第5話 悲しみを隠して

 安住の楽園を目指し、西へ西へと進み始めた魔族達。

 その隊列を、遠く離れた場所からじっと見つめる視線があった。


(あいつら……)


 補修もなく凹んだ甲冑を身につけ、千切れたマントを纏ったまま。

 ただ、眼だけが憎しみに燃えている。

 それは、遊び半分で魔族を狩る途中に現れたティーガー戦車から八八ミリ砲の直撃を喰らって吹き飛ばされたチート勇者、リュードだった。

 体力が底をついた状態でかろうじて城へ帰り着いた彼だったが、仲間達に嘲笑され、虜囚の魔族を奪い返された戦いにも加わろうとしなかった。

 狩りから逃げおおせた魔族達も、自分を嘲笑したチート勇者達も、どちらも彼にとっては憎しみの対象だった。どっちも共倒れになってくたばればいい……と、関わろうとせず城を抜け出した彼は、避難した森の中で偶然アリスティア達魔族の一行を発見したのだった。


「……」


 自分の力を示す為の虫けら程度にしか思っていなかった魔族達。

 この世界を支配して害を為すはずだった、その悪の存在が脅かすべき人々から離れ、遠くへ去ろうとしている。

 去ってゆけば人々は怯えることもなくなる。そうなれば自分のような「勇者」が人々から必要とされ、感謝されることもなくなるのだ。

 自分の存在意義を否定するような行動を取っているのが、リュードはこの上なく不愉快だった。


「畜生、勝手な真似をしやがって……」


 吐き捨てるようにつぶやいたが、一行の中心にはあの巨大な重戦車ティーガーと少年がいる。下手に手を出せばまた同じ目に遭うだろう。

 彼は、動き出した一行をそれでも追わずにいられなかった。

 その姿は、正義を振りかざし自己陶酔に浸っている勇者ではなかった。歪んだ妄執に取り憑かれて後を追うストーカーのようだった。

 彼の背後にはメイドと姫とエルフがいて、しきりに「ねぇリュード様ぁ、あんなのチャッチャと瞬殺してお城に帰りましょうよ~」と駄々を捏ねている。

 だが、彼がロクに返事もせず、目をギラギラさせてひたすら尾行を続ける様子を見て、次第にその表情に白けたものが浮かんできた。

 「敵を瞬殺するチート勇者の寵愛を取り合うこと」が、彼女達のすべてだったのだ。憎悪や妄執といった感情など理解出来るはずもなく、知りたくもなかった。

 チート勇者が瞬殺する魔族のことなど、彼女達にはどうでも良かった。イチャイチャする楽しい空間の外で起こっている残酷な物語、醜い現実になど少しも関わりたくなかった。

 彼女達は次第にリュードと距離を置き、とうとう立ち止まった。


「私、帰るわ」


 つぶやいた姫に「私も」とエルフが同調し、メイドもうなずいた。

 リュードが驚いた顔で振り返ると、醒めたような表情の少女達が冷ややかな目を自分へ向けていた。


「何だよ。突然どうしたんだよ、お前ら……」

「さよなら」

「お、おい! オレを置いてどこに行くつもりだよ」


 慌てて呼び戻そうとするリュードへ向かってエルフが「新しい勇者様のところ。だって、つまんないもの」と肩をすくめた。


「そ、そんな……オレのこと、好きじゃなかったのかよ」

「もう好きじゃなくなったから、さよなら」

「強くて楽しい人じゃなくなったもの、さよなら」

「さよなら、『元』チート勇者様」


 まるで流行に廃れた玩具のように、リュードは彼女達からあっさり捨てられたのだった。

 ぼう然となって立ちすくむリュードへ口々にさよならを告げ、振り向きもせずに少女達は去ってゆく。


「ケッ、そうかよそうかよ! とっとと失せろ! 何なら今までのお礼に、手前らクズに似合うくらいその顔を焼いてやろうか?」


 カッとなって吠えたリュードをメイドが振り返って「最低」と睨みつけたが、彼の手元に火球が燃え盛っているのを見て、慌てて逃げ去っていった。


「二度と顔を見せるな! クズ共が……」


 憎々しげに見送った彼の顔に、一瞬寂しそうな表情が浮かんだ。


(オレ様のハーレムがなくなっちまった)


 そもそも「異世界」とは、ダンプで撥ねられ、間違って死んだ運命の代償に女神からチートを授かり、世界を脅かす魔物を瞬殺し、たくさんの美少女達に惚れられ……そんな場所のはずだったのに。


(なのに、なんでこんな目に……)


 少なくとも異世界にそぐわぬ戦車と魔物を庇う少年が現れるまでは、好き勝手に楽しい思いが出来ていたのだ。

 瞬殺する魔物達はただの悪であり、彼等を憐れんだことなど一度もなかった。そんな必要などなかったのだ。

 それが……


(この異形達はこんな風に殺されなければならないほどの罪を犯したのか?)

(かわいそうだとは思わないのか。それが勇者のすることか?)


 自分を責める少年の厳しい眼差しが脳裏に浮かび、リュードは思わず「うるせえ!」と、怒鳴った。


「ここは異世界なんだ。オレのすることは正義なんだ。邪悪を亡ぼして感謝されて、愛されて。それが……それが……」


 去ってゆく魔族達を遠目に見たリュードは、自分のあるべき形を壊したのは彼等のせいだ、と身勝手な憎しみを新たにした。


「チートが通用しない、そんな奴がこの異世界に存在していいはずあるかよ、畜生!」

「ああ、その通りだ」


 独り言だったはずの言葉に、背後から賛同した者がいる。

 リュードは驚いて振り返った。



**  **  **  **  **  **



(王国の民を慈しみ、護ること。それが貴女の大切な務めなのです)


 彼女は幼い頃からそう聞かされていた。


(アリスティア。今は幼くてわからないでしょうけれど覚えておきなさい。貴女はどんな激しい嵐の夜も消えない「希望」を彼等の心に灯し続けねばならないことを)

(こんな美しいドレスを着れるのも、立派な宮殿に住めるのも、民に傅かれ敬われるのも、貴女がその務めを立派に果たす王女になって下さるものと願われているからなのですよ)


 父である魔王も王妃である母も、その務めを立派に果たしていた。

 だから、最後はチート勇者と戦って父は死に、民を護って母も死んでしまった。

 アリスティアは両親が亡くなる様を目にしてはいない。チート勇者が城へ乗り込んで虐殺が始まった時、魔王に言いつけられたお付きのメデューサ婆や魔物達によって逃がされたのだ。

 「お父様とお母様の傍にいさせて!」と涙ながらに叫ぶ彼女を周囲の魔物達は泣きながら無理やり城から連れ出し、そしてそのまま逃げ隠れする悲しい日々が始まった。

 それでも、いつの日か自分が王冠を戴くとき、父母の想いと務めは立派に受け継がねばならない……アリスティアはそう思っていた。

 それを忘れたことは片時もなかった。


 ……なのに、何よりもそれが必要とされたとき、与えられるものは何もなかった。

 偽りの希望を掲げることしか出来なかった。


(もし、お父様やお母様が生きて私の代わりにここにおられたら、どうしただろう)

(真実を告げただろうか。それとも、私のように嘘をついてでも希望を絶やすまいとしただろうか……)


 西への旅が始まって三日が経っていた。

 ティーガーと共に歩き、歩いては休み、そんな繰り返しの旅路。

 歩みは遅々としていたが、幸い今のところはチート勇者が旅路の前途に現れることも、後ろから追いすがってくることもなかった。

 周囲を警戒し、半ば怯えながらであったが、魔物達は結構元気に歩いていた。

 一族の皆が揃い、仲間が増えた安心感があった。異邦人の少年と頼もしい神獣が同行してくれていることも心強かった。

 何より、当てのない流浪の旅路ではないこと……安住の地を目指す旅であることが彼等の心を支えていた。

 ただ一人、ティーガーの操縦席のハッチの縁に腰掛けて揺られているアリスティアだけが暗い顔でずっと俯いている。


「姫様、元気を出して」

「うん、ありがとう」


 心配され、声を掛けられるたびに笑顔でうなずくが、時が経つうちにその顔は次第に悲しげに曇ってゆく。


(アリスティア様、どうなされたんだろう……)


 どこから討伐に現れるかも知れないチート勇者も気がかりだったが、魔物達は萎れかけた花のように元気のないアリスティアの様子が心配だった。

 そこで、道中何か彼女が笑顔になれそうな話をしようと彼等は「どんな楽園があるんだろうな」と、この先に待っているであろう希望を語り合った。

 するとどうしたことか、アリスティアは今にも泣き出しそうな顔で肩を震わせてしまったではないか。彼等は慌てて話を止めた。

 彼女にとって希望の地の話を聞くのが何故そんなに辛いのか、もちろん彼等には知る由もない。

 だが、彼女が笑顔になれそうな別の話を……と思っても、他に話せることは何もなかった。

 今までのことといえば辛いことや悲しいことばかり。逃げ隠れた日々の中で、彼等に親兄弟や子を亡くさなかった者はいなかったくらいなのだ。

 かといって、後にした王国の思い出を語ろうにも、亡き魔王や王妃のことが話題に上れば王姫の最も深い悲しみに触れることになる。


(何とかしてアリスティア様に笑顔になっていただけないだろうか……)


 笑顔が無理でも、せめて彼女の鬱気を紛らわせることが出来れば……と、メデューサ婆と交代でアリスティアに付き添っていたドルイド爺が、そばを歩いていた少年におずおずと話しかけた。


「テツオ、この神獣はアンタにとても懐いているようじゃの。元の世界でも主従だったのかね?」

「いや、ティーガーは今よりもずっと過去の時代にいたんだよ」

「ほう」


 意外な答えに興味が沸いたドルイドは更に尋ねかける。アリスティアは、ちらりと視線を向けたが無言のままだった。


「この神獣は過去からこの世界にやって来たのか。それにしてはテツオは神獣のことをよう知っとるの」

「うん。僕はティーガーのことが大好きだったから本や図鑑でよく読んでたんだ。ティーガーは、僕のいる国から遠く離れたドイツという国で昔作られた戦車なんだ」

「ほうほう、そうじゃったのか」


 よほど好きなのか、少年は気軽に答えたばかりか戦車とはどういう兵器なのかということまで色々と話してくれた。

 好々爺といった面持ちでドルイドは頷く。孫ほどの年齢をした少年が嬉しそうに話す様子が微笑ましく、彼は少年の生い立ちを尋ねてみた。


「ところで、テツオがいた国のことを聞いてみたいのじゃが、何か話してくれんか」


 だが、それは少年にとって禁句だったようだ。聞かれた途端、急に彼は重苦しい顔で口ごもってしまった。

 元の世界にはどんな家族が、友人がいたのか? 好きな人はいたのか?

 尋ねられるどれにも彼は首を振った。曖昧な顔で弱々しく笑うばかり。

 親すらいないということはあるまいとドルイド爺は思ったが、何も語ろうとしないからにはきっと何か触れられたくない理由があるのだろう……と察するしかなかった。


「そうか、言いたくないことを色々詮索し過ぎてしもうたかの。どうか気を悪くしないでおくれ」

「あ、いや別に気を悪くしてなんか……」


 慌てて言ったが、ドルイドは悄然となった。気まずい沈黙が流れ、しばらくの間は会話もなくティーガーのエンジンとキャタピラ音だけが響くばかりだった。

 もちろん悪気があって尋ねられた訳ではないと分かっているだけに、少年は老ドルイドを気の毒に思い、しばらく考えこんだ。

 そして不意に誰かを思い出したらしく、パッと明るい顔になり「いるよ、好きな人だったらいる!」と叫んだ。


「そ、そうか。聞いていいのかね」

「もちろん!」


 むしろ聞いて欲しそうな表情で少年はうなずいた。

 傍で歩いていた周囲の魔物達には未知の異世界の話である。興味を持たぬ者などいるはずがない。彼等は少年の話を聞きもらすまいと、歩きながら彼との距離を縮めた。ティーガーの上で揺られていたアリスティアもこっそり聞き耳を立てる。

 同性の友達も異性もいなかった彼女は初恋すらまだ知らない。王姫といってもそこはやっぱり思春期の少女で、恋の話はどうしても気になってしまった。

 だが、少年が胸を張って「僕が好きなのは」と告げたのは……


「ミヒャエル・ヴィットマン!」

「ヴィットマン……?」


 もちろん、聞き手のドルイド爺や魔物達に初耳の名である。どんな人物なのか知るはずもない。


「それはどんな人なのかね?」

「この王虎のひとつ前の型の戦車、ティーガーI型を駆った伝説の戦車兵だよ。鬼神のような戦いぶりで敵に畏怖された」


 それは「好きな人」といっても恋愛の好きではなく、憧憬や尊敬の「好き」だった。

 彼等はすぐに少年の勘違いに気づいたが、そんなことも知らぬ気に彼は勢い込むように語り始めた。よほど憧れている人なのだろう。


「ミヒャエル・ヴィットマンは、僕の世界で戦車を好きな人なら知らぬ者などいない凄い人なんだ」


 熱っぽい少年の口調に、魔族達は次第に耳を傾け始める。

 それは、彼等の知らない異世界の戦史の中に刻まれた英雄譚だった。

 一九四四年。第二次世界大戦後期。

 ナチス・ドイツに支配されたヨーロッパをその軛から開放すべく、米英の連合軍は熾烈な砲撃と爆撃の下、フランスのノルマンディーに大挙上陸した。だが、対するドイツ軍はなおも死に物狂いで抵抗する。連合軍を海へ追い落とせなければドイツの敗戦は決定的となるのだ。そんな彼等を包囲殲滅しようとイギリスの精鋭部隊が戦線の側面に回り込んだ。

 途上の小さな村は簡単に占領された。僅かなドイツ兵は蹴散らされ、連合軍の目論見通りに作戦は成功するかに見えた。

 だが。

 意気も高らかに村を越えて包囲の輪を広げようと進撃する彼等の行く手に……そのとき、一台のティーガー戦車が現われた。


「ふん。奴ら、もう戦争に勝った気でいやがる」

「そうらしいな。では本当の戦いというものを教育してやるか。戦車前へパンツァーフォー!」


 マイバッハエンジンが唸り、キャタピラが回り始める。必殺の八八ミリ砲が怒りの咆哮をあげた。豪胆な勇者達は不敵な笑みを浮かべ、鋼鉄の虎を駆って敵中へ突撃してゆく。

 後世に「ヴィレル・ボカージュの戦い」として知られる伝説の戦いがここに始まった……


 その鬼神のような戦いを、自分の目で見たような口ぶりで少年は語る。


「突然、左手の森から閃光がひらめいて先頭のイギリス戦車が吹き飛んだ。ガラガラガラッ! 森から躍り出たティーガーから砲火が再び閃き、慌てふためく敵戦車を次々血祭りにあげてゆく。反撃の砲弾もティーガーの装甲には通じない。狼狽する敵は叩きのめされ、敗走するしかなかった。こうして、ヴィットマンは包囲されかけた味方の危機をたった一台の戦車で救ったんだ。彼は鋼鉄の虎を駆る、勇者の中の勇者として戦場にその名をとどろかせた……」


 講談師もかくやという少年の熱弁に惹き込まれ、魔物達はいつのまにか夢中になって聞き入っている。

 しばらくの間、身振り手振りを交え夢中になって語った少年だったが、そのうちハッと我に返った。

 自分が恥ずかしくなったのだろう。急にしおらしい口調で、その後の戦いで彼は戦死してしまったが、強大な敵を相手に立ち向かった伝説は後世に語り継がれた、と結び「そんな訳で、ヴィットマンの話はこれでおしまい……」と、終えた。


「凄いなぁ、そのヴィットマンという勇者は」


 尻すぼみのように終わった英雄譚だったが、一匹のゴブリンが唸るように言って少年を見ると彼は自分のことを言われたように嬉しそうな顔で何度も頷いた。

 だが、魔族達はちょっとした思い違いをしていた。


「テツオは、そんな伝説の勇者の血を引いているのか……」

「ええっ!? ち、違うよ!」


 少年はびっくり仰天、飛び上がった。

 慌てて「僕、そんな英雄の血なんか一滴も入っていないよ!」と、否定する。


「無関係なんてことはないだろう。同じ勇者の血をひいていたからこの神獣が従っているんじゃないか」

「あのチート勇者と戦ってくれたのも、同じ血を引いた勇者だからじゃないか」

「違うよ、僕なんかがあのヴィットマンと同じだなんてとんでもない!」


 少年の顔に臆病で卑屈なものが浮かんだ。自分の勇気を否定するように泣きそうな顔で彼は「僕は勇者なんかじゃない」と繰り返す。

 魔物達は怪訝そうに少年を仰ぎ見た。

 ヴィットマンは勇敢な戦いで伝説となったが、チート勇者を相手に戦ったこの少年の勇気だって、それに劣らぬ立派なものではないか。

 弱者を守るために強大な力を持った相手に立ち向かう。

 一見、力を持つ者なら誰にでも出来そうに思えるが、それは弱者を思いやる優しい心と勇気がなければ出来ないことなのだ。

 なのに何故、この少年は自分の勇気を否定するのだろう……


「テツオが違うというのなら違うのでしょう」


 その場が気まずくなる前に、アリスティアが静かに取りなした。


「勇者であろうとなかろうと、どんな人であっても私達にはどうでもいいことです。テツオはティーガーと共に私達魔族を助けてくれました。私達は感謝し、仲間として受け入れ、今は一緒に旅している。それでいいではありませんか」


 振り返って「ね?」と微笑むと少年は真っ赤になって頷いた。


「うん、それでいい、それでいいんだよ」


 小さく縮こまり、蚊の鳴くような声で彼は答えた。

 チート勇者を前に一歩も引かなかった時とは別人のようにおどおどした小心そうな表情がほっとした笑顔に変わるが、その表情はすぐに自己嫌悪に染まり、少年は黙って下を向いた。

 その寂しそうな横顔を見たアリスティアはふと、この少年も自分と同じように悲しい何かを隠しているような気がした。


「そのヴィットマンという人は、さぞかし立派な人だったのでしょう。テツオはその人がとても好きなのね。好きっていうのは、ティーガーと同じくらい?」

「うん」


 森を抜けると行く手に峡谷が見えてきた。

 川は流れておらず、枯れた谷の先に道が続いていると信じて谷底を進んでゆくしかない。この谷の先には何が待っているのだろう。

 一行は峡谷の入口へ次第に近づいていった。


「私、テツオがどうしてティーガーのことを好きになったか、分かったような気がするわ」

「そ、そう?」


――きっと、悲しいものを隠す強い力が欲しかったから


 少年が恥ずかしがるだろうその言葉は口にせず、ただ頷いたアリスティアはティーガーの砲身を優しく撫でさすった。


「私もこのティーガーのこと、好きよ」

「そうなんだ。そりゃ嬉しいな」


 自分のことを好きと言われた訳でもないのに少年は顔を赤くした。そんな風に照れる彼がかわいらしく思えて、アリスティアはクスッと笑った。


「テツオのことも好きよ」

「え、ええっ!?」

「ふふっ」


 嫋やかで美しい容姿の少女にそんなことを言われ、平静でいられるはずがない。

 再び飛び上がった少年は真っ赤な顔であわあわ言いながら目を白黒させ、異世界の王姫は鈴を転がすような声でコロコロと笑う。

 元気のないアリスティアの様子を心配していた魔物達は皆、一様に顔を輝かせた。


「や、やだなぁ。お姫様ともあろう人が、そんな風にからかっちゃ」

「ごめんなさい。テツオがとても嬉しそうだったからつい……」


 バツが悪そうに、少年は「参ったな……」と笑う。

 ほんの束の間だったが、アリスティアは背信の苦しみを忘れることが出来た。


 だが、その時……

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