第4話 酒池肉林?

前回のあらすじ

・ツトム、家族が増える。

・第二の少女の登場。

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 ……もう駄目。死んじゃう。


 朝はろくに食べられず、かなり遅い昼だったにもかかわらず、ツトムは飽和状態だった。

 頼んだのはランチの定食で、餃子とラーメンだけのはずだった。だが、なぜか小龍包とかチャーハンや肉野菜炒めなどが後から後から出てくる。


 どちらかと言うと食の細いツトムには、かなりの量だったが、断ろうとするとメイリンが瞳をウルウルさせて迫って来るのだ。


「……お口に合いませんか?」

「いえ、頂きますおいしいです」

 結果として、普段の三倍は食べることになってしまった。キャパオーバーだ。うっかり転んだら、全部流れ出しそう。


「まいどありがとうございました」

 なぜか、メイリンはじめとした店員一同に深々とお辞儀で送られて、ツトムと家族……そう、新たに家族となった祖父ナガト、祖母サリア、叔母のタリア&ナリアの四人は、店を後にした。


「ツトム、この後どうする?」

 タリアが聞いてきた。ツトムの右手をしっかり掴んで。反対側の手は、ナリアにしっかり握られている。

 両手に華だ。でも、僕、思春期前なんです。そう言うことにしてください神様。


 ……ええと。この後の事を聞かれたんだよな。


「まず、これから住む家を見たいんだけど」

 ひとまず、無難な答えが出来た。


「そうね。まずは荷物をおろして落ち着いてからよね」

 サリアの言うことは尤もだが、なにしろ祖父と夫婦しているので油断ならない。なんとなく、ツトムのゴーストがささやくのだ。


 祖父の一家が住むのは、フローティアの中央タワーの上層部だという。


 ……さながら空中都市だな。


 晩婚だった父セイジに見せられた、昭和時代の人形劇の主題歌が、脳裏でリピート再生される。


 沿岸部から中央タワーはかなりの距離があるので、AIビークル《自動運転車》を拾うことになった。

 AIが運転し、いつでもスマホなどで呼び出せて、好きなところで乗り捨てができる。動力はやはりMgマグネシウム電池で、電気が切れかけるとこれも自動で充電スタンドへ向かう。

 日本の本土でも普及し始めているAIビークルだが、こちらではほぼ百パーセントとなっているようだ。新しい土地には新しい標準が根付きやすいのだろう。

 ちなみに、デザインは実用一点張りなので、シンプルな箱型だ。


 四人乗りAIビークルのシートは、前後に向かえ合わせになっていた。そこに、大人二人と子供三人。小さいナリアは誰かに抱っこされないと乗れない。


「やー! ツトムと乗るの!」

 サリアが抱いて乗ろうとすると、まさかの抵抗。必死にツトムの膝にしがみつく。


「すみません、ツトムさん。普段は聞きわけの良い子なんですけど」

 神妙なサリアに、ツトムも何か言わなくては、と焦った。


「いや、ナリアちゃん可愛いから、ご褒美ですよ」


 焦ったせいで、ネットで聞きかじった言葉を使ったのがまずかった。サリアは表情がこわばり、夫のナガトに目を向ける。祖父のナガトは窓の外に視線をさまよわせる。オリンピック選手なみの豪快なフォームで目が泳いでいた。隣のタリアが掴んでる右手に、さらに一トンほどの圧力が加わる。痛い。


 ご機嫌なのはナリアだけで、キャッキャとはしゃいだ挙句、中央タワーに着くまでの数分間で電池が切れ、眠りこけてしまった。


 ……良い子の幼児は、寝ている幼児だけだな。重いけど。


 車の後ろのラゲッジスペースに入れたデイバッグから、”くもすけ”の声が響いた。


「前途多難でんなぁ、ツトム」

 言われなくても分かってるってば。と脳内でツッコミ返す。


* * *


 中央タワーのさらに中心部は、高さ千メートルの円筒形の吹き抜けで、その内壁を高速エレベーターが頻繁に上下していた。


「……さすがに速いな」


 体重が変化する加減速がほとんど感じられなかったにも関わらず、千メートルをほんの数十秒で登り切っていた。

 どんな制御プログラムなんだろうと、スマホでニュートン法の計算をしてくれるサイトを呼びだそうとしたツトムだが、タリアに手を引かれて外へまろび出た。


「しゃきっとせいや、ツトム」

 ”くもすけ”の突っ込みが入る。


 ……全く、作った奴の顔が見たいよ。毎朝、洗面台の鏡で見てるけど。


 屋内に入れば床も冷えているので、”くもすけ”は自分の四足でツトムについて歩いている。


「わんわん、わんわん」

 サリアに抱かれたナリアが目を覚まして、ぐずりながらも”くもすけ”に手を伸ばす。


 ……いや、今はかなり違うから。元は犬ロボだったけど。


 中央タワーの頂上付近から外に出ると、そこは周囲をぐるりと盆地のような街並みに取り囲まれた空間だった。タワー頂上の、ラッパのような花弁のような、上へ向かって広がる部分の内壁だ。島の住人からは「花弁都市」と呼ばれているらしい。


「あ、涼しい」

 日差しは強いものの、日陰に入ると空気はひんやりとしていた。屋内だからエアコンかと思ったが、外へ出ても涼しさは変わらない。


 ナガトが解説する。


「この花弁都市は海抜千メートルだからね。高原みたいなもんさ」

 冷房など無くても、最高気温は年中二十七℃前後だそうだ。


 エレベーターを降りた中央タワーから、花弁内壁の街並みへ渡る橋の上を歩く。内壁にそってぐるりとめぐる階段状の街路は、樹木が多く緑にあふれていた。住宅は内壁に埋め込まれる形だが、玄関の間隔を見ると、かなり余裕を持って配置されているようだ。


「ここって、どのくらい人が住んでるの?」

 ツトムの質問に、今度はタリアが答えた。


「三万人よ」

 へぇ、とツトムはつぶやいた。花弁都市の直径は千メートル。人口密度はそれほど高くないようだ。その分、これだけ緑が豊富なのだろう。


「ただその数字、表向きだけなんですよね」

 サリアが呟いた。


「え? どういうこと?」

 思わずツトムが声を上げると、ナガトが渋い表情で言った。


「正規の居住者以外に、親戚などを同居させている例が多くてね」

「それって、僕も似たようなもの?」

 ツトムの疑問に、ナガトはかぶりを振った。


「お前の場合は、正式に届けを出しているから問題ない。届けも出さずに勝手に住みついている連中が多いんだ」

 この花弁都市で数千人と見積もられているという。


「下の海浜区も、本来は一万人ほどが住むはずなんだが、どうもその倍はいるらしい」

 食糧などの消費量がかなり多いので、そう見られているという。


 正規の人口四万人の島に、一万数千人もの不法滞在者。何か酷く間違ってる。


「島嶼国の難民を受け入れた時に、チェックが甘くなったんだろうな。送り返すべき国がはっきりしないのも問題だ」

 ナガトの説明で、ツトムはちょっと不安になってきた。ちらっとタリアを見て、祖父へ疑問をぶつける。


「治安は大丈夫なの? 犯罪とか」

 日本でも移民や難民の受け入れに反対している人たちがいて、その理由が治安の悪化だった。

 ……タリアやナリアが巻き込まれたりしない?


「花弁都市の方は大丈夫みたいだが、海浜区は場所によるな。ガイド情報が出てるから、見ておくと良い」

 ナガトがスマホを取り出して操作すると、ツトムの黒縁メガネがピロリンと音を立てた。レンズの隅から網膜に直接、映像が投影される。


 さっきお昼を食べた店や、ナガトの仕事場のあるあたりは安全だと言うので、少しほっとした。ガイド情報のサイトを確認し、”くもすけ”にも教えた。これで、危険な場所に近づけば教えてくれる。


 そんな会話をしているうちに、祖父ナガトの自宅に到着した。サリアが世話をしているのか、玄関の周りは南国の花であふれている。


 ドアの前にナガトが立つと、瞳の虹彩をAIが判別してドアが開いた。


「さて、我が家にようこそ、ツトム。早速、お前も家族として登録しておこう」

 玄関の中の壁に、小さなコンソールが埋め込まれていた。母と暮らしていた社宅にもあった、ホームセキュリティーの端末だ。

 そのカメラに顔を近づけ、ツトムは指名と生年月日を告げた。


「福島ツトム、二〇XX年六月七日」

 ピッと電子音が鳴って、画面に「登録されました」と表示が出た。


「あれ? これで登録するんだから、不法滞在はバレちゃうんじゃ?」

 疑問を口にするツトムに、ナガトは顔をしかめて答えた。


「プライバシー保護法ってのがあってね。誰と同居しているかはプライバシーだから、その情報は利用制限が厳しいんだ」

 確かに、そんなのが出回ったら、誰と誰が恋人になっただの別れただのが丸わかりになってしまう。


 世の中は、ツトムが好きなメカよりも、余程複雑で面倒なようだ。

 特に、祖父の再婚とか母より年下の祖母や幼女の叔母に囲まれると。


「さて、まずは上がってくれ」

 日本人の家だから、玄関先で靴を脱ぐ。反射的にツトムの口から言葉がこぼれた。

「……お邪魔します」


 ナガトはカラカラと笑った。


「もうここはツトムの家だよ。次からは『ただいま』だ」

 大きな手に背中をポンと叩かれて、ツトムはリビングへと入って行った。

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