3-4 舞台裏【動画ではない】ほんとは知ってるよ




「さーんごう、くんっ!」


「なんですか? 動画撮り終わったんだから、そんなテンションでこなくてもいいんですよ」


「僕っていつも、こんな感じでしょ?」


「バカ言わないで下さい。浅葱さんは部屋の隅で膝を抱えているのがお似合いです」


「何を根拠に!?」



 編集終わりの恒例として、一号が消えた事故物件の白すぎる一室で一緒にアップロードボタンを押した。


 ノートパソコンをフローリングに直に置いて、僕の右隣には三号くんが動画内と同じ黒いキャップとマスク姿で座っている。

 いつもより動画の伸びが悪いけど……仕方ない。

 羅睺らごうなんて言葉、馴染みがなさすぎるんだ。



「いつもより、編集するの遅かったですね」



 今回の動画は編集が大変だった。


 崖の上の事故物件でおきた怪奇現象だけに留めておけばよかったのに、三号くんが【羅睺の器】なんて口走ってしまうから。

 あんまり詳しくは言えないし、でも、ある程度は言わないと伝わらないし……。


 なによりも、って難しい。



「三号くん」


「はい」


「どこで聞いたの?」


「何をですか?」



 三号くんは眉をひそめている。

 何を聞かれているのかわからない、って顔だね。




「【羅睺の器】」




 それは、その言葉は。


 僕と、一号だけの秘密だったはずだ。


 なんで、三号くんが知っているんだろう?



「……動画の中でも言いましたけど、人に聞いただけですよ」


「誰から?」


「……言いたくないです」


「なんで?」



 僕が三号くんの方へグイと身を乗り出すと、三号くんは後ずさって立ち上がった。



「……浅葱さんを、これ以上巻き込みたくないからです」


「僕を?」



 大きな黒いマスクのせいで表情が読めない。

 でも、いつものからかうような調子ではないことだけは確かだ。


「一緒に事故物件YouTuberやってもらってる時点で、十分巻き込んでしまっていますけど。せめて、三号が動画を担当し続けるので浅葱さんは安全な場所で編集を……」


「三号くん」


「……はい」


「まあ、一回座ってよ」



 三号くんも、僕が無理してテンション上げている時と様子が違うことに気がついたらしい。

 さっきより少しだけ距離を空けて、僕の隣に再び腰を下ろした。

 

 声のトーンもそうだけど、最近特に増えた目の下のクマのせいで怖い顔になっているのかもしれない。

 動画内はハーフマスクつけることにしておいてよかった……。



「【羅睺の器】になるためにはいくつか条件があってね」


「えっ?」


「まずは前提として、霊感があること。できるだけ多くの霊と繋がる力をもっていること」


「ちょ、ちょっと待って下さい?」


「次に、負のエネルギーに満ちていること。落ち込んでいたり、弱っているとつけ込まれやすいね」


「浅葱さん?」


「あと、他人との縁が薄いこと。親でも友達でも、誰か心を許せる人物がいれば器に引きずりこまれにくいんだって」


「浅葱さん!!」


「それと」



 三号くんの声は、悪いけど無視させてもらう。

 ここまできたらもう止められない。





「自分で自分が、嫌いであること」





「……な、んで。知っているんですか……」



 三号くんはまた少し僕と距離をとってしまった。

 怖がらせたいわけじゃないから、開いてしまった距離はそのままにしておく。



「うん、そんな顔をするってことは、三号くんも一号から聞いたんだね」


「………」


「違うの?」


「違わない……ですけど」


「そっか。じゃあ、一号に恩があるっていうのもウソじゃないんだね」


「三号のこと、信じてなかったんですか?」


「大人はかなしい生き物なんだよ」


「三号は浅葱さんのこと……結構、信じてましたけど」


「ありがとう。でもさ、それって僕が一号の相棒だったからでしょ」


「………」


「あんまりキミのこと、詮索するのは止めておこうと思ってたけど……その言葉を知っているなら話は別かなって」



 僕は三号くんに手を伸ばして、黒いキャップを取った。



「あっ! ちょっと、返して下さい!!」


「初めて会った時は綺麗な金髪だったけど、だいぶ地毛の色が出てきたね」


「うるさいなぁ……染める暇がないんですよ!」






「キミってさ、誰なの?」






 どうせ短期間しか一緒にいないんだから、あえて考えないようにしてきた。

 一号のことだから、また無差別に人助けしたんだろうと思って。

 でも、誰にでもあの言葉を教えるわけがない。

 


「……い、言えません」



 おや珍しい。

 三号くんが言葉に詰まるなんて。



「それなら、僕にも言えないことが出てくるよ?」


「それで、良いじゃないですか。なにもかも分かり合うなんて無理な話ですよ」


 三号くんは僕から帽子を取り返して、部屋の片隅に転がしていた自分のリュックサックを手に取った。


「浅葱さんも【羅睺の器】について知っていたんですね」


「うん。実はね」


「それなら、話が早くて良かったです。次の動画もよろしくお願いします。それじゃ」



 足早に立ち去ろうとした三号くんを追いかけて前に回る。

 とおせんぼをすると、三号くんは嫌そうな顔をした。



「僕のこと『巻き込んでる』なんて思わないでほしい」


「……そんなに痩せて、そんなに眠れなくて、消耗しているのにですか?」



 動画のコメントでもたびたび指摘されているけれど、確かに体重は落ちたし悪夢ばかりみてうまく眠れない。それに、歩くたびに何かに躓くことが多い。

 三号くんに指摘されてから、少しは食べるようになったけど……睡眠はどうしようもない。





「がんばるから!!!!」





 つい、素の声がでてしまった。

 情けない。

 まだ十代の子の前で、こんなすがりつくような声を出してしまうなんて。

 子供に頼るしかない大人は惨めなものだって、さっき言ったばかりなのに。


 まるで僕のことだ。



「……ッ」


「僕、もっと頑張るから……何もできないけど、でも、一号が帰ってくるまで……だから」


「……わかりました」


「三号くん」


「【羅睺の器】になりそうだったのを一号さんに助けられた者同士、協力していきましょう」


「やっぱり、そうだったんだ」


「そうじゃなきゃ、あんな言葉知らないでしょ。浅葱さんもそうだとは、知りませんでしたが」



 三号くんが黒いパーカーのポケットに手を突っ込んで何かを探している。


 あ、そうだ。



「コレ……」


「なんですか?」


「探したんだけど、この切れ端しか見つからなかったんだ。えっと……キミは『なゆ太』くんでいいのかな?」



 動画の後、水浸しになりながらできる限り探したけれど見つかったのは


『なゆ太へ

 元気か? 俺』


 の部分だけだった。

 海水で滲んで読みにくいけど、辛うじて分かる。



「なゆ太は……あだ名みたいなものです」


「よかった。キミのだったんだね。大事そうな手紙だったから……」


「ありがとうございます」


「なゆ太くん、どういたしまして」


「あんまり、なゆ太って呼ばないでくれますか?」


「なんで!?」


「私生活で本名呼びしていると、うっかり動画内でバラされそうだからです」


「いつものキミじゃん!!」


「フフッ……そうですね」



 笑った……?

 マスク越しでわかりにくいけど、確かに笑い声が聞こえた気がする。

 三号くんが愛想笑い以外で笑っているのなんて、はじめて見た。



「そろそろ時間なので、今日の所はこれで失礼します」


「あっ、引き留めて悪かったね」


「いいえ。……これでも三号は、浅葱さんのこと……あい、ぼう……だと思っているので。答えられないこともあるかもしれませんが、知りたいことがあれば聞いて下さいよ」


「それは僕も同じだよ」


「三号は浅葱さんに聞きたいことなんて、あんまりないですけど」


「ブレないねぇ……本当にキミってやつは。じゃ、勉強頑張ってね」


「もちろんです。ばいばい」


「ばいば〜い」




 また一人、部屋に取り残される。


 そっか。


 三号くんも、僕と同じだったんだ。


 それなら、なおさら。



「巻き込むわけには……いかないな」



 安心してよ、一号。

 僕はもっと、頑張れるから。



 

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