ハミングバード 006

 パーティ会場の受付でウララカバーガーの社員が待っていた。

 社員は目細野郎に丁寧にお辞儀をして、オレたちを別の小部屋に連れて行く。

 ややあってパーティの始まる気配がした。

 それからオレたちが呼ばれたのは舞台の上。

 着飾った男女がオレたちを見て拍手したり、何か言い合ったりしている。

 マイクを握った調子の良さそうな司会者がごほんと咳払いした

 こちらに来ていただきましたのが、<ウララカバーガーが似合うイケメンコンテスト>優勝者のキティーさんとその付き添いのゾーイさん。

 皆様ご存知でしょうが、キティーさんは何とダウンタウンのスラム出身。

 その才能を見出したのがこちらのゾーイさんで……。

 あることないこと、ぺらぺらと司会者が話す。

 オレはゾーイをにらんだ。

 ゾーイはにこにこ笑うだけ。

 絶滅しろ、とオレは心の中で願った。

「さて、ここでキティーさんのワイルドな特技をお見せいただこうと思います!」

 と司会者。

 派手な音が鳴って、さっき舞台に出たときにウララカバーガーの会長だとか紹介された女にスポットライトが当たり、その上に人形がふわふわと漂ってきた

 オレは、風船人形がナレノハテなんじゃないかと思ってどきっとする。

「キティーさんはスラムを銃一丁で生き延びてきました。その技は百発百中、今までに逃した獲物はいないということです。皆さん、目の前で本物の銃が炸裂した経験ってあります?ありませんよねぇ!今夜はその腕を見せていただこうかと思います!!」

 よくわからない展開に棒立ちになったオレに、ゾーイがガンベルトとハミングバード86を差し出した。

 いつも通り、とゾーイが言ったので、舌打ちしながら受け取る。

 手がなかば勝手に動いてガンベルトを腰に巻く。

 スラムで着けていた頃よりもベルト穴がうんと伸びた。

 もう少し絞らなきゃならねえな、とオレは決意する。

 食い過ぎだ。

 ハミングバード86を取り出すと、手の中で一回転。

 それだけで舞台下の観客から小さな驚きの声が上がる

 ガンベルトに銃を戻した。

「それで、今回はどんな風に撃ってもらいましょうか?」

 司会者が揉み手しながら喋り、目細野郎が勝手に口を出す。

「そうですね、頭に一発。彼は必ず額を打ち抜くんです」

 ゾーイが額を指でこつんとつつくと、会場の空気が緊張に包まれた。

「ではさっそく、キティーさんの早撃ちの技を」

 ドラムロールが鳴る。

「どうぞ!!」

 オレは久しぶりの感触に胸が高鳴った。

 昨日見たばかりのハミングバードの姿がちらつく。

 花から花へ、狙った獲物の真ん中へ。

 ながれるように、オレは撃った。

 人形の額にぽつんと穴が開く。

 殺されたのがわかってねえやつみたいに風船はしばらく額に穴を開けたまま宙を泳ぎ、それから突然破裂して、中から色とりどりの紙が降ってきた。

 ゴングラッチュレーション!

 大げさに騒ぐ司会者。

 ざわめきと拍手、スタンディングオベーション。

 お前らは何で立つんだ。

 全員ぶち抜きたいというショウドウを、オレは我慢する。

 よくわかんねえことばっかだな。

「素晴らしい!いやあ素晴らしいものを見ました!!」

 興奮する司会者。

 こんなもんで喜ぶならスラム丸ごと買い取ってやらせればいい。

 ガキだってできらあ。

 それで、馬鹿馬鹿しくなったオレはガンベルトを外して、ハミングバード86を突っ込んで、ゾーイに突き返した。

 目細野郎は、よくやったね、と言った。

 この舞台の上でオレの味方は残念ながらこいつしかないらしい、とオレは感じた。

 さて、と司会者が息をいれる。

「今のお気持ちは」

 オレに向かってマイクを突き出す。

 いい加減にしろ、このくそったれが。

 ハミングバード86を手元から離したことを、オレはもうコウカイした。

「ふつう」

 とオレはマイクにふきこんだ。

「やっぱりスラムでは銃を持つのが日常なんですねぇ。ちょっと見せてもらってもいいですかあ?」

 嫌だと答えるより先に、ゾーイがひょいと動いた。

 銀色の銃身が、照明のなかできらきらかがやいてる。

 こんなにきれいなものだったなんてダウンタウンの鉱性雨のなかではわからなかった。

 ハミングバード86に司会者が手を伸ばした時、思いがけないことが起こった。

 オレが反応するよりも早く。

 ゾーイがハミングバード86の引き金を絞って、司会者の額に穴を開けたんだ。

 すげえ上手かった。



 ×



 オレは牢屋にぶち込まれた。

 一週間で釈放された。

 市民証は本物だったし、自白剤を飲まされたがオレは本当に何も知らなかったから。

 くそまずい刑務所のメシと自白剤のおかげで、オレの腹周りはスラム時代に戻ったようだった。

 ゾーイが何処に行ったのかはだれも知らない。

 政府と警察が全力を挙げて捜索しているらしいが、いまだに行方不明らしい。

 どうしてゾーイが司会者の男を撃たないといけなかったのかも謎なまま。

 だが、オレにはどうしてもあの目細野郎がくたばったとは思えない。

 恐ろしいほどの逃げ足で会場を飛び出して行ったし、あいつはたぶん、勝算が無ければ喧嘩なんて売らねえ人種だろう。

 シャバに出て、ゾーイの住んでいた部屋を買い取ってしばらくしてから謎が増えた。

 ウララカバーガーのコンテストのためにオレのヘアスタイルを整えに来たやつは、今はオレの専属のスタイリストをしている。

 そいつが書置きを残していった。

 話せば盗聴されるし、メールで送ってもパクられるから。

 犯罪率の低いキャピタルで起きた殺人事件とあって、関係者は全員マークされてる。

 オレは辞書を引きながらその書置きを読む。

 本物のゾーイの字だとオレの目には映った。

 書置きにはこうあった。

「ハミングバードを追いかけなさい。本当の重みのあるところ」

 それで、撮影の無い日、オレは動物園の予約を取った。

 <熱帯植物と鳥たち>のコーナーに行くと、ハミングバードたちが相変わらず、何回見てもうっとりするような飛行で花をつついてまわっていた。

 ちょうど餌やり体験の時間で、客はオレだけだった。

 飼育員が、こちらに気づいてあっと声を上げる。

「キティーさんですよね!?私ファンなんです、握手してください」

 オレは仕方なく握手する。

 オレが握手したいのはおんなじゃなくてハミングバードだ。

 その手の中に、するりと紙が置かれた。

 ファンレターというやつ。

「マネージャーを通して」

 とオレ。

「あ、そうですよね、ごめんなさい。やっぱりは違うなって思っちゃったから」

 それで、オレはもう一度手を差し出した。

「いいよ、やっぱりもらう」

 あとから部屋で開けると、飼育員からの本物のファンレターの間に、やはりゾーイのものと思しき筆跡で言葉が添えられている。

「飼われた生き物は本物じゃない」


 映画の撮影が終わってしばらくオフになると、オレはニューハワイキ行きの便に乗った。

 レポーターがついてきて、オレが宇宙港を歩いている姿を撮って行った。

 何が楽しいんだろうな。

 初めての星間旅行はすこぶる順調だった。

 いくつかの加速点を過ぎてニューホノルル際宇宙港に着くと、ニューマウナケア行きの国内線に乗り換えて、やっと目的地に着いた。

 その頃には芸能レポーターの姿もなくなる。

 ニューハワイキは、ニューばっかりの地名でわかりにくい星だ。

 案内所でたずねたらこの星の方言ではなくてただのnewで、チキュウそのまんまの名前をつけたかったんだとか説明された。

 ニセモノだらけ。

 オレは案内所で勧められたとおりに車を借りた。

 海を見ながらのドライブはカクベツです、と言われたので、そのルートにプログラムをセットして発進させる。

 自動運転の車は滑らかに走り出し、オレは生まれてはじめて本物の海を見た。

 きれいだ。

 活動費で落としてやろうと思って助手席に置きっぱなしの領収書ふとを見ると、何故かそこにもゾーイの字がある。

 いやに発行に時間がかかるなとイライラしたのを覚えているが、そういうことか。

 オレは読んだ。

 今回の内容は簡単だった。

「彼のことは本名で呼ぶこと。重みのある本当の名前は―――」

 車は時間ほど走って、ホテルの入り口に自動で止まる。

 今日泊まるホテルはロイヤルサンシャイン・ニューハワイキ。

 キャピタルにあるのと同系列の高級ホテルだ。

 うやうやしくひらいたドアから降りると、停車場に一人の男が立って待っている。

 オレは一目見るなり、そいつがふつうじゃないってことはわかった。

 というのも、センスがいけてない。

 アロハシャツの柄は別はにキバツじゃないし、ズボンの丈も今の流行にノってる。

 男のスタイルも八頭身で、オレよりモデル向きだと思う。

 でも組み合わせると変なんだ。

 そういうことってあるだろ?

 男は「旅行会社<サニーデイズ>お迎えサービス」の大きな札を掲げてこちらへ歩いてくる。

「本日ご予約のキティー様でよろしいでしょうか?」

 と、言いながら差し出された名刺をオレは受け取る。

「わたくし、お客様を担当させていただきますリチャード……」

 オレはかぶせるように続けた。

「あんたがアララファルだろ。ゾーイから聞いた」

 旅行会社の男はオレの顔をじっと見る。

 穴が開きそうなくらい見る。

 その目は全体的に真っ赤で、瞳は黒、そして冗談みたいな金の斑が入っている。

 それから男は、不意に笑って言った。

「なるほど。あの男、面白いものを送って寄越したな」


(第一部了)

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