7th heaven(3rd)

 マスターの思考はどんどん深くなっていきます。


「日本では四や九を忌み数にしています。死や苦に繋がるから嫌悪される。ならば、やはりそれらを怪談などの数字に冠すれば良いと思うのですが」


 結局はここに行き着いてしまいます、とマスターは途方に暮れたように肩を落としました。思考の海で迷子になっているようです。

 こういう弱気なマスターを見ないわけではありません。しかし、考えることが友達みたいなマスターが考えることでしおらしくなるのは、なんだかこう……モヤモヤします。


 だからあたしは、その沈黙に耐えかねて声を出してしまうのです。


「意味、あるんですかね」

「……はい?」


 ただしあたしの発言は、マスターを敵に回すようなものばっかりです。哲学大好きなマスターと、考えの浅いあたしの思考です。マスターからすればツッコミどころ満載なのでしょう。

 それでも口出ししたくなったのは、そう……沈黙が嫌だったから。の、はずです。


「何も考えずに七になった可能性ってありませんか? 単に語呂が良かったとか」

「七という数字に意味などないと?」


 心なしかマスターの語気が荒いです。冷静な丁寧語を心掛けてはいるけれど、奥底の強い熱が隠しきれていないというか。

 簡単に言うと、「てめー俺の考えてきたことを無意味だって言うのか!」みたいな。


「無意味というか、そこまで深い意味がない、っていう可能性もあるんじゃないかなー? っていうか」


 なんであたしがこうも詰問されなければならないんでしょうか。ただのバイトなのに。悪いことしてる人が弁明してるみたい。居心地が悪い。


「たとえば、たとえばですよ? もし四不思議だったらちょっと物足りない気がしませんか?」


 校内で噂される四不思議。

 ……ワンフロアで完結してしまうかもしれません。


「かといって九不思議だと、多いような気がするんです」


 校内で噂される九不思議。

 ……五個見つけてやっと折り返しです。


「その点、七はちょうどいい数字なのかもしれません。学校全体に満遍なく配置できる量だったり、途中で飽きることがない量だったり」


 そこは人それぞれの感性だと思います。あたしのこれは本当に何の根拠もない推測に過ぎません。あたしはあたしが考える七不思議の理由を挙げているだけ。正解かどうかなんて、研究者に聞けばいいことなんです。

 だからあたしは……あれ。


 向かいにはマスターのにこにこした顔。


「なるほど。では、六や八ではいけませんか?」


 マスターの追撃です。なんとなく違和感を覚えましたが、その正体がわかりませんでした。あたしはマスターに問われるがまま考えます。


「えーっと……偶数、って、キリがいいですよね」

「はい」


 さっきみたいにするりと言葉が出てきません。あたしの中でもまだ理由を探している状態で、考えながら喋っているからかもしれないです。


「奇数っていうと、こう、割りきれない。モヤモヤする。だから、怪談の不穏な雰囲気に合ってる、ような……?」


 モヤモヤしているのはあたしの心です。なんだろうこの感じ。


「数の理由を数に求める。仁科さん、良い着眼点です。あとは他者を頷かせるだけの論拠と話術があれば、素敵な思想家になれます」


 判明。

 モヤモヤと違和感の正体がわかりました。そうだ、あたしは……マスターに泳がされていたのです。


「マスター! あたしに無理矢理考えさせましたよね、哲学させましたよね!?」

「はははっ、そこが仁科さんの良いところですよ」


 朗らかな笑い声が店内に染み渡っていきます。あたしも大概でした。なんでマスターの誘導に引っ掛かってしまったんだろう。あの違和感と質問で我に返るべきだった。


「違います、違いますからねマスター! あたしは哲学なんて微塵も」

「考えることは人を豊かにします。仁科さんにもわかってもらえたようで、私は嬉しいですよ」

「だから違うって……もう!」


 あたしは歯噛みしました。このままではされるがままになってしまいそうで、それは何だか面白くなかったのです。


 その日はやっぱり大して忙しくもなかったので、適当に仕事を片付けて上がりました。飾り棚のグラスの配置を変えたことは少しばかりの仕返しです。

 帰りに、あたしは気付いたのです。


「……あれ。なんだか」


 今日はすごく疲れたなあ、と。

 でも身体はピンピンしていて、あたしはまだその疲れの意味に気付けませんでした。

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