ユーラノート 006

 僕とこの星の因縁について、少しだけ書き付けておきたい。

 もしキティー、君がこの手記を読むことになったら、この歴史を知らないと訳が分からないと思う。

 それに、読むころには君も受け止めるだけの経験を積んでいるはずだから。



 汎銀河系統一憲法では、未開拓星の統治権は基本的に最初の着陸者(団体)にあるとする。

 そう言う理由で、僕の祖父であったモシオ・由良戸は初代統治者になった。

 本来ならば祖父の親戚であり友人であり、そしてより高貴な血筋である桜宮殿下が統治者になるべきであったのだが、そもそも政治に関わらない信条を持つ地球由来の由緒正しき皇族であった殿下は<象徴>としてレイニー星の開拓者たちを鼓舞する役目だけをお求めになったのだった。

 ふたりに導かれて星の間を飛び、新天地に入植した人々はおよそ千人。

 そのほとんどがジャパニーズ・オリジン。

 地球時代から続く家系図を持ち、母語として日本語を喋る人々だった。

 もちろん指導者のふたりもそうである。

 ジャパニーズ・オリジンはともかく、日本語を読み書きできる人は、そのころ既に減少の一途をたどっていた。

 というよりも、地球脱出の時点で淘汰されかかっていたといっても間違いではないだろう。

 汎銀河系共通語と比べれば煩雑で、非効率であることは否めない。

 だが僕は、日本語が好きだ。

 好きなものが目の前で失われることほどつらいことは無い。

 話を戻そう。

 地球脱出以降、少数言語の話者たちはたいてい白い目で見られていた。

 それは全人類が協力して事に当たるべき時に、共通語以外の言語で思考し、会話することは、ただ物事を遅滞させるだけだと思われていたからである。

 数世紀の時が過ぎ、地球人類以外の知性体との出会いを経てようやく、人類は少数言語に対して寛容になった。

 しかしレイニーでは、そうはならなかった。

 悲劇は希少金属がレイニー星の鉱床で見つかったことに端を発する。

 こんにちの宇宙船の航続距離を飛躍的に伸ばしたのは、この希少金属の持つ伝熱性と加工性のお陰だ。

 最初に発見したのは桜宮殿下。

 殿下は鉱石学の博士号を取得しておられたので、一見して有用なこの金属に目を止められたのであろう。

 レイニー星の住民たちはこの金属の名前をサクラノミヤニウムとして学会に提出した。

 しかし学会は「少数民族言語による名称は認められない」として拒否。

 この回答に住民たちの感情が沸騰する。

 権威ある汎銀河系鉱石調査学会の本部に押しかけて抗議デモをした。

 デモにはレイニー全住民のうち八割が参加したともいわれている。

 二割は赤ちゃんを抱えた家庭と、そもそもジャパニーズ・オリジンじゃなかった人たち。

 デモはエスカレートする。

 沈静化のため学会長はデモの主導者に面談を申し込み、それに応じた主導者は議場で学会長を撲殺した。

 デモの主導者とは、何を隠そう僕の祖父モシオのことである。

 その時六十八歳、恐るべき腕力であった。

 僕には残念ながらその強靭な筋繊維をつかさどる良質な遺伝子を残してくれなかった。

 祖父はその場で射殺。

 デモ参加者のほとんどが収監され、レイニーに送り返された。

 ついでに平和維持軍がレイニーに上陸し、桜宮殿下を軟禁。

 サクラノミヤニウムはレイニウムとして世に公表される。

 この事件は「少数民族は危険だ」というプロパガンダの為に、様々なニュースで流れ、捻じ曲げられ、貶められていった。

 汎銀河系という世間は、デモ参加者を日本語原理主義者と断じる。

 その時センセーショナルに「少数民族の肥大した想像力を抑え、非効率な言語を脳内から削除することで良質な労働者としての働きを期待できる。特にジャパニーズ・オリジンは」という、今から考えれば驚天動地の論文が発表された。

 その脳内改変理論、通称<ファンタジーキラー>は汎銀河系に支持される。

 科学者のメスは悪魔の舌のようにデモ参加者の脳髄を舐めて、思考停止した彼らを桜宮大鉱山(皮肉にもこの名前だけは変えられなかった)に続々と送り込んだ。

 平和維持軍はとてもずさんな管理をしたと聞いている。

 大規模発掘の代償として劣悪な環境で労働者が死に、公害が起こった。

 粉砕された土壌の中に人体に有害な物質が潜んでいることを、平和維持軍の科学者たちはろくに分析もしていなかったという。

 レイニウムが地中で生成される過程でうまれるその物質は、掘削機のファンから大気中に洩れた。

 空は黄色く染まる。

 もともと多雨であったこの星にとって、大気汚染は致命傷だった。

 それが鉱疫の始まり。

 私財のすべてを投じた病院の設立を詐欺まがいの手段で妨害された失意の中で、桜宮殿下も身罷られた。

 殿下の私財は現在のキャピタルシティを設立するための基礎基金になったという。

 死に体のレイニー星とジャパニーズ・オリジンを救おうとしたのが、僕の父である。

 父カイ・由良戸は正気を保ったままの数少ないジャパニーズ・オリジンだった。

 その頃、由良戸家は平和維持軍の手によって権力をもぎ取られていたが、父はそれを逆手に取ったらしい。

 カイは見分を広め常識をつけるための留学生として、外惑星に出て、そこで学んだ。

 人権を、法律を、話術を。

 国際的な論客となったカイは故郷で何が行われているのかを汎銀河社会に向けて発信し、その頃には<ファンタジーキラー>による狂気を恥じていた汎銀河社会は、反対向きに、つまりレイニーの主権復帰に向けて動き出す。

 レイニーから平和維持軍が撤退し、<ファンタジーキラー>施術が重大犯罪と認定され、ジャパニーズ・オリジンの完全な人権が取り戻されたのは、たったの二十年前。

 僕が二歳の頃だ。


 僕は、カイ・由良戸が留学先で机を並べた(これはとても古い言い方だ)女の子とのロマンスの末に生まれたた子供。

 その女の子はジャパニーズ・オリジンではなく、カイの許嫁はレイニーにいた。

 つまり浮気、危険な恋だったんだね。

 レイニー星の正妻は激怒したという。

 まあ当然のことだ。

 僕が認知され、レイニー星で養育されるまでには紆余曲折があったと聞いている。

 正妻はふたつ条件を出した。

 父はどちらも飲んだ。

 子供の姓は「由良戸」ではなく汎銀河系共通語でつづった「Yuranoto」、すなわちユーラノートにすること。

 もうひとつは僕に<ファンタジーキラー>施術を受けさせることだった。

 僕はレイニー星最後の<ファンタジーキラー>施術者だ。

 施術は僕の脳から怒りと悲しみを感じるための領域を削って行った。

 そんなわけで、僕からは感情が欠落している。

 僕はそれを悲しく思うことが出来ない。

 カイの正妻から生まれたふたりの優秀な兄が、他星を訪問中に偶発的な爆撃でたまたま死んだということも、悲しく思うことが出来ないんだ。

 僕は無害であるということを理由に生かされている。

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