10-4 舞台裏【動画はおわり】コンビ解散秘話
「……さて」
貸会議室で三脚に固定していたカメラのスイッチを切った私は、パイプ椅子に座ったまま動かない浅葱さんにその場で向き合った。
「動画、終わりましたけど」
「そっ、そうだね……」
「おつかれさまです」
「おつかれ……!」
ずっとウスバカゲロウ三号としてのトレードマークだった、黒い帽子と黒いマスクを外す。
早速話を切り出そうとしたタイミングで、浅葱さんの携帯電話が鳴った。
「ちょっと待ってね……! あ、ラフィからだ」
「電話ですか? メールですか?」
「メールかな……。えっと、白い部屋からの引っ越し終わったって。身体も大丈夫そう。生まれてくる子供の為にも、もうあんな危険なことはしないって言ってる。もっと、命を大事に生きるって」
「良かったですね。ああ見えて、いつも見守ってくれていたみたいですし」
「……かなり雑だったけどね。廃病院での出来事は今でも夢に見るんだけど……」
「あの時は、浅葱さんが最高に空回っていたせいですよ。自分で自分を?」
「ううぅ……きっ、嫌いになりたくなかったんだ……!」
「何度聞いてもアツい台詞ですね」
「恥ずかしい……!!」
「メールの続きは?」
「えっと……あっ! お腹の子供は女の子みたいだから、生まれたら仲良くしてネ……だって!」
「言われなくても、仲良くするつもりですけど」
「恩人だもんねぇ、ラフィは……」
「で?」
「……で? ……って?」
携帯電話をポケットにしまった浅葱さんが、不思議そうに首を傾げる。
「さっきの動画で話したこと、もう忘れたんですか? 絶対言うって言ったのに」
「忘れてないよ!? 忘れてない、けど……」
「じゃあ、もう一押しお願いします」
「う、うん……」
私につられてライオンのマスクを外した浅葱さんの顔は、まだ面白いぐらいに真っ赤だった。
マスク越しとはいえ、自分からキスをすることに抵抗がないわけじゃなかったけど……相手がこうもわかりやすく動揺してくれると、なぜかちょっと余裕がでてくる。
「僕……あの、那由多くんのこと、相棒だって、思ってて……」
「はい。私も同じです」
「一緒にYouTuberして、楽しかったし……最初の頃、僕は自分なんてどうだって良いって思ってたんだ……。でも、キミと過ごすうちに……どんどんキミの存在が僕の中で大きくなって……」
「そうですね」
「キミを守りたい、キミの力になりたいって……その為に、やっぱり、僕、死にたくないって……思って。ちゃんと生きて、キミと、一緒に生きたいって……」
「それで?」
「それで……つまり、僕は那由多くんが、大事なんだよ。とっても。なによりも」
「そうですか」
「キミには、幸せになって欲しいんだっ!」
煮え切らない浅葱さんの言葉を促し続けていたら、ようやく本心が聞けた。
まったく、世話がかかる……。
「私に幸せになってほしいのなら、アナタが幸せにしてください」
「ぼ、僕でいいの……?」
「なに言ってるんですか」
「ね、年齢とか……」
「私と浅葱さん、どっちが精神年齢高いと思いますか?」
「即答できない……!」
浅葱さんは、強くて冷静な『ウスバカゲロウ三号』とこわがりで臆病な『那由多』を繋げてくれた。
彼はバカだからたぶん一生気が付かないと思うけど、私は浅葱さんがいたから強い『三号』を演じることができたし、浅葱さんが弱い私を認めてくれたから『那由多』を許すことができた。
髪を切って、色を染めて、いくら見た目を変えても自分自身が変わることなんてないと思っていたけど……。
いつの間にか、私は『三号』であり『那由多』になれたんだ。
一人じゃきっとできなかった。
それがどんなにすごいことなのか……浅葱さんには分かんないんだろうな。
だから、あんなに軽々しくキスができるんだ。
……はじめて、だったのに。
これはもう、責任をとってもらわないといけませんね。
「浅葱さん」
「はいっ……!」
私がカメラの前から動くと、座ったままだった浅葱さんはビクッと肩を震わせて席を立った。
逃げるように壁際へ後ずさる浅葱さんをジリジリと追いつめる。
「逃げないで下さいよ」
「に、逃げてなんか……! でもでも、その、ほら、キミにはこれからたくさんの出会いがあるだろうし、僕より良い人なんてたくさんいるんだから、今はその、一瞬の感情かもしれないしさ……」
「一瞬の感情に従わないで、何に従うんですか?」
「それは、その……」
とうとう追いつめた浅葱さんがまた逃げないように、片手を壁について逃げ道を塞ぐ。
……なんで、私が壁ドンしてるんだろう?
より一層顔を赤く染めて、何度も瞬きをしている浅葱さんを見ていると冷静になった。
鈍くてヘタレな優しいだけの人だけど……その優しさが、私はどうしても欲しい。
「私、アナタとこのままコンビ解散するなんて絶対にイヤです」
「ぜ、絶対……?」
「愛してるから、バイバイ……したくありません」
「あ、愛……?」
「アナタがゆるしてくれるなら、私を……、パートナーにして下さい」
「パ……!?」
私の言葉を繰り返すだけの浅葱さんに不安を覚える。
「……大丈夫ですか? ちゃんと理解できてます? もっと直接的に言いましょうか? つまり、セッ……」
「いいいいい、いいから!! 言わなくても分かるから!!」
「そうですか。安心しました」
「と、とりあえず離れてくれない……?」
「イヤです。今すぐに答えて下さい」
「きっ、キミは自分のことよく分かってないんだよ!!」
「どういうことですか?」
「那由多くんみたいに可愛い女の子にそんなこと言われると……っ! おっ、男の人はちょっと大変なことになるの!! とっ、特に僕は、キミのこと、大好きだからぁっ!!」
半ば叫ぶように告白した浅葱さんは、ズルズルとその場にしゃがみ込んだ。
両手で顔を覆って「あー」とか「うー」とか意味の分からない言葉を発している。
「やっと……言ってくれましたね」
「えっ? そう? 何度も心の中じゃ言ってるけど……」
「それじゃあ伝わりませんって」
「だって、知られたくなかったんだ……キミの負担になるかもしれないし」
「バカですねぇ、本当に」
「バカ!?」
「はい」
私は浅葱さんに右手を差し出した。
浅葱さんに差し出す手はこれで三回目だ。
一回目は『ゴーストイーター』としてコンビを結成した時。
二回目は性別がバレた時。
そのどちらも、浅葱さんは迷わず私の手を取ってくれた。
「浅葱さんは、自分が思っているよりずっとステキな人なんですから」
だから、きっと三回目も大丈夫だ。
「ほ、本当……?」
「いい加減、しつこいですよ」
もしかしてこの人、カメラが回ってないと決断の一つもできないのかな?
「私はアナタを信じます。だから、アナタも私を信じて下さい」
「那由多、くん……」
「覚悟、決めて下さい。私はもうアナタに決めてますよ」
浅葱さんはゴクリ、と小さく喉を鳴らして唾を飲み込んで、気合いを入れるように両手で自分の頬を叩いた。
「……ありがとう。もう、迷わないから」
差し出した私の右手は、浅葱さんの細くて骨張った手に包み込まれる。
何度か握手はしたけれど、今回が一番優しくて力強い。
いつもは冷たい彼の体温が、今は燃えるように熱かった。
でも、不快なんかじゃない。
ずっと握っていたいとすら思う。
この熱が、私だけのものであれば良い。
「僕も、那由多くんを信じる」
「ありがとうございます」
「コンビは解消しちゃうけど……これからは、僕のパートナーに……なって、くれる?」
答えなんてもうとっくに分かり切ってるのに、どうしてこの人はこんなに不安そうな顔をするんだろう?
まぁ、そんなところが好きだから……別に構わないんですけどね。
「はい、よろしくお願いします」
浅葱さんは最高に赤くなった耳を隠すように俯いて、その後でいつもと同じように笑った。
うん。
やっぱり、浅葱さんのことが好きだ。
『ゴーストイーター』をやってよかった。
兄ちゃんを助けることができてよかった。
私は浅葱さんを好きになって、よかった。
ありがとう。
兄ちゃんがいない世界で私は、生きるよ。
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