9-5 舞台裏 後編【動画ナイヨ】コインランドリー会議【下ネタあり】





 堅いプラスチックの椅子に座って、ゴウンゴウンとうなり声を上げる洗濯機を見つめている。

 いつもならまだ他のお客さんがいる時間帯だけど、何故か今夜のコインランドリーには僕以外いなかった。



「にゃあ」



 扉の隙間に身体をねじ込ませて、スルリと店内に入ってきたのは一瞬自分の目を疑う毛のない猫。



「……マイゴッドじゃないか」


 

 ラフィの最後の家族。

 まっすぐ足元にやってくると、撫でてくれとでも言うように僕の手の下に潜り込んだ。



「触っていいの?」


「にゃ」


「それじゃあ……」



 どんな触り心地がするんだろう? ちょっとドキドキしながら触れてみる。

 毛はないけれど細かい産毛がたくさん生えていて、とてもしっとりとした手触りだった。直に地肌に触れるから、温かい体温が手のひら越しにすぐ伝わる。かわいい……。



「可愛いデショ?」


「うわぁあ!?」



 マイゴッドに気を取られていたら、すぐ隣にラフィが立っているのに気が付かなかった。

 那由多くんの黒いキャップを斜めに被って、ちょっと気怠げな表情だ。

 事情は知っているけれど、廃病院で追いかけられた時の記憶がまだ残っているからつい反射的に飛び退いてしまう。



「い、今……どっちのラフィ?」



 僕の大声に驚いたマイゴッドが、ラフィの後ろに隠れた。



「ドッチって聞かれるなら……キミらとやり取りしている方のラフィだよ」


「そ、……それじゃあ、大丈夫か……」


「今日は1人で来たんだネ」


「うん……ラフィが1人で来てって言うから……。あっ、でもちゃんと那由多くんに伝えてるけどね」


「あっソ。疑われなかっタ? 前みたいニ」


「意外とそれは……。いつの間に仲良くなったの?」


「キミが廃病院で気を失って肉の詰まった袋になっていた時に、色々話したんだヨ」


「うっ……! そうか、そうだったね……」



 廃病院でやる気が空回りして、那由多くんに迷惑をかけてしまったことを思い出す。

 あんまり思い出したくなかったけど……。

 やってしまったことは元には戻せないんだから、仕方がない。

 でもあの一件があったから、以前よりちょっとだけ前向きになれたかもしれない。

 こんな僕でも、自分が思うように行動して良いんだ、って。


 守りたい人を守りたい。

 救いたい人を救いたい。


 そうやって希望を持って生きることを、イヤなことから逃げ隠れて過ごしてきた情けない僕が、目指しても良いんだ、って。



「まぁ、別にあのコがいても良いんだケド。女性の前ではちょっと話しにくいことだカラ」


「そうなの? 僕で良いならなんでも聞くけど」


「もちろん、そのつもりだヨ」



 ラフィは僕の隣の洗濯機に鞄の中身を全部入れて、スイッチを押した。

 飼い猫のマイゴッドは働き出した洗濯機を不思議そうな表情で見つめている。



「最近、『ゴーストイーター』の活動はドウ?」


「そうだね……一号に、会ったよ」


「ソウ」


羅睺らごうに身体を奪われて、見ていられなかった。早く解放してやりたい。でも、逃げられちゃったんだよね……」


「フーン。大体のことは分かるヨ。いつもキミたちのチャンネル、見てるからネ」


「あ、ありがとう……」



 僕の隣に腰掛けたラフィは、長い足を組んでニヤリと笑った。

 その表情は一号と話していた時の顔にそっくりだな……と思う。



「あぁ、あと次の動画にしようと思っていた『凍える部屋』がね、建物自体を取り壊すことにしたから依頼を取り消したいって言われちゃって」


「そんなことしても無駄なのにネ〜」


「そうなの? 取り壊して新しい建物を建てたら怪奇現象がおさまった話、よく聞くけど」


「見かけ上はおさまっても、ケガレは溜まり続けるデショ? 目には見えない悪意が溜まり続けて、キミたちが言うところのアリジゴクだヨ。知らない間に弱っていくんダカラ」


「そっか……じゃあ、やっぱり連絡を……」


「やめときなヨ」



 携帯電話を操作しようとした僕を、ラフィは片手で遮った。



「溺れていない人間に浮き輪を渡しても、キョトンとされるだけデショ?」


「そうだね……。ん? その言葉、なんか前に誰かから聞いた気がするんだけど」



 そうだ。

 たしか結構初期の、2本目くらいで……。



「そりゃ、コレは一号の受け売りだからネ。キミは三号から聞いたんダロ? 動画で見たヨ」


「そうそう、そうだった」


「他にも『あの世』と『この世』の話トカ、動物園のたとえ話トカ、死ぬ前に分からなかったことは死んでからも分からないトカ、死んでしまった人間は戻らないトカ、恐怖は生きている人間の問題だトカ、心霊スポットでは他の探索者と鉢合わせしがちだトカ……」


「い、言ってた……!! 確かにそんなこと言ってたよ!!」


「ソレね、ぜーんぶ一号の言葉ナンダ」


「一号の?」


「あんな幼い、十代の女の子が言うにはすこーし癖があるデショ?」


「それは、思ってたけど……。その時の三号くんはなんだか得体が知れなかったから、納得しちゃってたよ……そういえば、ラフィは何歳なの?」


「二十二歳」


「僕より歳下!?」



 驚きのあまり、思わず立ち上がってしまう。

 勢いがつきすぎたせいでプラスチックの椅子が大きな音を立てて後ろに倒れた。



「意外?」


「同じぐらいか、上だと思ってたよ……!」


「髭のせいかもネ。ボクは二号がもっと歳下だと思っていたヨ」


「年相応にみられたい……!!」


「二号はスキルが足りないんだネ。ずっと立ち止まっていたカラ」


「それは、これから頑張ることにするよ……」



 倒れてしまった椅子を元の位置に戻して、再び座った。



「三号はネ、一号からの手紙に書かれていたことをそのまま鵜呑みにして、価値観を作っていたってコト。廃病院からの帰り道に、そんなことやめなよって話をしたんダ。兄と三号は違う人間ダロ? って」


「そうだねぇ……。でも、那由多くんにも色々と事情があるんだよ。違う人間になりたいって望む時がさ……。僕だって、一号には精神的にかなり寄りかかっていたから人のことは言えないんだけど……」


「キミたちはミンナ、変な方向に自分勝手な思いやりをみせるネ」


「いや〜……アハハハ」



 僕の洗濯機が一足先に終わりを告げた。

 早速蓋を開けて、持参していた鞄に詰めていく。



「家に洗濯機、ないノ?」


「いや、あるけどさ……流石に女の子に自分の洗濯物させるわけにいかないし……」


「お風呂は一緒デショ?」


「誤解を招く言い方しないで!? 使わせてもらってるだけだから! ちゃんと僕が最後に入って洗ってるし……!!」


「女子高生の残り湯……」


「湯船は使ってません!! 変な言い方しないでってば……もう」



 取り憑かれていない時のラフィは下ネタ言わないと思っていたのに……油断も隙もないなぁ……。



「誰かと一緒に暮らすの、どう思ウ?」


「どう、って……。えっと、なんて言うか……面倒だなって思うこともあるけど、誰かが一緒にいてくれるってなんか安心するって言うか、なんだろう……自分のこと好きになれそうって言うか……、さみしくは、ないね。落ち込む暇がないのかも。あとは、一緒に住んでる相手にもっと喜んで欲しいって思うし、僕の作ったご飯を美味しそうに食べてくれるとホッとするし、毎日いろんな姿が見られてうれしいなって、その……」


「ハイハイ、もういいカラ」


「ソッチから聞いておいて!?」


「あのさぁ、キミって三号のこと好きなの?」


「すっ……!?」



 洗濯物を詰めたばかりの鞄を豪快に床にぶちまけてしまう。

 せ、せっかくきれいに畳んだのに……!!



「子供でも作れば?」


「子供!?」


「SEX」


「セッ……!?!?」


「一号の生まれ変わりができるかもネ。転生ってヤツ」


「そっ、そんなこと言わないでよ……。僕、嘘が下手くそなんだから……っ!」

 


 ひとつひとつ、埃を叩きながら洗濯物を集め直す。

 不意打ち過ぎだ……!!

 顔じゃなくて耳が、めっちゃ熱い……!!

 意識させないで欲しかった……。



「そんなこと意識したら、絶対バレるよ」


「バレてもいいジャナイ?」


「やだよ。三号くんだって、迷惑だろうし」


「そうかナァ」


「そうだよ、きっと。僕は今、保護者みたいなものなんだから。那由多くんは精神的にお兄さんがあんなことになって弱ってるみたいだし、僕が支えてあげないと……」



 なんとか洗濯物を元のカタチに戻そうと四苦八苦するけれど、動揺で手が震えてうまくいかない。

 混乱していたら、マイゴッドが僕の靴を引っかいた。



「にゃーあ」



 猫の瞳に僕が映る。

 瞼の奥のエメラルド色をした瞳孔がギュウ、と縮こまった。

 僕の姿も、当然歪む。

 


「………」


「素直になれバ? 生きてるうち二」


「……そうだね。ごめん、嘘、ついた。支えてあげないと……じゃなくて、僕が支えてもらっているんだよ、彼女に。そしてこれからも、彼女がゆるしてくれるのならばずっと一緒にいたいんだ。支えて欲しいし、支えたい。一号の時みたいに、一方的に頼る関係じゃなくてさ」


「ウンウン」


「あ、あんなに歳の離れた子に頼っちゃうなんて、情けない話だって分かってるんだけどねっ!?」


「二号はもともと、情けないデショ」


「言い返せないです……」


「今更なんだよナァ」



 隣で動いていたラフィの洗濯機も止まった。



「あ、終わったみたいだよ。……ラフィ、今は僕が暮らしていた白い部屋に住んでると思うんだけど……」


「ウン」


「あそこ、どう? 体調悪くなってない?」


「見ての通り。ちゃーんと浄化してるからネ。ほんと、SEXが捗るヨ」


「そんな単語だけ、無駄に発音良いんだから……。あ、でもソレよりもその……一人でスるほうがいいんじゃなかったっけ?」


「スるなんて、二号も大概だネ」


「他にどう言えば良いの!?」


「アノネ、好きな相手ができたノ」


「えっ!?」


「悪霊退治の浄化に一番良いのは、霊と正反対の場所にある愛あるSEXなんだヨ」


「あっ、そっ、そうなの……!? あっ、でもまぁそうかもね……で、でもそれ、あの、あい、相手は……っ!?」



 よく見ると、ラフィの洗濯機から出てきたのは明らかに女性用の洋服や下着たちだった。それも、かなりこう……那由多くんのものとは違って成熟した感じの……。



「ボクの精子、乗り移ってる時は生殖機能なんてないはずなんだケド、その人は違ったんだよネ〜」


「はっ?」


「だから〜つまりはそういうコト。三号の前では言いにくいデショ? ボクのパートナー、妊娠してるんだよネ」


「ええ〜っ!? おっ、おめでとう!!!」



 また取りこぼしそうになってしまった洗濯物を両手で抱え込む。

 こ、今度は大丈夫だった……!!



「アリガト」



 ラフィの顔色はさっきから全く変わらないけれど、顔に出ないタイプなんだろうな……羨ましい。



「それでネ」


「うっ、うん!」


「『ゴーストイーター』に依頼したいんダ」



 洗濯カゴをしなやかにキックして、マイゴッドがラフィの肩に飛び乗った。

 ラフィとマイゴッド、合計四つの瞳が僕を見つめる。



「ボク、今までマイゴッドと一緒に居られるだけの寿命さえ残っていれば良いって思ってたケド……家族が増えるのなら、やっぱりもうちょっと欲しいなッテ」


「そりゃそうだよ! あっ、それじゃあ今すぐ白い部屋の除霊なんてやめてさ……!」


「それで、その後にはまた二号が入ってまた痩せていくノ? そういうのはもうやめようって、一号も言ってたデショ」


「ご、ごめん……」

 

「さっき、一号に逃げられたって言ってたヨネ? 羅睺らごうは霊脈を辿って移動するんだヨ。だから、霊脈のどん詰まりである根丸木ねまるぎの白い部屋で待ち伏せするんダ」


「そんなことできるの……?」


「できるヨ。だって毎日、白い部屋に一号は来てるカラ」


「来てたの!? 全然分からなかった……」


「来てると言っても……あそこは他の霊が多すぎて、まともに姿も見えないケド。ボクが処理できるだけの霊を引きつけておくから、その隙にキミたちに退治して欲しいんダヨ」



 退治、か……。

 一号に対してそんな言葉を使いたくなかったけど、実際に羅睺らごうに取り憑かれた様子を見ると……そう形容するしかないのかなって思う。

 姿形は一号だけど、あれは……彼じゃなかった。


 それになんだか……近くで見ると、泣いてるような……気が、したし。



「ボクひとりの力じゃ、寿命が削れちゃうから。キミたちに協力してほしいんダ。頼っても……いいカナ?」



 ラフィはいつもと変わらなく見える。

 でもその表情の下では、きっといろんな感情が渦巻いているんだろう。

 亡くしてしまった家族のこととか、これから出来る家族のこととか……。

 一号とも旧知の間柄だったらしいし、ラフィも一号の失踪について思うところがあったようだ。

 彼には随分痛い目にあわされたけど……でも、同時にたくさん助けてもらった。

 彼がいなかったら、僕はここまで変わってない。



「わかった……協力しよう。いや、協力させてよ」


「いいノ? ……白い部屋、引き受けてあげるって言ったのにゴメンネ」


「大丈夫だよ。だって困ったときに助け合うのが、仲間だからさ」



 僕のその答えに満足したのか、ラフィの肩に乗っていたマイゴッドは満足そうに尻尾を振った。







***






「ただいま……」



 すっかり遅くなってしまった。

 できるだけ物音をたてないように暗い部屋の玄関を開ける。

 


「おかえりなさい。遅かったですね」


「まだ起きてたんだ」



 ベッドの上で携帯電話を触っていた那由多くんが、寝返りをうって僕を見た。



「もう寝ますよ」


「携帯使うなら電気つけたら?」


「電気代、もったいないですし。浅葱さんがつけたいならどうぞ」


「じゃあちょっとだけ……」


「ラフィとの話、どうなりましたか?」


「そうだね……」



 那由多くんの部屋の中で、僕に割り当てられたスペースに洗濯物を収めていく。



「浅葱さん?」



 那由多くんはオーバーサイズでふくらはぎまであるパーカーをパジャマにしている。

 もちろん、家で寝るときは帽子なんて被ってないから……そろそろ肩につきそうな長さになった金と黒の混じった髪の毛とか、眠そうにトロンとした瞼とか……どこからどう見ても、可愛い女の子なわけで。

 せっかく、意識しないようにしてたのに………!!

 ラフィめ……。



「………」


「どうしたんですか? 両手で顔を覆って動かなくなっちゃって。ラフィに何か言われました?」


「いや、違うんだよ……確かに何かは言われたけど、その……」


「なんですか?」


「ちょっと、時間を下さい」


「はぁ……? まぁ、いいですけど。緊急の用事ではなかったんですね」


「緊急の用事もあったよ」


「それじゃあ、聞かせて下さいよ!」



 那由多くんは掛け布団をはねのけてベッドから降りて、白い素足でペタペタと僕の布団を踏んだ。

 その瞬間、さっきラフィに言われた三文字の英単語を急に思い出す。



「あーーーーーっ!!」


「えっ……なんですか?」


「ごっ、ごめんちょっと、ちょっとだけトイレ行かせて……っ!!」



 考えるべきことは色々あるけれど、とりあえず今の自分の状況をどうにかするために、呆然とする那由多くんを置いてトイレに駆け込んだ。


 や、やっぱり一人でラフィに会うんじゃなかった……!!

 いや、二人で会う方がダメか……。

 もう、本当に……。



「まいったな……」



 こんなことで悩んでる場合じゃないのに……!!

 生きてるって楽しいこともあるけど、その何倍も難しい……!!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る