第2話「女の敵はアタシの敵」

『Change The Game』は初のダイブ型VRMMORPGということで、懸念される要因を極力排除するよう配慮されている。

 キャラ作成時に小さい子供や老人が作れないのもその1つで、他にも実際の身長より明らかに高かったり低すぎたりするキャラも作れない。

 バーチャルにリアルが引っ張られた場合に悪影響が及ばないようにという事らしい。

 性別が選べず、本人と同一にしかできないのも同じ理由だ。


 この情報はよりCTG内での浮気を加速させるに至った。

 なにしろネカマ(ネットオカマ)に騙されることがないのだから。


 僕が現在尾行している『ハンサム坂田』が出会っていた相手は当然女性キャラであった。

 男ウケしそうな妖艶なボディに母性を感じさせる微笑を浮かべる女性。

 坂田は鼻の下を伸ばしデレデレとした表情をしており、


「あ~、残念ながら完全にクロだ」


 2人はダメ押しに腕を組んで歩き出した。

 とりあえず、スクリーンショットで写真に収める。


 ターゲットが向かった先は、個人出店のそういう目的で出したホテルやバーが立ち並ぶ歓楽街として有名な場所。

 そのホテルの1つへと消えていく。

 その瞬間も逃さずスクショする。


「ニョニョ、終わったよ。完全にアウト。クロ。真っ黒だった」


「そう……、やっぱり、女の敵はアタシの敵ね」


 電話口から聞こえるにょにょの声は冷めたものだった。


「依頼者に連絡するわね。あとで事務所で合流」


 僕は『ハンサム坂田』へ1ミリも同情せず、「了解」と答えた。



「奥さん、これが今回の調査結果です」


 事務所は資金不足の為、来客用のソファー2脚とその間にテーブルが1つあるだけのスペースだった。

 来客用のソファーに奥さんに座ってもらい、テーブルを挟んでニョニョが座る。僕はその後ろに控えるように立って話を聞く。


 ニョニョは写真のデータを依頼人、『ハンサム坂田』のリアルでの妻へと渡す。

 奥さんはこういうゲームは始めてなのか、女性キャラの初期メイクのままだ。


 一方、ニョニョはリアルの姿とあまり変わらないスレンダー美少女なのだが、胸がある。それもコンプレックスを払拭ふっしょくするかのようにかなり大きくしている。

 服装も胸を強調するようにピッタリとした赤いスーツを着用している。


 ぶっちゃけ、そんなに気にするようなコンプレックスではないと思うのだが、本人がイヤだと思うのならそっとしておこう。


 写真のデータを確認した奥さんは、「ああっ」と嗚咽おえつを漏らすと、壊れた機械のように動きを止めた。

 たぶん、リアルで泣いているのだろう。

 ニョニョもそれを分かってか先を促さない。


 数分後、落ち着いたのか、謝罪の言葉を述べながら、奥さんは動きを取り戻した。


「いえ、心中お察しいたします」


「ありがとうございます。ああ、お支払いの方がまだでしたね」


 奥さんは電子マネーのカードを取り出すと、ニョニョへと手渡す。


「では、始めに説明しました通り、1時間3000円×人数の料金を頂きます。今回ですと2時間の張り込み・尾行でアタシと彼の2名ですから12000円になりますね」


「はい。ありがとうございました」


 奥さんは立ち去ろうとするが、ニョニョはそれを引き止める。


「奥様、もしよろしければ、アフターサービスでその写真を突きつける現場に同行いたしましょうか?」


「え? それはどういう……」


「もちろん、証人兼護衛ですね。あとはお望みなら復讐も可ですよ」


 奥さんは少し考えてから、「お願いします」と深々と頭を下げた。



 誰にも話を聞かれないように借りた1室と偽って事務所へと『ハンサム坂田』を呼び出す。

 坂田が揃うと、早速奥さんが写真データを叩きつけた。


「あなた、これはどういうことですか?」


 写真を見た坂田は始めこそ狼狽ろうばいしたが、次第に怒りが勝ったのか、逆に奥さんを詰問きつもんする口調を取り出した。


「おい! お前はオレを信じられないからこういうことをしたんだなッ! まったくなんて酷いヤツだ! だいたい、ゲームでの浮気がなんだってんだ! こんなの浮気のうちに入らないだろ! それよりお前の行動の方がよっぽど問題だろ。なぁッ!!」


 最後には僕に半分同意を求めるように言い放つ。

 僕に言われても困るが、ニョニョは依頼に関係なく、そういう事はスゴイ嫌うんだ。もちろん僕だってそうだ。


 奥さんは坂田の声に怯んだのか、気まずそうに俯くばかりだった。

 ただ、手を悔しさでぎゅっと握るのを僕達は見逃さなかった。


「いや、あんたが悪いに決まってるじゃない。でも、そこまで言うなら。これに耐えられたら、アタシはその言い分を納得してあげるわ」


 ニョニョの言葉と共に、僕は一歩前に出ると、営業スマイルで坂田に語りかけた。


「すみません。僕と決闘してもらえませんか? PvPはお互いの同意がないとできないですし」


「はぁ!? なぜオレがそんなことを! しかもそこの女に納得してもらっても全く得がないじゃないか」


「でしたら、もし僕に勝てたら――、いえ、僕の攻撃に耐えられたら、今回の調査結果はウソでしたってことにしますよ。ニョニョもそれでいいね?」


「ええ、もちろんよ。耐えられればね」


 坂田はその言葉で表情を変えた。


「そういうことなら受けて立とう」


 決闘の受諾がされ、PKが可になった瞬間、僕は拳を叩きこんだ。


「げぇぇ、痛いッ! な、なんでぇ!!」


「ああ、VR専用のボディスーツを着てるんですか? それって快楽や触感だけじゃなく、ちゃんと痛みも感じるんですよ。ついでに個人の物でしたらスイッチオフに出来ますが、そういう目的の人が集うカフェのボディスーツってスイッチ切れないんで。

でも、そんなとこに通ってインしていなければ僕の攻撃なんてリアルでは痛くないはずなんですよ。僕はそういうところにいること自体がすでに浮気だと思うんですよね。

でも坂田さんは浮気していないと言ってますし、そんな場所にはいないはずですから大丈夫ですよね。

では、殴るのを再開するので覚悟してくださいね」


 僕が営業スマイルを崩さずに伝えると、坂田は反対に顔色が見る見る青くなる。


「な、なら、この課金で固めた装備でお前なんかッ!!」


 坂田は装備を変え、上級者が着る様な鎧に、めっちゃ高い盾と剣を取り出す。

 正直羨ましい。どんだけ金をかけてるんだ!

 

 装備から坂田のジョブは剣士だと推測でき、そこからLVと照らし合わせ、使用されるであろうスキルを予測する。


「そんな、装備に頼ったところで、浮気するようなナンパな方には負けませんよ」


 僕は装備も武器も出さず、相手の出方を窺う。

 坂田はセオリー通りにまず斬りかかってきた。


 ここはダメージを喰らい、そのまま、2撃、3撃と無防備にあえて攻撃を喰らう。


「はっ! 口ほどにもないな!」


 坂田が調子に乗ったところで、スキルの10連斬りを使用してくる。

 完全に隙だらけのその瞬間に、こちらも前転回避のスキルを使い攻撃が当たる前に脱出する。

 結構タイミングがシビアなので、初級程度では見ることのない芸当だろう。


 坂田はスキルが発動し、僕が後ろに回ったにも関わらず攻撃を続けており、いささか滑稽であった。


「さて――」


 僕は一呼吸おくと、坂田の股間を思いっきり蹴り上げた。


「ぎゃぁああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」


 HPはまだ残っているようだが、ピタリと動かなくなった。

 浮気した男の末路としては妥当な結末だろう。

 決闘を終わらせる為、あとは痛みのこない顔を見るも無残な様相になるよう殴りまくり、HPをゼロにした。


「ティザンってこういうとき、ドSよね。すごく良いと思うわ」


 ニョニョは何か不名誉なことを言いながら、僕へと親指を突きたてた。


 だらしなく床へと倒れた坂田は光の粒子となって部屋から消えた。

 キャラは死亡すると、粒子となって消え、一番近くのポータルポイントへと移動する。


「これに懲りて浮気なんて止めてくれればいいですね」


 僕は奥さんに励ましになるかどうか分からないが声をかけた。


「ええ、たぶん、無理でしょうけど、多少は控えてくれるかもしれません。次またやるようなら、またこちらにお願いしますね」


 にっこりと微笑む奥さんに、ニョニョも笑顔で応える。


「そうならないように祈ってますが、ご利用の際は、アタシと」


 続きを言うように僕を肘で小突く。


「灰色のアカウントを持つ、僕がいる。灰色探偵事務所をよろしくお願いします」


 僕ら2人は深々と頭を下げて見送った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る