神々の時間、贄の刻 001
<キティー>
「100%じゃないんだな」
とオレは言った。
冗談のつもりだったが誰も笑わない。
「完全とは神のための言葉。故に、商業では完璧という数値を示すことを厭う。完璧さの責任を取るのなど神の業でしか成せぬからな」
キザ金髪の言葉が暗闇の中でうっとうしく響く。
やたらと自信ありげなのが嫌いだ。
レ・オロのやつらの昆虫めいた視線が、ちらちらとキザ金髪に投げかけられる。
「黙れヘンタイ」
「世の摂理を知るがよい。小僧」
オレは頭が痛くなってきた。
五秒くらい相手をするだけでぶっ殺したい気持ちになるっていうのは、ある意味では凄い素質だと思う。
「で、それがなんなんだ目細」
平たい岩の上に腰かけていたゾーイが、はっとした顔でオレを見た。
疲れてる。
目の下のクマが酷い。
薄暗い灯りしかないんで、どっからが目でどっからがシワなのかわかりゃしない。
全部終わるころにはゾーイの目は四つくらいになってるんだろ、きっと。
生きて終わればだけどな。
「結果を見る限り、君はドクター・ヒューゴのクローン体だ」
ゾーイのその言葉が洞窟の隅々まで染み渡ったみたいだった。
闇が重くなり、レ・オロたちのかさかさこそこそいう音も聞こえなくなって、ただ無になる。
そこまでフユカイになるなんて思ってもみなかった。
あのヘンタイの二番煎じだって言われることが。
ゾーイに出会う前まで、オレにとってフユカイなことは腹を下す予感くらいだったのに。
「だったら何だ」
「最悪だよ。僕の推測が正しければね」
「言え」
ゾーイは口を真っすぐに結んで、何度か深呼吸した。
「言えよ」
「キティー、君はクローン体に関するレイニーの法律を何処まで知ってる?」
「全然」
「なら最初から言おう。少なくともレイニー星においてはクローンは違法じゃない。クローンに自分の精神をスキャンしたデータを挿入して、ほとんど同一の思考回路を持つ生命体として活動させることも合法のうちだ。ただクローンが活動するには、主体、つまりクローンの基となる生命体が市民権を持っていることが大前提なんだ。ドクター・ヒューゴの場合はそこがおかしい。市民権を持っている彼は僕が……撃ったから。既に死んでいる。今クローンたちが活動しているのは違法なんだ。そこをレイニー星で訴えれば彼らは刑事処罰の対象になる。全面的な生存権の剥奪、廃棄が行われる。でもキティー、君が市民権を持っているから話が変わるんだ。君がヒューゴのクローンなのではなく、君のクローンがヒューゴたちなのだと主張することが出来る。主従が逆転するならば合法になってしまうってことだね」
「待てよ」
「うん」
「あのヘンタイがそのためにオレを作ったとでも言うんじゃないだろうな」
「……うん……」
「そのうんは何のうんなんだよ、目細っ!」
オレはゾーイの胸倉をつかんでいる。
揺れる灯りの光で見るゾーイは幽霊じみてて嫌いだ。
相変わらず怒りもしなけりゃあ悲しそうにもしない。
ただこっちの目を静かに見ている。
いや、オレを見てすらいないのかもしれないと思った。
こいつはオレを通して、どう自分が見えているのかを見てる。
自分の事を偉いって考えてるやつトクユウの、最悪な感じ。
レイニー星で一緒にいた頃には気づかなかった。
だんだんオレの方がムカついてくる。
カノアはおろおろしてるだけだし、キザ金髪はそもそもオレたちの方を見てない。
「可能性の話だよ、キティー。本当の所はヒューゴに聞かなきゃわからないさ」
オレは引っぱたくように目細の服から手を離した。
溜息が出る。
「それで?」
「聞くならレイニーに帰るしかない。彼のラボに答えがある。でも現実的じゃない」
「今のこの状況だってゲンジツテキじゃないだろ」
「そうだね」
くつくつとゾーイは笑い出した。
妙に楽しそうでクウキョな笑い。
オレは同じような笑い方をするやつを良く知っている。
スラムで笑うと、がらんどうに響くような声になるからだ。
「笑うな目細。イカレたのか」
「そうかも」
「やめろ。あんたがイカレたら全部終わる」
悪かった、とゾーイは言った。
ますますイカレてる。
「なんで謝るんだ」
「前向きじゃなかったからだよ」
オレは拳を振り上げた。
けど、ゾーイの弱っちい鼻っ柱を見てやめる。
昨日鼻血ふかせたばっかりだから、二回もやるとカンボツするかもしれないと思ったんだ。
「……そこまでにせよ」
と、キザ金髪が言う。
ため息交じりに命令する。
気に食わない。
なんでお前に止められなきゃいけない?
オレはお前に止められる前に自分で拳を止めてたんだ。
ゾーイじゃなくそっちを殴ればよかったとオレは後悔する。
「もう一個、オレに言ってないことがある。目細」
「なんだっけ」
「オレをここに呼んだ理由」
「ああ――」
ゾーイが足を組み替えた。
「難しい手術を受けようと思っていてね。その前に、キティー、君に会いたかったんだ」
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