EP02 骸

―EP02 骸―







「エデル王国の宣戦布告する」







唐突に伝えられた世界を救った英雄の裏切り、刹那の間に静寂が支配した空間で言葉を発したのは賢者マギ――それは声と呼べる程のものではなかったのかもしれないが、マギは声を振り絞り震える手を握りしめながら目の前のアルフレッドへと問いかけた。



「あ……う、あ、アルフレッド様」

「なんだ」

「う、嘘、嘘に決まってる」



マギはアルフレッドの目の前まで進むと、アルフレッドの胸に手を置き下から見上げた。見上げる黒と白のオッドアイには光がなく、嘘、嘘、とまるで取り憑かれた様に呟く。


アルフレッドはそれを見つめたまま、マギの肩を掴み体から引き離した。マギから、あぁ……と何かを失う様な声が漏れたが、気にかけはしない。



「なにも間違っていない、俺は聖騎士団の団長であるアルフレッドではない。ましてや英雄でもない、俺は十神滅のアルフレッドだ」

「違う……違う、違う……アルフレッド様は……アルフレッド様はそんな事」

「マギ!!」



――マギの体から力が抜けた



ヴィヴィアはマギの事を嘲笑いながら、アルフレッドの手を抱く。アルフレッドはヴィヴィアを1度見たが特に気にしてはいないようだ、ヴィヴィアは更に笑みを深めマギを笑う。



「勝手に"我の"アルフレッドを決めないでくれんかのぉ?賢者マギよ、そなたはもっと強いと思っておったが……残念じゃよ、くははははっ!」

「要件は済んだ、帰る」

「んな、つれないのぉ……はぁ、キングシス」



アルフレッドは背を向け、王座の間を去っていった。マギはその場に崩れ落ち頭を抱え震えている、アリスはマギを抱きしめているが同じくその肩は震えていた。その様子を横目にヴィヴィアはキングシスにまるで世間話をするように伝えた。



「開戦は2日後じゃ、場所は……そうじゃのぉ――ヘブンズ第一要塞するか」

「……ヴィヴィア」

「ん?なんじゃ、場所を変えた方がよいか?それとも言わん方がよいかの?」

「どうやって……アルフレッドの心を惑わした。貴様、世界の宝に傷をつけたな、許されない事だ。これ以上の侮辱をわしは知らんぞ!ヴィヴィア・ラスト!!」



ヴィヴィアは笑いながら王座の間の扉の前まで歩くと、振り返った。邪悪な笑みと共に――



「よい、初体験ではないか」















〈エデル王国―王城――正門前〉



漆黒の竜と共にメイドが待っていた、別れた時と変わらない姿勢で帰った2人にお辞儀をする。ヴィヴィアは、まだ笑みが溢れており、余程楽しい思いをしたのだろう。アルフレッドは何も言わはない。



「お早いお帰りで」

「まぁのぉ……くくっ、フェルリナ。賢者マギの顔、貴様にも見せてやりたかったわい。くははっ!」

「それは残念です……ところで、何か忘れ物でもされましたか?」

「うむ?」



ヴィヴィアが振り返ると、黒髪の少女が王城から走って来ていた。アルフレッドの鎧と似たデザインのそれを身につけているのは勇者アリス・ジークハルト、彼女は大声でアルフレッドに呼びかける。



「アルフレッド!待ってよ……いきなり、訳が分からないよ。どうしたのさ、何で……なんで皆を裏切る様な真似をしたの?!」



泣き叫ぶ様に話すアリスにアルフレッドはその甲冑の下にどのような顔をしたのかは分からない。ただ無言で見つめるだけだ。アリスはその様子に顔を俯かせると、振り絞る様に声を出した。



「私……ずっと怖かった、なんでアルフレッドが帰って来ないのかずっと怖かった!」

「…………」

「アルフレッド、君が何を考えてるのかなんて分からない。私は君みたいに強くないから……君みたいに多くの事を背負う事なんて出来ない」

「…………」

「でも、わ、私は……私は君の隣にいたい!私だけじゃない、マギと聖騎士団の皆もアルフレッドを助けたいの!だから」



アリスは足元を濡らしながら、必死に叫んだ。決して届かないと分かっている場所に少しでも近づけるように、諦めたくないから。しかし、それを遮る者がいた、その者の声はアリス対しての怒りが含まれていた。



「偽善者、まさに道化じゃなぁ……勇者アリス」

「私は道化じゃない、自分の意思でここにいる。それにマギも弱くない、ヴィヴィア……貴方こそ卑怯者。アルフレッドの後ろに隠れなきゃ何も言えない臆病者よ」

「自分の意思?はっ、笑わせてくれる。貴様は何か勘違いをしているようじゃなぁ……貴様の意思、そんな物……"全てアルフレッドを媒介"にして、自らの行動を正当化しとるようにしか聞こえんわ」

「っ?!……ち、違う!私達は義務と責任をっ」

「義務と責任?……何者かの隣にいなければ、自らの行動を決められない幼児にそんな大層な者は荷が重いわ……ちっ、気が萎えた。フェルリナ、帰る」

「はっ、かしこまりました」



動けないアリスの背を向け、3人は歩き出す。ただ手を伸ばす事しかしない、アリスの手は虚しく無を掴むだけ……竜の上に立つアルフレッドは、振り返らずにアリスへと告げた、いや、これは只の独り言なのかもしれない。



「自分が何者か見つめ直せ」

「…………アルフレッド?」

「勇者は、何を成すべき存在だ?自分の行動なら、自分の意思で決めるんだ。他人の思考に身を任せるな、それぐらいの"勇気"を君は持っている筈だ」



それだけを言うと、黒き古代竜は空高く飛翔した。



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