【幕間】マジマ

マジマ3 ─ 怠惰

 オレはコレが初めての謹慎だった。……どうやら必須タスクは何も割り当てられず、任意タスクについてはコスパ最悪の『店番』のみ。マジでなんもすることがない。


 グレードBのパブリックスペースに行くこともできなくなっていた。せめて図書館が使えれば……ジェスチャーを行い、ライブラリを起動してみるが、暇つぶしに使えそうな物はインポートされていなかった。わかってりゃ事前に準備したんだが、まぁ仕方ない。





 ──マジで碌なタスクがない、つまり1日で使えるオレのマナが有り余るわけだ。グレードBになった際に与えられた個室には、簡易的な調合と精製の道具はある。

 ……まぁ、アレを作れってことなんだろうな。


 心機一転、いっちょやってみるかね、と、調合用の器ビーカーに精製水を注ぎ、皿部分に細かな装飾の入ったアルミの匙を差し込む。その長い柄を両手で持つと、意識を集中してマナを流し込み、ぐるぐるとかき混ぜ始めた。












 ──10分後。



「あぁぁぁーマジしんど!!やってらんねぇよ!」

 カラン、と匙を投げ捨てると、オレはほぼ変化のない水を恨めしそうに睨んだ。


 ……こんなメンドクセェ物、小ビン一本作るのに何日かかるか分かったもんじゃない。退学になった学生が、実は地下労働でコレを作らされてる、って噂がマジなら、オレは半日で心が折れる自信があるな。




 ベッドに寝転び惰眠を貪る。ダラダラと無駄に時間を過ごしつつも空腹で目が覚め、適当に飯をポチる。

 ソース学内通貨の残高は2万ちょいか。実際のところ、別に何もせずに5日くらいゴロゴロしていようが、特に問題ないのは確かだった。


 ポン、と机に届いた『マト赤水実ウカンバ細青実のサラダ』『塩ローストチキン』をあっさりと食べ終わると、ベッドに寝転んだ。何もやる気が起きない。

















 ──気がついたら翌日の昼になっていた。すっかり寝過ごしたが、ぶっちゃけその方がヒマな時間が減るのでたいした問題ではない。


 ベッドに横になったまま、ぼーっと虚空を眺めるオレは、天井に向かって両手を伸ばす。優しくニギニギと空気を揉みながら、記憶から柔らかな感触を反芻した。……レイラは今頃どうしてるだろうか。


 こうも暇だと、無性に誰かと話がしたくなる。部屋にいたって、どうせすることがないのだ。オレは話し相手を求めて、タスクをすることにした。


 今日も1つだけ存在する任意タスク『店番』にチェックを入れて申請する。と同時に、すぐに入室許可が出た。パパッと身支度すると、オレはゲートを開いてくぐった。






 オレの入室を察知してか、灰色の猫耳がピクッと動き、見張り机に突っ伏していた自称招き猫人猫のルーシアさんが、眠そうに薄目を開けた。

「……にゃ、マジマ?珍しいにゃ。どーしたんにゃ?」

 人が来て嬉しいのか、尻尾をピンと立てている。


「ちょっと、やらかしちゃいました。しばらく謹慎食らって、マジですることがないんすよ」

「ふぅーん。あの泣き虫だったマジマがにゃー。もうそんな責任のあるタスクやってるんにゃ」


 ガキの頃から見られていることもあって、どうしても会話の調子が狂うメッキが剥がれる




「ルーシアさんは、相変わらずゴロゴロしてるんすね。暇でしんどくなったりしないんすか?」

「んーにゃ?ネズミ取って、釣りして、時々ごちそう。ずーっとこのままで全然幸せにゃあー」


 そう答えるその口から、牙がちらっと覗く。人化してたって所詮は猫なんだよなぁ。気楽でいいもんだ。……釣りなんかできる場所がここグドラシエにあるか?……まぁ、いいか。なんだかオレは色々悩むのがバカらしくなってきた。



「……んにゃ?……マジマ……」

 何かに気がついたのか、ルーシアさんはガタッと立ち上がり、赤い首輪につけた鳴らない鈴が揺れる。そして机をくるりと跳び越えたかと思うと、しゅるっとオレの後ろに回り込んだ。

 ガシッ、と首と肩が掴まれ、すんすんと匂いを嗅がれる。……ヤバイ。吐息が首にかかり、やわからな胸が背中に当たる。

 ──そしてトドメとばかりに、ルーシアさんはオレの首すじを、そのザラザラな舌でペロン、と舐めたのだった。



「ちょちょちょっ!何するんすか!」

 流石に我慢できず、オレは慌ててルーシアさんを振り払うと、振り向いて対峙した。

 ジト目でオレを眺めるルーシアさん。不機嫌そうに、その尻尾が左右に振られる。


 ……そして、低い声でこう言い放った。













「マジマ、女の子と交尾したのかにゃ」













 ──いっそ殺してくれ。

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