第15話 メシが食えん学園?

前回のあらすじ

・メイリンはヘビ属性。

・”くもすけ”の大道芸。

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 翌朝。

 起きて着替えたツトムは、充電器にうずくまる”くもすけ”に告げた。


「今日から授業だから、昼間は別行動だね」

「安心せいや。スマホに乗ってくさかい」

 頭部のLEDが消え、代わりにツトムの胸ポケットのスマホから大阪弁が流れ出した。


「どや。これぞ懐刀や。心配せんと」

 画面ではCGの”くもすけ”が、まさにドヤ顔していた。


「別に不安なんて無いけどね」


 昨日、あれだけクラスメートと話せたのだし、中学ではどうやらボッチを卒業できそうだ。むしろ静かに好きなことに取り組む余裕ができるかどうかが気になる。


「あ、しまった忘れてた」


 スマホには工房のPCからメッセージが入っていた。3Dプリンタの素材である金属粉が切れた、と言うものだ。通常のプリンタのインク切れのようなもので、こうなると造形が止まってしまう。

 本来なら昨日のうちにカートリッジの交換に行くはずだったのだが、午後はタリアに引きずられてメイリンの自宅に行くことになってしまい、つい忘れてしまった。ちなみに、メイリンの家で、ペットのヘビくんと半ば強制的に親睦を深めることになったのは言うまでもない。


「どうしよう。学校が終わってからだと、最後の部品の造形が終わるの、明日の朝だなぁ」


 造形中だったのは胸の部分だ。このパーツを胴体に溶接してしまえば、シェルスーツの全身を組み上げられる。上手くいけば、各関節の稼働テストも今日中にできる。そうなれば、ほぼ完成だ。しかし、放課後では明日の夕方までお預けとなってしまう。

 スマホの時計は七時を指している。早めに出れば、工房まで行ってもなんとか間に合うだろう。

 鞄を肩にかけて廊下に出る。タリアの部屋の戸をノックすると、すぐに戸が開いた。


「ツトム、おはよう。もう出かけるの?」

 タリアも制服に着替えていた。


「うん、ちょっと工房に寄りたいんだ」

 階段を降りながら事情を話す。


「わかったわ。五分だけ待てる?」

 タリアはキッチンへ。母親と二言三言交わし、しばらく冷蔵庫を開け閉めする音がした。


「はい、サンドイッチ。食べながら行きましょ」

 包みは二つあった。


「タリアも行くの?」

「当然」

 なぜ当然なのかは分からなかったが、あえて聞かないことにするツトムだった。このへんの優柔不断が、後々で問題となるのだが……。


 玄関を出て、コアタワーの中央エレベーターまでひた走る。


「いや、は、走らなくても、間に合うかと」

 息も絶え絶えのツトム。涼しい花弁都市なのに、汗が噴いてくる。

「善は急げって言うでしょ」

 何が善なのか良くわからなかったが、やはり聞かない方がよさそうだ。


 エレベーターで一気に地上へ。そこでAIビークルを拾う。

「さ、食べましょ。朝ご飯は大事よ」

 サンドイッチをぱくつくタリアの横で、ツトムは固まってた。

「どうしたの?」

 ツトムは朝食を包み直した。

「走ったから喉カラカラなんだ。飲み物がないと喉につっかえそうで」


 工房の事務所には冷蔵庫があるから、何か飲みものとかあったかな、と気になる。いつもは手前のコンビニで買っていくのだが、流石に余裕がない。中央タワーに戻るときになんとかしよう。


 虹彩認証ももどかしく、工房に駆け込んで新しい金属粉のカートリッジを3Dプリンタにセットして再起動させる。問題なく造形が再開されたのを確認して、外へ。


「ツトム、施錠を忘れとるでぇ」

 スマホから”くもすけ”が告げる。

「おっと、いけない」

 認証カメラをもう一度覗くと、ドアに鍵がかかった。


 乗ってきたAIビークルはそのままだった。しかし、飛び乗ってから気がついた。


「あ、飲み物……」

 事務所の冷蔵庫を覗くのを忘れた、後の祭りだ。そのまま中央タワーへ向かうしかない。


「あら、メイリン?」

 タリアが歩道を走る少女を見つけた。そう言えば、家はこのあたりだった。

 ツトムが座る側の歩道なので、速度を落として窓を開け、声をかけようとしたのだが。


「うー、遅刻遅刻!」

 何やら必死だ。そこでトーストをくわえているのはお約束なのか、このまま出会いがしらに男の子と鉢合わせしそうだ。

 大変そうだから、窓をそっと閉じて先に行こうとすると。


「うわたっ! 待って! ツトムじゃないの!」

 閉まりかけた窓にしがみつかれ、危険を感知した車が自動停止する。すかさず窓から手を突っ込んでロックを外し、メイリンが乗り込んできた。


「ちょっと! これ二人乗りだってば!」

「大丈夫。こんな華奢な女の子、大人の半分もないから」

 言うほど華奢ではないのを、図らずもツトムは全身で知る羽目になった。

 ツトムの両膝をまたぐ形で向かい合わせに座り、両肩を抱え込む体勢。色々と肉付きの良いところがあちこちあたってる。

 メイリンはそのままトーストをかじる。


「良く食えるなぁ」

「ん?」

「いや、僕、パンって飲み物がないとダメなんだ」

「そう? でもこれ、バターたっぷり塗ってるから、ぱさつかないわよ」

 唇が艶やかなるのは油か。


「あ、ツトムのほっぺた、バター付いちゃった」

「え? ああ、ティッシュ……」

 と思ったが、ポケットの上にはメイリンの生太ももが乗ってる。手を伸ばそうにもこれでは……


 ぺろん。


「ひぁ!?」

 いきなり頬を舐められ、ツトムは変な声をあげてしまった。


「ツトム、美味しい」

 さらにメイリンは、間近で舌舐めずり。近い。近すぎる!


「ちょっと、メイリン」

 隣から強烈な殺気。横目で見ると、タリアの背後に牙を剥く虎の幻影が揺らめいた。


「なにかしら、タリア」

 メイリンの肩越しには巨大な蛇……いや、龍の姿が。


 狭い車内で龍虎合い睨む狭間、ツトムの脳裏では優しい父が川の向こうで手招きしていた。


* * *


 なんとか遅刻は免れたものの、朝からツトムは消耗しきっていた。

 なぜか両脇から腕を掴まれて、教室まで。二人よりちょっと背が低いツトムは、ブラックメンに連行される宇宙人そのものだった。


 しかし、クラスメートからは両手に華としか映らなかったようで、女子からは羨望の、男子からは加えて嫉妬の視線が矢のように突き刺さる。


 しかも、ツトムが座ってもメイリンが席に戻らず、タリアと睨みあっている。


(やめて! 僕のためにケンカなんて!)

 もはや乙女ゲーのヒロイン状態。


「親友だからと大目に見てきたけれど、そろそろ限界ね」

 タリアから灼熱の炎が感じられる。


「あら、オバサマに大目に見られることなどなくてよ」

 メイリンからは極寒のブリザードが。


 そして、特定のキーワードがタリアをヒートアップさせたようだ。


「誰がオバサンよ!」

「あら、ツトムから見たらオバサマなんざんしょ?」


 ……メイリン、その「ざあます」言葉はどこから?


 ああ、ホームルームが、ホームルームが始まりさえすれば!

 こんなに山口ミカ先生が恋しくなるなんて。巨乳のせいじゃないけど。


* * *


 ホームルームに続いて一時限目の科学。

 教科担任は斉藤カオリという三十代半ばの女性教師で、白衣を着ているので女医さんという印象だった。結構さばけた性格のようで、ツトムとしてはありがたかった。

 できれば、実験室とか好きに使わせてくれると嬉しいのだが。


 で、休み時間。女の戦いが再会される。五十分の中休みを挟んで十分の戦い。

 スマホの”くもすけ”に向かって愚痴る。


「なんでまたケンカになっちゃったんだろう?」

「ツトム、女難の相やな。まぁ、男の甲斐性っちゅうことで頑張りなはれ」

 まるで慰めにもなってない。


「まったくもう、何をどう頑張りゃいいんだよ……」

 隣の列の前の方のクリスに助けを求める視線を送るも、フルフルと首を振って両手を合わせて拝まれてしまった。


 ……君がそんな熱心な仏教徒だとは知らなかったよ。


 他のクラスメートも、昨日とは打って変わって遠巻きに見ている。


 そんなこんなで、昼までにはツトムの体力はごっそりと削られていた。考えてみたら、朝サンドイッチを食べ損ねたせいで、今日はまだ何も口にしていない。


「あ……あのさ」

「「なに? ツトム」」

 見事にハモった。


「ええと……そろそろお昼にしない? 僕、お腹へったなぁ……」

 ごそごそと、鞄からタリアからもらったサンドイッチの包みを取り出す。包みをあけると……

 見事に潰れていた。


「なにこのサンドイッチ。ペッタンコじゃないの!」

 メイリンがことさら大げさに驚いて見せる。


「キーッ! それはアナタが大きなお尻で押しつぶしたんでしょうがっ!」

 タリアが噛みつく。いや、「キーッ!」とか言わないでほしいな。


「可哀そうなツトム。私のお昼、分けて上げるわ」

 メイリンがランチボックスを取り出す。どこから出てきたのか小一時間問い詰めたいが、あいにくそんな余裕はなさそうだ。


「ありがたく辞退させていただくわ。ツトムのお昼は別に用意してあるの」

 なぜ君が代わりに辞退するのか、聞く余裕はなかった。タリアの方も三段重ねのお重を取りだした。


 ……君ら、ド〇えもん飼ってるでしょ?


「さあお食べなさいな、ツトム」

 メイリンがアツアツの麻婆豆腐を匙ですくって差し出してきた。瞬間加熱機能付きのランチボックスらしい。


「ツトムの大好物、冷めてもおいしい手こねハンバーグよ!」

 負けずにタリアも箸でつまんで突っ込んで来る。


「ぐはっ」

 両側からいきなり食べ物を突っ込まれ、ツトムは思わずむせてしまう。


 炎の匂い染みついてならカッコイイが、食べ物ではそうはいかない。ツトムの口から吹き出したそれは、心配そうにこっちを見ていたクリスの顔を直撃した。


 ごめんよ、クリス。

 かくして、ツトムに供された昼食は、そのほとんどがクリスの顔面へと直行したのだった。


 よけてもいいんだよ、クリス。

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