7-◾️【お蔵入り】【これは見せられない……!】


       



「浅葱さん! 大丈夫ですか!?」


「な、なんとか……」



 三号くんの声が遠くで聞こえる。

 虚ろな返事をしたら、右頬を思いっきりひっぱたかれた。



「痛いっ!?」


「痛くしているんです!」



 一気に意識が現実に帰ってくる。

 強い雨が身体中を叩いて、さっきラフィに切りつけられた腕の傷全体に滲みた。


 それに、全身の打撲。

 好き放題生えていた木々に何度もぶつかりながら落ちたから、屋上から飛び降りたにしては思ったよりも動けるけれど、それでも痛いことに変わりはない。


 だけど、三号くんが無事だったなら良い。


 そんなことを考えながら笑ったら、今度は胸ぐらを掴まれた。



「おわっ!?」


「なにヘラヘラしているんですか!?」



 三号くんは完璧に怒っている。

 幽霊に対して怒るときと同じか、それ以上に語気が荒い。

 そんなんだと、また元ヤン疑惑がでるよ……という台詞はすぐに頭の中で消えた。


 いつものマスクがない。


 僕は今、ウスバカゲロウ二号じゃなくてただの浅葱あさぎ優斗ゆうとなんだ。

 弱くて後ろ向きで意気地なしの……。



「無茶ばっかり、しないでください!!!」



 三号くんは根本が随分黒くなった金髪を振り乱しながら僕に怒鳴った。

 雨で濡れ続けるのもお構いなしだ。

 早く屋根のあるところに避難させてあげたい。



「……無茶じゃ、ない」


「えっ?」



 胸ぐらを掴む三号くんの手に、自分の骨ばった手を重ねた。

 小柄な子だと思っていたけど、触れてみるとやっぱり小さい手だな。

 こんな子に……僕は今までどれだけの負担を強いてきたんだろう。



「……これはずっと、僕がやりたかったことなんだ」



 早く逃げないと、またラフィに遭遇してしまう。

 そんな焦りが心臓を揺らしてうるさい。

 でも、ウスバカゲロウ二号としてじゃなくて、浅葱優斗としての言葉が喉から溢れて止まらなかった。



「……一号が、一号が消えた時に何も出来ないで震えていた僕なんて、本当に大嫌いだ!もう二度と、同じ間違いはしたくない! 僕は僕自身をかけて、やりたいことをやる! 守りたい人を守るって、決めたんだよ!!」



 ザァザァと雨足が一層強くなった。



「僕は……もう、これ以上……ッ!」



 どれだけ大声を張っても、誰にもどこにも届かない気がする。

 だから、僕は思いっきり叫んだ。





「自分で自分を嫌いになりたくないんだ!」





 思いの丈をぶちまけてから、ハッと我に返ると目を丸くした三号くんが居た。



「………」


 雨で濡れた髪はいつもより長く見えて、二重瞼の大きな瞳で見つめられると本当に女の子みたいだと思う。


 ……いや、本当に女の子なのか?


 辺りが暗いからよく分からないけど、屋上でパーカーを脱いだ時に彼がその……ぶ、ブラ……いや、女性用下着を着用していたように見えたんだけど……?



「あ、いや……その、だから……」



 情報が溢れすぎてうまく整理できない。

 僕から手を離した三号くんが目を細めながら、すっかり濡れた黒いマスクをちょっとだけ浮かして言った。



「遅い青春ですね」


「いやっ、そんなつもりで言ったんじゃ……」



 雨音に混じって、聞き慣れたジーッというカメラの録画音が耳に入る。



「あっ、カメラ!」


「無事でしたか」


「ろ、録画音がしているってことは……まさか……」


「そうですね、バッチリ撮れています。先ほどの浅葱さんの、アツい台詞が」


「ヤダーーーーー!!!!!!!!」


「何が恥ずかしいんですか? 正直な気持ちでしょう?」


「そうだけど……そうだけど……っ!!」


「ばか素直」


「ばっ……!? た、確かに僕はバカだけど……!」


「その素直さに免じて、今回の無茶はゆるしてあげます」


「本当……?」


「でも、次に同じことをしたらぶっ飛ばしますよ……」



 三号くんは僕の鳩尾に拳を入れる仕草を数回繰り返した。



「きっ、気をつけます!!!」


「それでいいんです。……やっぱり浅葱さんは、切羽詰まった顔よりも間抜け面の方が似合ってますよ」



 それってどういう意味?

 貶してない?

 

 と、聞こうとしたら不意に背後から物音が聞こえた。



「ラフィ!?」


「にゃあ」


「大きなネズミ!?!?」


「にゃあ、って言ってるでしょ。猫ですよ。ラフィの飼い猫です」



 草むらから出てきたのはとがった耳に痩せた身体の猫だった。

 ……第一印象は完全にネズミだけど。



「あーびっくりした……毛が全然ないから……」


「スフィンクスっていう、毛のない種族なんです。名前は【My God】」


「め、珍しいね……」


「毛が落ちると、呪いに使われたりしますから」


「呪い……?」


「さっき、ラフィは自分のことをangelだって言っていたでしょう?」


「うん……たしかそんなこと言っていたね」


「ソッチ系の人なんですよ」


「ソッチ……?」


「魔女とか悪魔とか天使とか、ヨーロッパ系の呪術や心霊を主に扱っているってことです」


「それって、何か関係があるの……?」


「大いにあります。同じ心霊現象でも、国や価値観が違えば受け取り方は様々ですから。ツイてない出来事をただの不運とするか、神の試練とするか……みたいな違いです。おそらく……」






ドシャッ……!!!!!






 僕たちの三つぐらい隣の木が、すごい音を立てて折れた。



「………」


「………」



「Lu-li-ra〜♪ Ha-hahahah♪」


「ニャー!」



 ラフィの歌声につられて、飼い猫の【My God】が茂みに飛び込む。



「ま、まさかラフィも飛び降りたの……?」


「逃げますよ!!」


「ど、どこへ!?」



 三号くんに引っ張られるまま再び走り出した。

 落ちたときに捻ったらしい足は痛むし、触れられている腕も痛い。

 でも、追いつけるように必死で走った。



「ここです!」


「えっ? ここって……」



 最初にラフィが潜んでいた遺体安置所だ。



「鍵、閉めてください!」


「分かった!!」


「一旦、仕切り直して回しましょう」


「い、いま!? もう動画どころじゃないでしょ!!」


「浅葱さんがやりたいことやるって言うなら、三号もやりたいことをやるだけです」



 三号くんは一号から預かっていたビデオを手慣れた様子で操作して、動画用の顔を作った。


「……三号はずっと、浅葱さんと一緒にYouTuberやりたかったので」




【ピッ……】


「ハイ、え〜……いただきます、です。三号です。ずぶ濡れで失礼します。パーカーも脱いじゃって、半袖姿で帽子もないんですけど、三号です……」


「金髪で黒いマスクしてたら、……みんな、三号くんだって分かってくれるよ……あっ、あんまり僕のこと映さないで……ハァ、ハァ……」


「了解しました。あれから色々ありまして、今はラフィがいた遺体安置所の中なんです」


「ここが唯一、鍵がかけられるからね」




ドンドンドンッ!!




「あー、扉を叩く音が響いてますね。確実に物理攻撃の音です。これはどう考えてもラフィでしょう」


「明らかに心霊現象じゃないって、かえって安心するね」


「本当ですか?」


「いや、ごめん……適当言ったかも。なんか、頭、よく、まわんなくて……」


「無理しないで下さい。ちょっと目を閉じて」


「うん、ごめ……」


「ひとまず、後編なので情報だけ出しますね」




ドンドンドンドンッ!!




「ラフィもお怒りですし。えー、この遺体安置室はですね、よくあるタイプの収納式なんですが、遺族との対面用にいくつか簡易ベッドも用意されているんです。そして病院の端っこにあって、目線の高さに窓があります。風が通るので、比較的過ごしやすいと思います。


これくらいですかね?


わかりました?

三号はちょっといま、それどころじゃないので……生きて帰ったら、また考えます」


「縁起でもないこと、言わないでよ……」


「今の浅葱さんが言うと説得力ありますね。


それじゃ、ごちそうさまでした。


ばいば〜い」



【ブツッ……】




「……こんな感じですね」


「さ、三号くん、本当にヤバいって。キミだけでも早く……」


「バカですね。まだそんなこと言うんですか?」



 三号くんは僕が持っていた懐中電灯を奪って、クルクルと電池カバーを外した。

 中には何か、紙のようなものが入っている。



「三本目の動画で見せたでしょう? 一号さんから……兄ちゃんからの手紙です。これを囮にします」


「でも、それはもうあと一回しか使えないんじゃ……」


「前も言いましたけど、三号は切り札を出し惜しみしない主義なのです」


「にゃあ〜」



 三号くんはいつの間に入り込んだのか、暗闇から現れた【My God】にあっさり手紙を咥えさせて窓から放してしまった。



「あっ!! い、いいの……?」


「構いません、その為のモノですから」



 その身代わりが効果を発揮したのか、ラフィの気配は次第に遠くなっていった。

 良かった……これでまた、一号に近づいた気がする。



「あ、あれ……?」


「浅葱さん!?」



 なんか、頭がボーッとする……。

 寒気がするし、喉も痛いし鼻水もでるし節々も痛い……。


 ああ、これは……。



 完璧に、風邪、ひいたね……。

 


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