第2話

 今は地球にあるこの日本と言う国で、子供が行く学校に通う身分にある私だが、かつて私には仕事があり、そこには仲間がいた。


 オーリア連邦軍、第1戦闘航空団、特殊戦隊、第332兵器試験飛行中隊──通称『エクスリスト』。

 私、メル・アイヴィーは、そのエクスリスト中隊に所属する飛行士パイロットだったのである。

 エクスリストに所属する飛行士は、試験飛行部隊である事を示すXの頭文字と共に、それぞれの識別番号パーソナル・ナンバーで呼ばれる。

 全体で9機編成の中隊の中でも、私は真ん中の5番機をあてがわれた。

 飛行士としての私の識別番号パーソナル・ナンバーは、地球の言葉では上手く発音出来無いので、それを英語にすると──『X5エクス・ファイブ』と呼ばれていた。

 私や私の仲間がかつてそうであった飛行士と言う仕事を、今暮らしているこの日本の言葉で例えて言うのなら、それはさながら、大空のサムライだ。


 その時、私の生まれ故郷である母星エムロードにあったオーリア連邦は、隣り合う他国と戦争をしていた。

 文化的にも民族的にも、似た者同士とは言い難い国が限られた資源を奪い合った結果は、常にそうだ。

 こちらオーリアから仕掛けた戦争では無い……それだけでも、当時の私には、臨時の募兵ぼへいに応じる形で祖国の防衛に参加する理由としては十分だった。

 兵士としての基礎訓練を受けた先で飛行士として抜群の適性を見出された私は、その先に行った飛行士になる為の訓練を終えると、ぐに実戦部隊へと配属された。

 第332兵器試験飛行中隊、『エクスリスト』──そこは、いかめしい正式な部隊名と、硬い金属の様な響の呼び名の通り、通常の部隊では無かった。

 開発されたばかりの新兵器を、射爆場しゃばくじょう、或いは実戦と言う最高の試験場に置いてテストする、兵器開発の為の実験部隊だ。

 歴戦のエースばかりが集まっているエクスリストで、当初、最年少だった私は、訓練では見た事も無いその新型の中隊専用機の操縦に戸惑いながらも、何とかその先で与えられる任務をこなそうと、習熟訓練に入った。

 まず地上でのシミュレータによる練習をし、それが終わると、今度は実機に搭乗しての飛行訓練を行う。

 実機での訓練が始まると、単なる機動マニューバから、大口径の機銃や誘導兵器を使った射撃、爆撃などの訓練で、まだ若かった私の日常は塗り潰されて行った。


 だが、私はそんな機体や兵器の習熟訓練を辛いと思った事は無かった。

 与えられている機体は、X5、つまり5番機飛行士パイロットである私の専用機であり、操縦席に載せている演算装置には、私の操縦特性に合わせて、機体制御に必要な自動補正を飛行経験の蓄積ディープ・ラーニングにより最適化する機能が備わっていた。

 この便利な機能のおかげで、訓練を重ねる毎に、私は練習で乗った一般に配備されている量産機よりもずっと上手く飛行出来る様になり──そして、ついには確実に敵を撃破出来るだけの技量を備えた、任務遂行可能オペレーション・レディ飛行士パイロットとして認められた。


 苦労の末、新型機の訓練を完遂した私だったが、実戦におもむいて敵を撃破するむねの命令が下り、実際に敵国の航空機と戦ったり、その車両や施設を破壊する前に──その戦争は終わった。

 しかし、それはオーリア連邦と他国の間で起きていた、資源の争奪を巡って起きた戦争の終結であると同時に、これまでエムロード人が空想の中でしか経験した事の無かった、新たな戦争の始まりでもあった。

 私が必要な全ての訓練を終え、最初の実戦へと向かう出撃命令を待っていたその時……母星エムロードに、この広い宇宙を長い間彷徨さまよっていた『奴ら』が降り立ち、星を支配していた人類である我々エムロード人に向かって、侵攻を開始したのである。

 

 『奴ら』はかなり強力な攻撃力を持っている上、矢鱈やたらと数が多く、たちまちの内に、いくつかの国家が壊滅寸前にまで追い込まれた。

 他国より一歩抜きんでた先進的な航空技術を持っていたオーリア連邦は、惑星外から来た『奴ら』がエムロード人の都市を襲い始めると、直ちに、戦争のせいで他国には秘密にしていた、その自衛用には多過ぎるとも言える大量に温存していた軍備を、残存するあらゆる補給線を通じて各国へと供給し、襲い掛かる『奴ら』の破竹はちくの如き進撃を食い止めようとした。


 侵略者インベーダーの数は途方とほうも無く多かったが、無限では無かった事が幸いした。

 何がその原因だったのかは不明だが、『奴ら』は、あの厄介な地上侵攻型の敵機の生産設備を、我々が住んでいるこの緑色の美しい惑星エムロードの地で、展開する事が出来無かったらしいのだ。

 やがて、地球の時間にして、およそ1年余りが過ぎてから、ようやく我々エムロード人は、『奴ら』の手から惑星に存在する全領土を奪還する事に成功した。


 あの日、世界を駆け巡ったニュースで、奴らを海の上へと追いやり、全土の奪還が完了したと言う内容が発表された時のお祭り騒ぎは良く覚えている。

 休暇が与えられた私達エクスリストは、輸送機を操縦する補給部隊の飛行士パイロットを装って街に繰り出し、その先で地の住民の歓迎を受け、様々なご馳走をして貰った。

 初めて飲んだ酒で酔っ払いながら基地に帰った私は、その翌日、二日酔いによる酷い頭痛に悩まされ、医療班に頼んで薬を出して貰ったのが、唯一、その時に出来た悔しい思い出である。

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