第6話「何も言わなくても分かってくれるとか超優秀!」

 フェンリルは大きな狼の姿をしており、銀色の体毛が周囲にプレッシャーを放つ。

 今はその銀色の体毛も度重なる攻撃で朱色に染まっている。

 CTGのゲーム演出として、だんだんと赤くなるのだが、フェンリルは全身が赤く染まると丁度残りHPが2割という分かり易い特徴を持っている。


「あと一撃で2割を切るッ! スティングその前に優秀な盾役を一人後方に下げてくれ!」


 僕はスティングに声をかけると、彼はすぐに反応し、自身の脇で常に盾となっていた男性キャラに声をかけた。


「ベルッ! ティザンの元へ!」


「了解です!」


 スティングが声を掛けると、ベルと呼ばれた男性は不平不満や疑問を口にすることなく、素早く僕の方へと前戦を離れた。

 一瞬の迷いが命取りになるレイド戦において、不可解な命令でも即座に行動するのはギルドマスターが信頼されている証だ。


 ベルと呼ばれた男性のプレイヤーネームは正しくは『ベルヴァス』となっていたが、呼び名が愛称になるのはネットでもリアルでも一緒なのだろう。ジョブは盾戦士タンクだ。

 

 彼は重そうな盾を構えながらも全速力でこちらへと向かう。


「そのまま、僕より少し離れたところで待機してて」


 ベルが指定した位置に付くと、僕は合図を送った。

 それと同時に『リバティ』のメンバーは回復と防御魔法を掛けてから、フェンリルに攻撃を与えた。


「さぁ! 運ゲーの始まりだッ!!」


 スティングは狼の胴体へと大剣を振るいダメージを与えると、残り2割の合図としてフェンリルの全身が朱に染まった。


 その瞬間、フェンリルは咆哮ほうこうを上げる。


「全員、今は無敵時間だ。この後に備えろ! 幸運を祈るッ!」


 フェンリルは未だ終わらない永い咆哮を上げ続ける。

 その間にスティングは攻撃力重視の大剣から、ビッグシールドソードという防御力が付いている武器へと装備を替える。

 僕も手ごろな樹を見つけると、そこに背中をつけた。


 咆哮が徐々に小さくなり、消えると、空に暗雲が掛かり始め周囲が暗くなる。


 さて、ここからフェンリルの虐殺タイムが始まる。

 雲の裂け目から月が見えると、そこから放たれたかのように光線が降り注ぐ。

 タイミングはランダム。威力はアサシンなどの防具が薄いキャラは1撃で吹き飛ばされ、盾役ですら2発で死亡する。

 だいたい1人につき2~4発光線は降り注ぐ。範囲はこのフェニックス樹海全域だ。レイド戦の見物プレイヤーすら攻撃の対象になる。


 盾役が生き残るには運良く2発しか来ず、1発目と2発目に間があって回復アイテムを使えた時だけだ。

 僕を含めた回復役達は、これまた運良く2発しか来ず、2回ともたまたまタイミングがあって回避出来たときだけ生き残れる。


 スティングはこれを指して運ゲーと言っていたのだけど、あくまで『リバティ』のギルドメンバーに対しての話だ。

 僕ももちろんスティングも運ゲーとして片付ける気はさらさらない。

 少しでも運に頼る要素を減らすのが攻略を目指すプレイヤーの責務だ!

 その証拠にスティングは盾としても使える大剣に装備を替え、万全の体制を整えている。

 たぶん、回復しなくても2発は耐えられるように調整してきているはずだ。


 一方、僕の方も、何度かの観戦と巻き込まれての死亡を経て、回避方法を見つけたと思う。

 たぶん……。


 雲の切れ間から月が覗き始める。

 フェンリルはまるで仲間を見るかのような瞳で月へと顔を向ける。

 どこか悲しみを背負った凛とした表情。月明かりに照らされ、朱と銀の体毛が妖しく煌き、一種の美しさすら感じる。なんて初見は思った瞬間殺されたから、そんなフェンリルの姿には一瞥もくれず、月だけに視点を合わせる。


 月がキラッとした瞬間誰かに光線が飛んで行くのだ。その瞬間を見逃さなければ、回避は可能だと思われる。ただし、一度ならいけるかもしれないが、2発目には回避した動作の直後で月を見ている余裕はないだろう。


 そこで、後ろの樹だ。本来大きくバックステップをとる回避スキルを発動させ避けるが体は樹に阻まれ初期位置から動かないようにする。

 後は光に合わせ、数十回程タイミングを間違えず回避動作を行っておけば避け切れるという推測だ。

 運要素と言えば、最初の1撃はタイミングを合わせられない為、そこだけは運に頼るしかない。あとは、全部の攻撃タイミングで回避を行う為、回避のコマンドをする指がらないことを祈るしかない。


 最初のきらめきが起きると僕のすぐ近くの回復役ヒーラーが餌食になった。

 

「危なっ。とりあえず、最初の運は良かったみたいだ」


 月を眺めるとさらにキラッと光る。

 

 タッ・タッ・タンッ!

 タッ・タッ・タンッ!

 タッ・タッ・タンッ!

 タッ・タッ・タンッ!


 タイミングを取りながらコントローラーのボタンを押す。


 そして、一定のタイミングで回避行動を続けていると遂に僕の番が来た。

 光が落ちて、周囲が一瞬だけ白に染まるが、ダメージを受ける気配がない。とりあえず、1発目の回避には成功したようだ。


 すでに十数回は押した気がするが、未だに終わる気配はない。

 2発目も無事に回避できたが他がどうなっているか気になる。


 常に月を見ていないと避けるタイミングが分からず、周囲に気を配る余裕は全くない為、スティングがどうなったのかは知る由もなかった。


 さらに、そろそろ指が攣りそうで辛い……。


 頑張れ僕! 指が攣ったら死ぬんだぞ! ニョニョが僕をたぶん信じて受けた依頼を僕の身体的理由で不意にしていい訳がない!

 

 だから、さっさと終わってーーッ!!


 心からの祈りが通じたのか、その瞬間に月が雲へと隠れ見えなくなった。


「お、終わった~~。誰か生きてる?」


「ああ、生きてる。3発耐え切ったぜ!」


 僕の言葉に真っ先に答えたのはスティングだった。

 他のギルドメンバーからは生存の声は聞こえず、生き残れたのはたった2人だけのようだ。


「2人なら、なんとか生き残れるな。たぶん、ヘイトから言っても俺だろうから、ティザン後は頼んだ!」


 スティングが別れの言葉みたいなのを言ったのには理由があった。それはフェンリルの攻撃はこれだけでは終わりでないからであり、あの光線が終わった後、防御も回避も不可能な即死攻撃が1名に待ち受けているからだ。


「やっぱ、こっちだ」


 その言葉の後、スティングは死亡した。

 僕はその死を無駄にしない為、スティングの死亡シーンは完全に無視し、近くで死んでいるベルの元へ駆けつけた。


 急なレイド戦で手持ちのアイテムは少々心もとないが、それでもニョニョが死んだときに備えて普段よりは多めには持ってきていたのは幸いだった。


 ベルを蘇生させると、ベルはすぐに自分が成すべき事を理解し、フェンリルへと特攻する。


「おおっ! 何も言わなくても分かってくれるとか超優秀!」


 後衛にまで下がったベルが盾としていなかったら、流石に後衛の誰かと2人では逃げるのが精一杯で回復までは出来なかっただろう。


 ベルがフェンリルを引きつけている間に回復役を蘇生し、後衛を復活させていく。

 後衛が復活したら今度は前衛を回復する。もちろん前衛で最初に回復させたのはスティングだ。

 彼が復活するだけで、『リバティ』の面々の士気は驚くほど上がる。

 

 スティングが戦線を支えると、前衛を回復させるのは容易に行え、あっという間に全員が復活した。


「全員揃ったな! そろそろ俺たちの自由を掴みとる時間だッ!」


 スティングが決めセリフを告げ、大剣をフェンリルへと突きつけると、その瞬間、今までなかったイベントが起きた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る