最終章 Q.これは試験よ…… A.不正行為は厳禁です

第31話「灰色探偵事務所は、その依頼、お受けしますッ!!」

 月末も近づいたある日、僕はニョニョに今月の収益しゅうえきを訪ねた。


 ニョニョはニヤニヤとした笑みを隠そうと真顔を取り繕うけど、口角が上がり、どう見てもニヤけながら、「50万よ」と返事をした。


「50万って、当初の予定からすると大分少ないね」


 僕の言葉にニョニョは驚きの表情を見せる。

 

 あれ? そんなに変なこと言ったっけ?


「ちょっ! エルク、何言ってるの! はじめたばかりの仕事でこんなに収入があるなんてすごいわよッ! あたしの予想よりはるかに稼げてるわッ!」


「あれ? でもニョニョ、目標は100万って」


「ええ、言ったけど、目標はあくまでもっと信頼と実績、あと所員を得てからの話。2人だけでここまで稼げるなんて、特にあの連続断頭PK事件からの収入がすごいわね……」


 そこで、ニョニョは何かに気づいたように押し黙った。


「ねぇ、エルク。貴方、ちゃんと休んでる?」


 僕は事実を述べる。


「うん。ちゃんと休んでるよ。昨日も3時間寝たし」


「たった3時間ッ!? もっとちゃんと寝て休まなきゃダメよ!」


 ニョニョは僕を無理矢理ソファーに押し倒す。

 VRMMOの中で寝ても意味はないと思うんだけど……。

 そんな風に考えていた僕の眼前に唐突に本来は無いはずの胸が垂れ下がり、世界のどんな観光地よりも素晴らしい絶景が広がる。


 けれど、気恥ずかしさから僕は必死に目を逸らしながら、こんなところ誰かに見られたらと危惧きぐする。


 そして、来客というものは、こういうとき程あるのだった。


 ガチャリと開かれた扉。そこにはつい最近知り合った顔があった。


「あらあら、お邪魔だったかしら?」


 ゴスロリをまとった悪魔の様な女性。

 ギルド『女王陛下』のギルドマスター、アリー。最近、僕が持った彼女への印象がこれだ。


 ニョニョはアリーの言葉で、自身の行動を客観的に見つめる。

 そして、どう見ても、押し倒してイチャイチャしようとしている所にしか見えない事に気づき、赤面した。


「べ、別に邪魔じゃないですわよ。ど、どうぞ。お上がりくださいませ」


 居住いずまいは即座に直したものの、言葉遣いは訳がわからなくなっており、ところどころ声が裏返っていた。


「悪いわね。それでは失礼するわ」


 アリーは来客用のソファーに座ると足を組んだ。


「この前の貴方達の仕事は見事だったわ。その貴方達を見込んで依頼があるの。受けてくれたらどんな結果でも50万円お支払いするわ」


「ごっ、50万ッ!?」


 僕が思わず声を上げると、アリーは少し微笑んでから、


「依頼の内容を聞けば当然の報酬だと理解してもらえると思うわ」


 彼女は依頼の内容を説明するにあたり、一枚の名刺を取り出した。


 会社名や名前が書かれてはいたが、一番目を引いたのは、


『代表取締役 会長』


 という文字だ。


「か、会長? アリーさんが?」


 ニョニョは目を輝かせながら、問い詰める。


「いいえ、違うわ。ワタシではなく、ワタシの祖父である、『イーノ』がそうよ」


 『イーノ』それは先の連続断頭PK事件の被害者の1人だ。

 まさか、アリーの肉親だとは思わなかった。


「もしかして、断頭PKで何か悪影響が?」


 僕の質問に、アリーは首を横に振った。


「いいえ、『イーノ』は少し前から目をわずらっていてね。今やぼんやりとしか見ることが出来ないくらいなの。それでも、CTGの空気を感じていたいって言って、街でたたずんでいたり、ギルド戦を端の方で観戦したりしていたわ。だから、断頭された時も見えていなくてそれほど影響は無かったわ。それでも――」


 アリーはそれでも犯人は許せなかったと続けた。

 僕だって、仮にニョニョが断頭PKに襲われた時、離席りせき中だったとしても、絶対に相手を許すことは出来なかっただろう。


「コホン。話がれたわね」


 アリーはわざとらしく咳払いをして、話を依頼の件に戻す。


「ただ、『イーノ』にとって断頭PKされたことで、潮時だと感じたらしいの。それでこの度、CTGと会社を引退することにしたのよ」


 CTGと会社が同列なのがスゴイなと呆れる反面、それだけ生活に根ざしたゲームとなっているのだと納得も出来た。


「そこで、問題は、次の会長を誰にするかという事なのだけど、このゲームを愛していた『イーノ』は、ワタシのギルド『女王陛下』のギルドスペースを使って試験を課す事にしたのよ。そこで、貴方達2人にはその試験の立会人になってほしいの」


「立会人ですか? でも、あたし達はこの会社のことは全く知らないですし、次期会長を決めるというのでしたら、それは他の方が務めた方がいいのでは?」


 ニョニョはごく普通の疑問を投げかける。


「ええ、そうよね。普通はそう思うわね。ごめんなさい。説明が足りなかったわ」


 その表情は、説明を忘れたというより、わざとそうして、こちらの反応を見たといった感じである。

 続きを話してくれるあたり、こちらの反応は合格の様だ。


「今、社内では、とある不正が問題となっているのよ」


「不正ですか?」


「ええ、部長以上でなければ知り得ない情報が外部へ流出しているのよ」


「もしかして、あたし達が立ち会う、本当の目的って」


「やはり、察しが良くて助かるわ。試験に参加するのは社長・副社長2人・専務・統括部長・財務部部長の6名よ。もし、この中に情報流出の犯人がいれば、隠蔽いんぺいと利益の両面の為に何が何でも会長になろうとするはずよ!」


「という事は、僕とニョニョで妨害作業をしてくる奴がいるなら探し出して捕まえろってことか」


「ええ、居なければそれはそれでいいのよ。そういう意味で、結果に関わらずの報酬になるわ。とにかく『イーノ』の願いは、自分が去った後の会社にうれいを残したくないのよ」


 アリーは真剣な眼差しで、ニョニョを見据える。

 その瞳は一連の言葉にウソはないと言外に語っていた。


 いつものニョニョなら2つ返事で引き受けるところなのだが、なぜか渋るような悩んでいるような複雑な表情を浮かべる。


「すみません。その試験の開始日を教えていただいても」


「明日の朝10時からよ」


「明日ですか……」


 ニョニョは僕の方を見る。

 それだけで、今までの付き合いで何を心配しているのか分かった。


「ニョニョ。僕のことは心配しなくて大丈夫だよ」


 ニョニョは僕の体を心配しているのだけど、廃人プレイヤーを舐めて貰っては困る。休憩なしの睡眠時間3時間など、屁でもないのに。


 ニョニョは僕にだけ聞こえるように耳打ちする。


「でも、ティザン。今日このあと、もう1件依頼が……」


 いまいち煮え切らない、ニョニョに代わって、僕がアリーへ返事を行う。

 ニョニョの、いや、僕達の目標、100万円達成の為にッ!


「灰色探偵事務所は、その依頼、お受けしますッ!!」



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