。密入国の方法も不明なので、出て行ったのかもはっきりしない。ただ、ツトムやナガトが提供した画像をフローティア中の監視カメラで照合しているので、これであと一週間見つからなければ、いなくなったものと考えてよいらしい。


 そんなことを思い起こしながら、AIビークルを降りてナガト研究所へしばらく歩く。


 研究所のドアは、結局丸ごと交換になった。銃弾が貫通した錠前部分だけの交換では済まなかったからだが、より頑丈なものになった。その予算がどこから出たかも謎だ。


 そのドアに向かって虹彩認証。ドアを開けると、ナガトは事務机のPCから顔を上げた。


「おう、ツトムか。今日は誰かの家に行くとか言ってなかったか?」

「うん、行ったよ。でも、ちょっと用事を思い出したんだ」

 ちょっとジュヒの事で胸がチクリとする。


「工房の方か? なら、これをシャオウェン達に渡してくれ」

 書類を受け取る。随分分厚い。


「紙の書類なんて珍しいね」

「まぁ、お役所だからな」


 内容は今回の顛末をまとめたものだ。いわゆる調書というやつだろう。あの後、警察に届けたので、刑事がやってきて孫兄妹やナガトに事情聴取をしていった。その時の録音をAIが文書化したものだ。


「そこの枠の中にサインしてくれればいい」

 最後のページに、「以上で間違いありません」との文言に続いて署名欄が二人分あった。


「わかった。じゃあね」

 肩掛けカバンに書類をしまうと、奥のドアへ向かう。


「うむ。ああ、ツトム。サリアに夕飯は家で食べると言っておくか?」


 そうだった。


「えーと、うん、家で食べるよ」

 そう答えると、ツトムはドックへ向かった。

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