4-4 舞台裏 前編【動画じゃないネ】Rさんの招待





 白い部屋。


 一号が消えたこの部屋で、いつも動画をアップロードをしている。

 隣に座る三号くんは膝を抱えて元気がない。



「よし! オッケー!」


「………」


「色々あったけど、無事終わって良かったね!」


「………」



 大きなマスク越しでも、三号くんが不機嫌な顔をしているのが分かる。



「なんなんですか!! あの人!」


「Rさんのこと?」


「そうですよ!! 三号さん、アップロード間違えてなんかいないでしょ!!」



 僕は最初、Rさんと三号くんとの会話を全カットした動画をアップロードしていた。

 理由は、Rさんから動画出演の許可が下りなかったからだ。

 でも動画を公開してすぐにRさんからこんなコメントがきた。



【インタビュー動画を公開シロ。さもなくば、個人情報バラス】



 三号くんの情報は見てないから分からないけど、僕の個人情報は間違いなく本物だった。

 正直、動画の尺的にもちょっと短かったからインタビューを繋げることは吝かではなかったのに……三号くんはお気に召さない様子だ。



「どうして言いなりになったんですか!?」


「だって、個人情報バラされたら困るじゃない。僕の間違いってことにしておけば丸くおさまると思ったんだけど……」


「あの人……最初に会った時からなんか、イヤな感じがしたんですよ」


「ち、抽象的だね……」


「獣みたいな匂いと、三号なんて見えていないがらんどうの目……」



 三号くんは黒いキャップの上から金髪をガシガシと引っかいた。

 相当強いストレスを感じているみたいだ。



「三号は、脅されるの、嫌いです」



 一言一言、区切るように絞り出されたその言葉はとても暗かった。

 もしかして、誰かにイヤな思いをさせられた過去でもあるのかな。



「脅されるのが好きな人なんているの?」


「浅葱さんなら、そうかもしれませんけど」


「違うよ!?」


「あの人は生きている人間より、死んでいる人間に近い気がします」


「……三号くんがそう言うと、説得力があるね」


「【eat over】って、なんのことか分かりますか?」


「直訳すると【食べ過ぎ】とかそんな意味になるよ」


「調子に乗るな、ってことですかね。事故物件マニアってことは同業者みたいなものでしょうし」


「どうかな……分からないけど」


「動画を再投稿してから、何か接触はありましたか?」


「ううん。ないよ」



 嘘だ。


 僕はこれから、1人でRさんが暮らしている事故物件に行く。

 家族全員が首を吊ったという『首吊りの家』へ。

 どんな目的なのかは分からない。

 どんな目的でもいい。


 だって『ウスバカゲロウ一号のことで話がアル』なんて言われてしまっては、行くしかない。


 罠でもいいんだ。


 一号が戻ってきた方が、三号くんだって喜ぶだろう。

 僕みたいなお荷物、いない方が……。



「浅葱さん」


「えっ?」


「まーた、バカなこと考えていませんか?」



 三号くんの顔が間近にあった。

 黒いキャップの鍔をちょっと持ち上げないと、僕に当たってしまう程度の距離。

 突然のことに視線が泳いでしまう。

 瞬きをする度に揺れる長い睫毛と、色素の薄い瞳。

 じっと目を見ていたら、吸い込まれそうだ。

 僕の浅はかな内心なんて、全部お見通しのような……。

 


「動画の中でも言いましたけど、夢なんて、ただ間違って違う世界をのぞいているだけなんですから。どんな悪夢を見ているのか知りませんけど、ちゃんと倒れない程度には睡眠とって下さい」


「う、うん……」


「今度、コメントで目の下の隈を指摘されたらひどい目にあわせますよ」


「脅してるじゃん!?」


「これはお願いですから」


「……じゃあ、三号くんが一緒に寝てくれる?」


「ヘンタイ。流石に通報しますよ」



 三号くんが部屋の片隅に放り投げていた黒いリュックサックを手に取った。

 そろそろ部屋を出ていく合図だ。



「浅葱さん」



 二号くんを玄関まで見送りに行こうとして立ち上がったら、すぐに肩を押されて床に戻されてしまった。



「あ痛っ!」



 高校生に尻餅をつかされるなんて情けない。


 でも、これが今の僕なんだからしょうがない。


 鞄を中途半端に肩にかけたまま、三号くんは僕を見下ろしている。

 その表情は、部屋のライトを背中に背負っているせいで逆光になっていてよく見えなかった。


 どうしよう。


 怒られるのかな?

 呆れられるのかな??


 首の後ろが馬鹿みたいに熱い。

 僕の方が大人なんだから、もっと毅然とした態度をとらなきゃいけないのに……でも。



「アナタ、嘘をつくの下手なんですよ」


「う、うん……」


「三号もついて行きます」


「ど、どこへ……?」


「決まっているでしょ。Rさんのところです」


「だ、ダメだよ! そんなの! 危険すぎ……」



「じゃあ、なんで!!!二号さんは1人で行こうとしたんですか!!!」



 三号くんの怒鳴り声は腹に来る。


 やっぱりキミ、元ヤンだったんじゃないの〜? なんて台詞は、動画の中のライオンマスクを被った僕なら言えるけれど、動画の外のただの浅葱優斗には言えないんだ。


 口の中に溜まった唾液をゴクリと飲み込むことしかできない。



「また、自分には価値がないからだとか、自分なら消えても構わないとか、そんな馬鹿なこと考えてるんじゃないでしょうね!?」


「………」


「どうなんですか!?」


「か……」


「か!?」


「考えて、ました……スイマセン……」



 謝る必要なんてないのでは?

 僕は年上の義務として、年下の子を身を挺して守ろうとしているだけだ。


 いや……違う。


 僕は、逃げたいだけなんだ。

 一号のいない、この世界から。



「浅葱さんが自分で自分を信じられないのは勝手ですけど。でも、アナタを選んだ一号さんのことは信じてもいいんじゃないですか?」


「うん……」


「まずは、自分で自分を好きになって下さい。一号さんにもそう言われたでしょう? そうしないと、【羅睺らごうの器】にされてしまいますよ」


「そうだね……僕、馬鹿だから……すぐにそのことを忘れちゃうんだ」


「良いじゃないですか。人間は、忘れる生き物ですから」


 三号くんの素顔をみたことはないけれど、きっと大人びているんだろう。

 ダメな大人の僕を前に、こんなにもやさしい表情ができるんだから。


 本当に一号を取り戻したいのなら、僕は自己犠牲以外の道を探すべきなんだ。


 最初から分かっていた。


 なのに目を逸らし続けていた本当の理由は、僕の一号に合わす顔がないからだ。


 三号くんとコンビを組んでいる限り、これだけは言えそうにはないけれど。



「忘れられるっていうのは、生きているってことですよ」


「生きて、いる……」


「死ぬとね、忘れることができないんです。永遠に、同じ所に居続けるんです」



 一号の顔が頭をよぎる。

 何もお構いなしに、顔のパーツを全部クシャッと歪めて笑う顔を。

 無遠慮に僕の背中を叩く大きな手を。


 ああ、一号。

 僕は、君に会いたいよ。

 これは嘘じゃない。


 僕は。



 君に会って、謝りたい。


 生きて、君に会いたい。





「……三号くん」


「なんですか?」


「僕と、一緒に……Rさんのところへ行ってくれる?」


「構いませんよ」


「ごめん、もう……忘れないから。自分を蔑ろにしようだなんて思わないから、だから、僕と一緒に……」


「三号は最初から、そのつもりです。だって三号たちはコンビYouTuberで、相棒は協力するものでしょう?」



 三号くんの言葉に迷いは無かった。

 ああ、眩しい。

 手を伸ばそうとしたら、ポケットの中でスマホが震えた。




【コメント通知

アカウント名:R san

Come here^^】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る